国民生活基礎調査は、毎年の簡易調査の他に3年ごとに大規模調査が行われ、この際には例年の世帯票、所得票とともに健康票、介護票による調査が実施される。また世帯票、健康票については、サンプル数が30万世帯、74万人まで例年の5倍に拡大された調査が行われる。この健康票では、こころの状態を6つの設問できいており、それらへの回答結果の総合点で精神状態が良好かどうかが、男女別に、かなり細かい年齢区分で分かる。

 図に結果を掲げたが、精神状態が良好な人の割合は、5歳刻みのいずれの年齢でも、女性は男性を下回っている点が目立っている(設問の内容については図の(注)を参照)。しかも、男女差は各年齢ともにほぼ一定である。

 これは、うつ症状に陥るケースが男性より女性に多いことと整合的な結果である(図録2150参照、これが世界共通である点は図録2142参照)。

 精神状態の良好さについて、年齢ごとの状況を見ると、まず、10代では男女ともに70%以上だった良好度の割合が大学に進学したり社会に出たりする20代以上になると60%台に低下する。両親に守られ悩みも少なかった子どもが、成人して、大人の世界の風雨にさらされることになるのだといえよう。

 その後、青壮年期を通じて精神状態の良好さに余り大きな変化がなく、次の転機として、男女ともに、50代後半から60代前半にかけて良好度がかなり高まる。子どもが独立したり、自分や配偶者が定年を迎えることにより、子育てなど生活上の問題や仕事上の問題に関する悩みやストレスから、ある程度、解放されるからだと思われる。

 ところが、男女ともに65〜69歳をピークに精神状態は下降に転じるのが次なるもう1つの目立った特徴である。75歳を境に前期高齢者と後期高齢者とに分ける場合があるが、両者には、精神の良好度に関して50代までの人生とは異なる大きな落差が生じるといってよい。

 その理由が健康上の問題であることはまず間違いがない。国民生活基礎調査の健康票では、こころの状態と並んで、日常生活に影響するような健康問題を抱えているかを聞いているが、図に示したように60代後半以降、特に70代後半以降に「健康問題あり」の人は加速度的に増えていくのであり、これと反比例で精神状態の良好さも失われるのである。健康寿命が大きな課題となるゆえんである。

 もっとも、高齢となると悩ませられる疾病や老衰が、むしろ、深刻な精神的危機に陥るのを救っている面もあると、「生活の落伍者」、「敗残の東京人」だという批評を甘んじて受け入れていた永井荷風は記している。

「さればいかなる場合にも、わたくしは、有島、芥川の二氏の如く決然自殺をするような熱情家ではあるまい。数年来わたくしは宿痾に苦しめられて筆硯(ひつけん)を廃することもたびたびである。そして疾病と耄碌とはかえって人生の苦を救う方便だと思っている。自殺の勇断なき者を救う道はこの二者より外はない。老と病とは人生に倦みつかれた卑怯者を徐々に死の門に至らしめる平坦な道であろう。天地自然の理法は頗(すこぶる)妙である」(「正宗谷崎両氏の批評に答う」(昭和7年)『荷風随筆集(下)』p.207〜208)。

 男女差はほぼ一定で推移すると上に述べたが、12〜14歳では男女差が若干小さいという傾向が認められる。50代前半で女性の健康状態が前後の年齢と比べてやや低下し、その結果、男女差の乖離もこの時期大きくなるが、これは、女性の更年期障害の影響と思われる。

 同じ指標を使って、県民の精神状態(のんき度)を調べた結果は、図録7304参照。

 最後に、性・年齢別の精神状態良好度の時系列変化を見ておこう(下図参照)。

 2013〜19年について、全体としては、働き盛りの年齢では、精神状態良好度は低迷しているのに対して、10代、あるいは高齢層では精神状態の改善が見られる。

 ただし、女性に関しては、2013〜16年には、右下がり、すなわち若い年齢層ほど精神状態の改善が見られるのに対して、2016〜19年には、右上がり、すなわち高齢層ほど精神状態の改善が見られる。

(2021年4月11日収録、6月9日荷風引用)


[ 本図録と関連するコンテンツ ]



関連図録リスト
分野 健康
テーマ  
情報提供 図書案内
アマゾン検索

 
(ここからの購入による紹介料がサイト支援につながります。是非ご協力下さい)