○生活保護世帯数の状況 その後、2006年度〜8年度に、それぞれ、生活保護世帯数は107万世帯、110万世帯、114万世帯と毎年3〜4万世帯づつ増加した。 ところが09年度には127万世帯、10年度には141万世帯と保護世帯数は毎年13〜14万世帯増と増加幅が加速している。2011年度、12年度は、相変わらず増加しているものの、それぞれ対前年度9万世帯、6万世帯増と増加幅は縮小しており、2013年度は159.2万世帯となった。2014年度は161.2万世帯とはじめて160万世帯を超えたが増加幅はさらに縮小している。2015〜17年度も増加幅は小さなままである。 2018年度には生活保護世帯数は減少に転じた。以後、ほぼ横ばいの推移である。 保護率(生活保護世帯率)は生活保護世帯数と平行して推移しているが、2013年度には、久方ぶりに低下した。以後、横ばいかやや低下の傾向である。 08年度は世界的な金融不安の中で大きく景気が後退し、年末には派遣切りが社会問題化した。09年度に生活保護世帯がこれまでの傾向以上に増加した背景には失業者の受給増があった。一方、勤労者の給与が減少する中で04年から11年にかけて生活保護基準は据え置かれたままであり、最低賃金の目立った上昇が実現しない中で、下手に働くより生活保護を受けた方が有利という条件下の世帯が増えてきた影響も見逃せない。 ○生活保護の推移 生活保護世帯の数と保護率の推移を見ると以下のような展開を辿っている。
生活保護を受けることは当人にとって屈辱意識を免れず、できれば避けたいことである。従って、国民の所得水準が上昇すれば保護率は低下するという一般傾向が認められる(所得要因)。 これが、端的にあらわれたのが、戦後の復興期であり、生活保護世帯数と保護率はともに下落した。その後も高度成長は続き、保護率は低下を続けたが、経済成長の成果を福祉の充実へ向けるという考え方から、生活保護世帯の対象とするかの基準(生活保護給付水準)がどんどん上昇したため生活保護世帯数自体はむしろ上昇するに至った(対象範囲拡大要因)。 1980年代半ばからは「福祉見直し」の潮流の中で、制度適用が厳しくなり、また生活保護給付水準が急激に引き下げられて対象範囲が狭められたのをきっかけに、保護率は急減し、生活保護世帯数も減少することとなった。さらに保護率を要因分解してみるとこの時期所得水準も当時のバブル景気で大きく上昇したことも保護率の急減には大きく影響している。 さらに、1990年代半ば以降は、再度、生活保護世帯数、保護率ともに上昇に転じており、これが、近年注目されるとところとなっている。景気の低迷、雇用構造の変化(流動化)、非正規労働者の増加などが複合的に作用していると考えられる。なお、横ばいに転じている保護基準以上に一般世帯の所得水準が下がり、生活保護給付水準が結果として相対的に上昇し対象範囲が拡大していることも保護率上昇の一因となっている。 2009年の民主党政権の成立後、それまでの自民党政権への批判の延長線上で困窮者が生活保護を緊急避難的に利用することも是とする方針が示されたこともあって保護世帯数は一層増加傾向となっている。 所得水準の上昇がそれほど見込めない中で、若年層における経済格差の長期的な影響などによって、年金、医療といった社会保障制度がほころびを見せた場合、生活保護世帯の増加や生活保護をまかなうための財政負担の上昇が懸念される。 生活保護世帯が急増し生活保護給付費も大きく増大するなか、2012年5月には高収入お笑いタレントの母親の生活保護受給問題がクローズアップされ、不正受給や不適切受給の適正化が国民の関心事となった(参考5参照)。 保護世帯数の増加には、高齢者が増大し、無年金者も増えていることに加え、デフレが続いていて実質的な基準額が低くなった影響の側面もある(参考2参照)。政府は2013年8月から3段階で生活保護(生活扶助)の基準額を6.5%(消費税引き上げ分は別途増額)下げている(東京新聞2014年6月10日)。2013年の増加幅の縮小にはこれが影響している可能性がある。 【参考】 1.生活保護の概要
