世界価値観調査は、世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べ相互に比較している国際調査であり、 1981年期(同年開始のwaveをこう呼ぶものとする)から、そして1990年期からは5年ごとに行われている。各国毎に全国の18歳以上の男女1,000〜2,000サンプル程度の回収を基本とした個人単位の意識調査である。ただし、最新の2017年期は2017〜2020年(日本は2019年)に行われている。 この調査による2010年の幸福度ランキングは図録9480で示した。欧州価値観調査から6カ国を追加した理由についてもこちらを参照。 幸福度(幸せと回答した者の比率)の推移は、男女計では、1981年、1990年には、77%程度だったが、2000年、2005年、2010年、2019年には、86〜88%となっている。バブル経済期までより、その後の失われた10年、20年と呼ばれる時期の方が、幸福度ではより高い水準となっており、意外な結果だともいえる。 ここで主題としている男女差だが、女性の幸福度から男性の幸福度を引いた数字で追ってみると、1981年から1990年に6.5%pt(%ポイント)から8.1%ptへと開いた後、2005年にかけて2.3%ptまで狭まったが、2010年には8.1%ptと再度広がっている。2019年にもほぼ同レベルの7.2%ptの開きとなっている。日本においては女性の方が男性より幸福感を感じやすい状況が続いているといえよう。 幸福度の男女差の推移に次いで、この男女差を国際比較した図を7回の調査分について掲載した。日本の順位は1位が3回、2位が2回、3位が1回、11位が1回となっている。日本の女性の幸福度が男性を上回る程度は世界トップレベルにあるといってよいであろう。 ギャラップ調査によって感情状態から幸福度を測った調査結果でも同様の結果になっている点については、図録9488参照。 女性の幸福度のほうが男性を上回っている国としては、イラク、エジプトといった国内紛争で男性が不幸になりやすい国や一部の欧米国を除くと東アジア儒教圏諸国が多い傾向にある。日本はその代表的存在と位置づけることが可能である。AsiaBarometer調査でも同様の結果となっている(図録8067)。2005年期の世界価値観調査、2008年のISSP調査までのデータを引用して、私は「統計データが語る 日本人の大きな誤解 (日経プレミアシリーズ) 」(2013年)で次のように述べたが(p.272〜274)、状況は変わっていないと思われる。 「東アジア諸国はかつての儒教国だという性格を共有し、欧米諸国と比較すると、家庭や社会の中での女性の地位が低いと考えられているが、経済発展と社会の近代化が進んだ高所得国では、幸福度にそれが反映しているわけではなさそうである。むしろ、女性は、@家族の財産権、相続権の男女平等など近代的な法律上の位置、A家事労働を軽減する家電製品の発達、B子育て、老親の世話の負担を軽減する社会保障の充実、などにより、かつての家への従属・拘束から解放されて自由になったのに、男性の方は、男性の権利ばかりでなく責任も大きかった過去の伝統に引きずられ、自分が家族やまわりを支えなくてはと思いすぎて、幸福度を感じにくくなっているのではと想像される。(中略) (図録9480で見たように)国民の幸福度は、世界全体では、経済発展度に比例する傾向が見られる。ところが、東アジア諸国は、経済発展度に見合った幸福度の水準に達していない。そのため、経済発展度が相対的に低いマレーシア、タイ、インドネシア、ベトナムといった東南アジア諸国のいずれの国も、経済発展度では先んじている日本、韓国、台湾、香港といった東アジア諸国のいずれの国よりも幸福度が高くなっている。そのひとつの要因は、ここで述べたような東アジア諸国における幸福度の男女差の存在だといえよう。東アジア・ワイドの男性活性化計画が必要なのかも知れない」。 こうした点は、「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という伝統的な考え方が現実の動きとは反対に日本の若者、特に男性で復活していることからも裏付けられる(図録2410参照)。 また、韓国の「軍加算点制度」の復活を求める動きはこうした状況を目に見えるかたちであらわしているともいえる。軍加算点制度は1961年7月に当時の軍事政権によって導入された制度であり、徴兵制の下で兵役義務を終了した若者が公務員試験などで満点の3〜5%を加算されていた。1999年には女性と障碍者に対する差別を理由に違憲判決が出され、この制度は廃止された。その結果、公務員試験の女性合格者が急増したという。その後、この制度の復活を求める動きが繰り返されている。2008年には国会で加算点を2.5%以内と制限しながら復活させる法案が準備されたが、結局、実現しなかった。2011年にも同様の動きが政府で浮上し、新聞の社説でも賛意が示されたが沙汰やみとなった。2014年には国防部が兵役によって大学の単位認定を行うような提案を行っている。こうした動きの度に、女性団体やフェミニスト有識者が反対する一方で、男性の側からの男女差別反対運動団体である「男性連帯」(2008年結成)が賛成のデモを行ったりしている。男性連帯は、当初、女性兵役義務には賛同していなかった。そこに私は男性だけが儒教精神にとらわれている東アジア共通の象徴的な状況を読み取っていた。ところが、最近は、むしろ、兵役義務の男女平等を提訴し、それが憲法裁判所で認められない結果となり、女性に兵役税と訴えるに至っている(中央日報2014.3.19)。こうした動きの中で、不思議なことに、韓国における女性マイナス男性の幸福度格差は、他の東アジア諸国と異なり、2007年から12年にかけて、どんどん女性優位から男性優位に180度変化している。あたかも男性は幸福と思わなければならず、女性は不幸と思わなければならない空気が充満したかのようである。 ただし2017年期の世界価値観調査の結果では、日本を除くと東アジア儒教圏のこうした特長は目立たなくなっている。東アジア諸国も欧米化(世界化)が進んでいるのかもしれない。
(2014年5月7日収録、5月10日2010年期欧州価値観調査6カ国追加、過去ランキング図形式変更、6月11日韓国軍加算点制度復活の動きコメント追加、8月10日「夫は外で働き、妻は家庭を守る」コメント追加、2014年12月30日ISSP2012データ追加、2021年1月28日更新)
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