平均寿命が伸びて長寿化社会が訪れている。人生100年時代という用語も特に不思議がられずに通用しているぐらいである。

 長寿化と裏腹の関係にある生と死についての状況変化をよりリアルに感じ取るため、ここでは、実感することが容易でない「平均寿命」ではなく、生データである「死亡年齢」を取り上げ、ヒトが何歳ぐらいで死ぬのか、また、「死亡年齢」がこれまでどう変化してきたのかを観察してみよう。

 図には、戦前の1930年からほぼ20年おきの年齢5歳階級別死亡数をあらわした。最近年の各歳別死亡者数は図録1557参照。

 0歳は「乳児」、0〜4歳は「乳幼児」と呼ばれるが、衛生環境が大きく改善される以前の時代には最も多い人間の死は生まれたばかりの乳児のものだった。そこで、0〜4歳については死亡数を0歳と1〜4歳とを分けて示した。

 1930年には乳児死亡が25.9万人と当時の高齢死亡のピークである70〜74歳の死亡数7.5万人の実に3倍以上となっていた。

 そして、また、この年には20〜24歳が5.3万人も死んでおり、高齢ピークの70〜74歳の死亡数を若干下回るにすぎないほどだった。

 乳児だけでなく、幼児や学齢期の子ども、そして青壮年期の人間も、事故や犯罪のほか、伝染病や食中毒など感染症で死亡する者が非常に多かった(注)。このため、老人になって死ぬ人は、余り多くはなかったのである。この時代、80歳代で死ねる人はむしろごく少数派であり、「大往生」という言葉がこうした人たちに向けてささげられていた。

(注)七五三の行事の由来となった三歳のお祝い、七歳のお祝い、そして五歳のお祝いもよくぞこの歳まで生き延びたということを祝う行事として平安時代以降にそれぞれ発祥したものを近代になってとりまとめたものだということが「チコちゃんに叱られる!」で紹介された(2023.9.29放映)。

 その後、乳児死亡は1960年になって、やっと、高齢死亡のピークを下回り、1980年以降はさらに大きく減少した。

 また、それとともに、65歳未満の死亡、特に若い世代での死亡が減り、65歳以上の死亡が高齢層ほど増えていく傾向が顕著となる。経済の高度成長の中で、栄養状態と衛生状態の改善、医療の制度的・技術的進歩、生活環境の安全化などが劇的に進み、平均寿命の伸びとともに、若い年代で死ぬ者が激減した。

 21世紀に入り、2000年から2020年にかけての最近20年間の変化としては、40代から80代にかけての死亡数の傾斜の勾配がきつくなった点が目立っている。すなわち、70代未満では死亡数が減り、70代以上、特に80代の死亡数が大きく増加した。ますます一定の年齢層に死亡が集中したと言えよう。

 こうして、高齢層の死亡については、ピーク年齢自体が70代前半から80代後半へと高齢化するとともに、ピーク年齢前後にますます死亡が集中してきている。今や、80代後半前後に亡くなるのが当り前の世の中となったのである。すなわち、「高齢死」と「高齢死への集中」の時代が訪れているのである。

 最近、時代の変化をあらわす用語として、死亡数が多い社会という意味の「多死社会」という言葉が使われるようになったが、「多死社会」というより、むしろ、「高齢死社会」が新時代の特徴として浮かび上がっていると言える。

 かつては、赤ん坊の時から何回も訪れる人生の危機を、その度、乗り越えることができた者、そしてどんどん少数になる者だけが老人となった。今では、ほとんど誰でもが老人になり、しかも、だいたい予測される年齢に死ぬ者が大半となる状況となった。

 こうした状況は、保健衛生、医学、平和、治安、労災対策、安全な生活環境、社会保険(雇用保険、医療保険、介護保険、年金保険)などの総合効果によるものであり、一言でいえば目指してきた福祉社会がほぼ実現してきたためであることはいうまでもなかろう。

 生まれたばかりの子どもを失うことはほとんどなくなり、また、飢えて死んだり、戦争や震災で死んだり、他人に殺されたり、呑みすぎや伝染病、食中毒で死んだり、仕事で無理して死んだり、病気が治らずに死んだりすることが少なくなり、さらに、生活環境の管理がすみずみまでいきわたり、遊泳中におぼれたりなど偶発的な事故で死ぬことも非常に少なくなった。

 このため、死に対する人々の印象も大きく変化している。

 例えば、それが普通だと想定される死亡年齢以外の死が「異常な死」として認識され、「非業の死」として嘆かれる程度が従来とは比較にならないほど大きくなっている(注)

 死亡を伴うためマスコミが大きく取り上げる悲惨な事故や事件の多くは、以前なら、あまりに多すぎて国民には知らされずに終わったものなのである。図録1964で見たように、食中毒死は、戦後しばらく、年200〜300人が常態だったが、今は、10人でも大事件として大きく報道される。図録2776で見たように、殺人事件の犠牲者がこの10数年で半減しているが、ひとつひとつの殺人事件が詳細に報道されるようになったので国民は治安がよくなったという実感をもてない。

 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という言葉で有名な鴨長明の方丈記に記された無常観など、哲学や文芸を通じて先哲が築いてきた死に対する人間の考えは現代の我々でも参考になることが多い。しかし、死のパターンがまるで違ってきている現代には、かつてとはまるで異なった死生観が必要になってきているとも言えるのではなかろうか。

(注)15歳以上の死のうち青壮年期(15〜54歳)の間に死ぬ割合を「非業の死」とするならその割合は戦前の4割以上から現在は5%以下まで縮小して来ている(下図参照)。


(2020年2月23日収録、2022年6月28日更新、2023年9月30日七五三) 


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