生活保護は、憲法25条1項の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の具体化として制度化されているが(生活保護法)、厚生労働大臣が告示する生活保護基準を尺度とし、資産その他を活用しても不足する分が保護費として支給される。生活保護基準は8種類の扶助(生活扶助、住宅扶助、教育扶助、介護扶助、医療扶助、出産扶助、生業扶助、葬祭扶助、それぞれのウェイトは後段参照)ごとに設定され、一般消費水準の6割程度を最低生活費の目安としている以外はその採用に関する理論的根拠は明らかでないとされる(加藤他「社会保障法第2版」有斐閣、2003年)。なお、保護の要否判定は、収入認定額を8種類の扶助に上述の順番で充当していき、不足する費用に対して保護費が決定される。 憲法25条の権利である「生存権」を国民がどう意識しているかについては図録5230a参照。 2.生活保護給付水準 ここで生活保護給付水準と呼んだのは、一般の所得水準の何割ぐらいで生活保護の対象となるかであり、具体的には、家計調査による基準世帯(定義は下図の(注)を参照)の消費支出額に対する生活保護対象世帯の生活扶助基準額の割合を算出した。下図で見られるように、1960年代には4割以下であったのが、1980年代半ばには6割近くにまで上昇した。 ところが、暴力団関係者が生活保護を不正に受け取るケースが問題となったことがきっかけで、1981年に当時の厚生省が生活保護の適用を厳格化する「123号通知」を知事・市長など保護実施機関に出し、また83年には第2次臨調が小さな政府を目指した「福祉見直し論」を提唱したのを受けて、生活保護を扱う福祉事務所では「水際作戦」と呼ばれる窓口規制を行った。こうした状況の中で、生活保護給付水準も85年の56.4%から86年の45.5%へと急激に下げられた。 給付水準は、こののち、緩やかに低下していったが、1990年代には、扶助基準額上昇の抑制(あるいは据え置き)以上に、一般家庭の実際の消費水準が低い伸びあるいは低下傾向を示したため、生活保護水準はむしろ上昇傾向に転じている。2002年には17年ぶりに50%を上回った。 その後は基準額の下げ(03年、04年)、その後の据え置き、及び基準世帯の消費支出額の横ばいの中で、給付水準はほぼ50%前後で推移していたが、09〜11年には上昇した。すなわち、勤労母子家庭の収入とのバランスなどを考慮した生活保護の母子加算の廃止に見られるように自民党政権下で給付水準の安定化につとめていたのに対して、母子加算の復活を掲げた民主党政権が09年に誕生し給付水準は11年に53.9%まで上昇している。2012年に高収入お笑いタレントの母親の生活保護受給問題がクローズアップされたのもこうした給付水準の50%を越える上昇が背景にあると考えられる。1980年代半ばの「福祉見直し」も50%を大きく上回った状況から生じた。今回の状況がかつての「福祉見直し」と異なるのは低下する消費水準に対して据え置きの生活保護基準額が相対的に上昇している点である。デフレ時代のビジネスモデルである100円ショップと同様の状況が生まれているのである。 3.保護率の要因分解 保護率を、1人当たりの実質GDP、生活保護給付水準、失業率の3要素で回帰分析をしてみるとかなりよい結果が得られる。1人当たりの実質GDPは所得要因をあらわし、生活保護給付水準は対象範囲拡大(縮小)要因をあらわし、失業率は景気要因あるいは雇用構造の変化要因をあらわしていいると考えられる。 |
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4.医療扶助
生活保護は最低限の生活の保障なので、最低限の生活費を上回る負担が生じないよう一般の公的医療保険と異なり医療扶助には自己負担がない。看護婦の宮子あずさ氏はこう言っている。「医療に関して、生活保護の利点は特に大きい。各種健康保険や、高額医療助成を使っても、自己負担は発生する。この自己負担がない分、費用度外視で治療を選択できる。−そんな現実も見てきた。例えば、抗がん剤の効果がなくなっても、中止を拒絶した男性がいた。元が路上生活者だったので、病状よりも居場所を目的とした社会的入院の時期も長かった。彼にかかった医療費は、総額で一千万円を超える。むろん、生活保護で受けられる医療が制限されるべきではない。かといって生活保護の人の方が悩まずに医療が受けられる現実も、腑に落ちないのである。この手厚さゆえ、生活保護を受けると、抜けるのは容易ではない。抜ければ、生活全般の費用のみならず、医療費まで自分で払うのである。段階的に必要な補助だけ受ける仕組みがあれば、今より抜けやすいと思うのだが。」(東京新聞2010年10月18日本音のコラム「生活保護と医療」) 5.近親者の扶養義務との関係 社会保障は近親者によって担われてきた私的扶養を「社会化」するものであるが、近親者の義務をゼロにしている訳ではない。