▼まとめ 失業率が顕著に悪化したのは1998年(98年不況)、2001年(ITバブル崩壊)、2009年(リーマンショック)、2020年(コロナ)の4回であるが、そのうち自殺者数の動きも連動したのは最初と最後だけである。何とかなるという幻想が砕けるときに両者は連動するのだと思う。ただし、属性別の急増自殺者から見れば、1998年(98年不況)は中高年、2020年(コロナ)は女性が抱く自らの社会的地位に関する幻想が砕けたという違いがあったといえる。前者は中高年の年功序列的な地位、後者は女性の飲食や観光に係るサービス職としての地位である。
▼最近の動き このところ自殺者数2,000人未満の月が通例となった。
失業者数も自殺者数も月別の水準は1998年の急増以前のレベル以下にまで低下してきている。 なお近年では2011年5月には3,000人を上回ったのが目立っている。この大きな変動は東日本大震災による影響、またその際の統計事務の遅れによる可能性がある。 発表の早い警察統計から前年の人口動態統計との水準差による補正によって最新データを推計したが、2020年5月以降、特に8月はこれまでの減少傾向から上方に跳ねているように見える。失業者数の増加にもあらわれている新型コロナの経済的影響等のためか、あるいは東日本大震災時のような統計事務の遅れなのかは不明である。 年次推移(および警察統計との対比)は図録2740-2も参照。 ▼自殺数と景気 1998年の時と異なり、それ以降の自殺者数の動向は景気や失業者数とはリンクしていない。2000年代半ばの景気上昇は自殺者数の減少にむすびつかなかったし、リーマンショックの影響による2009年の失業者の急激な増加も自殺者数の増加にはむすびつかなかった。ところが、アベノミクスとも重なる2012年以降の景気回復は自殺者数の減少にむすびついているようにもみえる。自殺対策が実をむすぶようになったといってよいのだろうか。
2009年に政権が交代し、政府の国家戦略室のメンバーとなった「年越し派遣村」村長湯浅誠氏が、派遣と貧困の問題を解決しないと自殺者は減らないとの趣旨をテレビで述べていた。また、新聞社説は同様の点を指摘することが多い。例えば、東京新聞は、警察庁が発表するようになった月別の自殺者数データを引用しながら「自殺者数が後を絶たない。不況の影響が大きいとみられ、過去最悪だった2003年に迫る勢いだ」(2009.11.26)といっている。図で見られるように2003年から2007年にかけて景気が上向きとなって失業者数は減少したが、自殺者数はいっこうに減らなかった。景気や貧困や長時間労働への対処はそれ自体が重要であって、それらを自殺対策として実施することは必ずしも有効とは考えられない。フランスにおける最近の自殺の社会問題化については図録2774参照。 ▼失業者数・自殺者数の月次推移 自殺者数は警察の資料の他、厚生労働省が行う人口動態統計の死因別死亡者数からも分かり、後者については、年次データの他に、月次データが得られていた。2008年からは警察統計でも月別データが得られるようになった。しかも人口動態統計より早く公表され、結果の人数も多いためマスコミはもっぱらこちらを使用するようになった。
月別の失業者数と自殺者数の推移を96年1月から追ったグラフをみると失業者数の増減と自殺者数の増減が強く関連していることが見て取れる。失業が自殺に直接むすびついた場合と、経済的な困難一般が、失業にも自殺にも別々に結びついた場合とがあると考えられる。企業経営難に伴う経営者の自殺は後者に当たるであろう(図録2740-2参照)。 なお、ここで、実数の動きで観測を行い、失業率や自殺率の指標を使用していないのは、短期的な動きであれば実数と比率はほとんど一致するからであり、また実数規模自体が重要な判断材料であるからである。各国比較や長期時系列分析であれば、失業率や自殺率を指標として採用する必要がある。 月ごとの動きとしては、失業者数は3〜5月に多くなる傾向がある。年度末をもって退職、解雇ないし企業整理・倒産が行われる結果だと考えられる。自殺者数もこうした失業者数の月別変動と平行する場合が多い。 失業者数が200万人から250万人の間で推移していた98年2月までの状況では、失業と自殺の平行推移が認められた。その後、97年秋の三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と立て続けの大型金融破綻事件がきっかけとなり、98年の5月にかけて失業者が急増した結果、いっきに失業者300万人水準が定着してしまった。 