民法上の扶養義務者の扶養等が生活保護に優先する(扶養の優先)。また福祉サービス費用は本人のほか扶養義務者からも徴収されうる。 扶養義務はモラル上だけでなく以下の民法規定にそった法的義務でもある。 ・民法第730条(親族間の扶け合い)直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない。 ・民法第752条(夫婦の同居、協力及び扶助の義務)夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。 ・民法第877条(扶養義務者)直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。(同2項)家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。 民法では、上記のとおり一定の親族に扶養義務を課している。親族の中で、配偶者、直系血族及び兄弟姉妹を「絶対的扶養義務者」という。それ以外の特別な事情のある三親等内の親族を「相対的扶養義務者」という。 また、「通説は、夫婦間の扶養、親の未成熟子に対する扶養は「生活保持義務」、すなわち相手方の生活を自己の生活の一部として自己と同程度の水準まで扶養する義務(最後の一切れのパンまで分け与える義務)、その他の扶養は「生活扶助義務」、すなわち相手方が生活難に陥った場合に自己に余力があれば援助すべき義務とする。老人介護の場面での成年子の親に対する義務は後者である。」(菊池馨実ほか「社会保障法(第2版)」有斐閣、2003年) 国民の生活状況はこうした規定を設けた民法改正当時(1947年)と現在とでは大きく変わり、現在では親族間の関係は、同居していない限り、極めて希薄になっており、この扶養義務は実態とかけ離れた制度となっている(図録1307参照)。生活保護法令は、この点を考慮しながらも原則は民法どおりとし、福祉事務所は、扶養義務者に「扶養照会」をして、扶養の意思と能力を確認することになっている。 上記「生活扶助義務」のうち、兄弟その他はさておき、一親等(つまり子)に限定して適応を厳格化すべきという意見がある。吉本興業に所属する人気タレント(お笑いコンビ・次長課長の河本準一)が年収数千万円ありながら母親が生活保護を受給しているとされた件が話題になっていることを受けて看護婦の宮子あずさはこう言っている。「報道を通じて、私が驚いたのは生活保護の申請があれば、三親等までの親族に扶養を求めるという原則についてであった。(中略)三親等というと、曾祖父母、おじおば、甥姪まで。大家族の時代ではないのだから、ここまで扶養しようと思う人がどれだけいるだろう。(中略)「きょうだいは他人の始まり」と言う。一親等とそれ以外では、距離感が大きく違うのではないだろうか。仕事柄、生活保護受給者と多く関わるが、扶養義務を放棄しているように見える親や子は少なくない。親族に扶養義務を課す今の考え方で行くなら、対象を一親等に絞り込み、抜け道を狭める方が、現実的ではないだろうか。」(東京新聞2012年5月21日本音のコラム「扶養義務」) お笑いタレントの母親の生活保保護受給を問題としている自民党の政治家は、現行民法通りの扶養義務の適正実施について国民理解を求めているのだろうと思う。そうであれば適用限定厳格実施の考えはどの政治家が主張するのだろうか。 (2004年3月18日収録、9月26日更新、2006年2月27日・10月7日更新、2008年5月12日・9月26日更新、2009年10月5日更新、10月8日生活保護給付水準の推移図更新、2010年3月8日更新、6月10日更新、10月26日更新、医療扶助コメント追加、2011年6月14日更新、7月27日保護率更新、10月12日今年度見込み値を追加、11月10日当年度は最新月実績を掲載に変更、2012年1月12日更新、3月19日更新、5月21日コメント「近親者の扶養義務との関係」追加、6月14日更新、2013年2月11日、5月21日、6月14日更新、2014年6月4日更新、6月10日コメント追加、2015年4月28日、7月2日更新、2016年3月3日更新、9月6日更新、2017年1月16日更新、6月7日更新、2018年7月4日更新、12月11日更新、2019年6月9日更新、2020年6月23日更新、2021年7月10日更新、2024年3月7日更新)
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