この間の社会不安が非常に大きく高まったことは、自殺者がそれまでの失業者数との平行関係を大きく凌駕して、それまでの月2,000人レベルから98年春に月3,000〜3,500人レベルへと急拡大したことにあらわれている。 しかし、その後、失業者数は300万人レベルで高止まっていたにもかかわらず、自殺者数はかなり低下し、月2,000人レベルへと復帰するかの勢いであった。景気ショック、経済ショックに人々がある程度慣れを感じてきたのではないかとも思われた。 しかし、98年末には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が国有化され、その後の我が国企業のリストラへの取り組みの本格化を背景にして、99年春には失業者数が350万人レベルへと一段と高まる傾向を見せた。それとともに、この第2次ショックに反応して自殺者数も5月に再度3,000人レベルを再度突破してしまった。 その後、失業者数はピーク月で350万人から2003年4月の385万人へとじりじりと増加していった。しかし、自殺者数そのものは月2,500人レベルで横ばい傾向が続き、高失業率社会にある程度の慣れが生じた可能性がある。 しかし、2003年に入ると新たな状況が発生した。失業者数がそれほど増加していないにも拘わらず、2003年3〜5月の年度替わりの時期に、再び、自殺者数が急増したのである。「年齢別自殺者数の年次推移」の図に見るように2003年の新たな事態は若者や40歳代以下の層の自殺の増加という特徴をもっている。長引く不況は、フリーターの増加など若い層にも影響を及ぼし、社会不安が広く社会全般に及んだともとらえられる。 こうした状況の中で、2004年に入って景気が回復傾向に転じている。失業者もピーク月に350万人レベル以下となり、1999年の水準を下回る可能性が強い。こうした動きに沿って自殺者数も3月以降対前年同月比でマイナスが続いていた。 しかし、2004年11月以降、基調は対前年増となった。2005年3月には2年ぶりに月3000人を超えた。失業者数は低下傾向が続いているので景気回復下の自殺者数増加という新しい事態となった(失業者数と自殺者数の折れ線が再度近づいた)。 2005年6月以降は、再度、落ち着いた動きを示すようになったが、06年9月以降ほとんど連続して対前年同月増減がプラスに転じており、2003年以降最も高い増加率を示している。失業者数の動きに見られるように経済全体としては安定しているので、ここに困窮者の苦境(格差問題)を見てとることも可能である。もっとも07年10月以降は落ち着きが見られる。 08年9月のリーマンショックに代表される世界金融危機が世界同時不況への引き金となっており、2008年末から失業者数が急増している。自殺者数については目立った動きは見られない。 リーマンショックからの回復に加え、2013年以降安倍政権の下でのいわゆるアベノミクスで失業者数は減少傾向を辿り、2015年末には、1998年の急増以前の水準に落ち着いてきている。自殺者数も減少傾向を辿り、やはり、1998年の急増以前の水準に達している。 ▼自殺者数の年次推移 月次の推移を年次の推移で総括するとともに、年齢別の動きを見てみよう。
月次推移でも見たとおり、1998年の自殺者数は31,755人と前年の23,494人の35.2%の急増となった。また、過去最多の1986年25,667人を大きく上回り、史上初めて3万人を上回った。 その後、徐々に自殺者数は減少傾向にあったが、2003年には32,109人と、再度、過去最多記録を更新した。人口動態統計の年間概数の公表(6月)とともに新聞でも取り上げられたが、この後大きな話題となると予想された(実際は、警察庁データが7月に公表されてから大きな社会的関心事となった−図録2740-2参照)。 2004年〜09年は3万人前後であるが、横ばいの動きである。各年とも、翌年6月に警察庁データが発表となり、2003年以降、こちらの方が関心を呼んだ。3万人台継続という点が注目されたのである。人口動態統計の年間概数の公表の方は、もっぱら合計特殊出生率が注目された。 2010年以降減少傾向となっているが、2011年から12年にかけて減少数に段差があることが分かる。これはやはり東日本大震災の影響であろう。長期推移における戦争の影響(図録2774参照)と同じような要因だと考えられる。 2017年は2万1千人を切った。2018年は2万人以下となりそうであるが、それが判明したときに話題となるだろうか。 ▼年齢別の年次推移 年次別の各年齢層の自殺者数の推移を見ると、1997年から98年の急増期には、50歳代前後の中高年の自殺の急増が中心であった。20〜40歳代の増加の寄与率(増加数総数に占める割合)が28.2%であるのに対して、50歳代だけで寄与率がそれを上回る32.4%であった。定年前の働き盛りの世代を経済ショックが直撃し、中高年の失業の増大によって生活不安が大きく拡大したことが主な要因と考えられる。
2003年の対前年の年齢別自殺者数を見てみると、1998年の時とは異なり、50歳代の増加は目立っておらず(自殺者数自体は相変わらず50歳代が中心であるが)、むしろ、20〜40歳代の増加が顕著である。20〜40歳代の増加寄与率は69.6%と50歳代の4.5%を大きく凌駕している。 近年、フリーターの増加など、リストラや雇用構造の変化が中高年とともに若者層にまで大きなマイナスの影響をもたらしていることが社会問題化している。平成15年(2003年)5月発表の国民生活白書は「デフレと生活−若者フリーターの現在」を特集した。また、年金制度改定が次年に予定される中、将来に向けての年金不安がマスコミで大きく取り上げられるようになったのもこの年に入ってからである。2003年の40歳代未満の自殺者数の増加は、将来に展望を見出せない若者や中堅世代が増加していることをうかがわせている。 2004年以降は、50歳代が減少する反面、30歳代と70歳代という若い世代及び高齢者が増加する傾向となっている。2008年には30歳代が最大値を更新し、高齢者は60歳代が増加している。 こうした最近の傾向は、リストラなど改革に伴う痛みによる50歳代中心の構造から、若年の非正規雇用や高齢者の社会保障不安に伴う年齢構造へとシフトしているように見受けられる。 2010〜11年には50代の自殺が引き続き大きく減少し60代、70代を下回った。その他は変化がほとんど見られなかった。2012年以降は、年齢別に見て全般的な減少傾向が認められる。自殺者数が増加する時期には大きく報道され、政権批判にまで論調は及ぶが、減少する時期は、余り取り上げられることもないし、政権の成果だと評価されることもない(自殺対策の主担当となった内閣府は自殺対策の効果だと主張しているが)。 ▼関連図録 ここでは比較的短期の動きを追った。年齢別自殺率(男子)の長期推移と日米比較は図録2760参照。主要国の長期推移については図録2774参照。
自殺率の国際比較については図録2770参照。 景気と失業者数、自殺者数との相関の様子については、このページのサブページである図録2740-1参照。 ここで取り上げている人口動態統計の作成プロセス、人口動態統計データと警察庁データとの比較、及び職業別自殺者数については、図録2740-2参照。 (2004年6月6日収録、6月8日・12日・7月15日追加修正、9月8日コメント追加・2003年確報値、10月5日・05年1/5・2/7・3/8・4/7・6/10・7/12・7/16・10/9・11/7・12/3・06年1/6・2/7・3/6・4/11・6/16・7/18・7/31・8/14・9/11・10/11・11/6・12/6・07年1/5・2/8・3/6・4/9・6/6・6/22・8/6・9/10・10/5・11/7・12/7・08年1/11・2/6・3/5・4/4・6/4・6/25・7/11・7/18・8/5・9/5・10/6・11/7・12/5・09年1/8・2/5・3/9・4/3・6/26・7/14・8/22・9/7・9/28・10/7・11/5更新、11/26自殺数と景気の項を追加、12/7更新、2010年1/8・2/4・3/4・4/5・6/4・6/24・7/9・8/5・9/4・10/6・11/8・12/4更新、2011年1/7・2/4・3/4・4/5・6/27・7/12・7/25・8/9更新、9/1年齢別自殺者数更新、10/12・11/9・12/7更新、2012年1/11・2/6・3/5・4/9・6/6・6/26・7/12・8/10・9/11・11/8更新、2013年2/9・3/9更新、6月7日自殺者数2006-11年概数を確定数に、また失業者数の間違い2箇所を訂正、6/25更新、2014年7/4、7/10・7/25・8/5・9/5・10/5・11/7・12/5更新、2015年1/9・2/10・6/25更新、2016年1/29・6/27・11/9更新、2017年6/28・9/15更新、2019年1/9更新、2020年8/3更新、9/16最新データを警察統計から補正して掲載、10/12・11/5・11/10更新、2021年1/23・5/27・10/8更新、10月8日まとめ、2022年1月9日更新、2023年9月29日年次・月次更新)
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