農業支援は必要であるという意見の中でも、かつて、政府・自民党は、担い手対策による生産性向上・直接支払い、WTOルールの下でも一定の国境措置維持、農産物輸出促進、食育などを組み合わせ、自給率5割を目指していた。一方、民主党は自給率100%を目指し、公共事業を減らして思い切った直接支払いを実施するとしている。 ところが、農業支援、農業保護の水準が実際にどの程度であり、どう推移しており、諸外国と比べてどの程度の水準なのかの指標については、目にする機会がない。国民に誤解を与えてたくないとの配慮からか農業白書にも登場していない。 農業保護を測る指標としては、OECDのPSE(Producer Support Estimate、生産者支持評価額)やWTOのAMS(Aggregate Measurement of Support、助成合計量)がある。両方とも、政策に基づく内外価格差×生産量と財政支援額を足したものであるが、前者は、関税を含む政府による総ての価格管理による内外価格差、及び総ての財政支援を対象としているのに対して、後者は、貿易歪曲的な政策の削減を目指すという立場から、行政的価格支持による内外価格差、及び直接支払いなどを除き、削減対象となるべき財政支援に限って算出されている。 AMSは、ウルグアイ・ラウンド農業合意で1995年から2000年までに20%削減することが合意されているが、日本は約束水準の14%にまで削減した(2006年)のに対して、米国やEUは約束水準のそれぞれ33%(2007)、46%(2003年)に止まっている(平成20年度食料・農業・農村白書)。日本の削減は1998年度から行政価格である米の政府買入価格(生産者米価)が廃止されたことが大きい。 ここでは、OECDによって公表されている主要国のPSE指標をグラフ化した(OECD Factbookから)。比較のため、%PSE、すなわちPSE額の対農業粗生産額(総売上高)比率を使用している。PSEについては、下に算出方法をOECD資料から解説している。 %PSEの水準を各国比較すると、0から60%と広いレンジに広がっているが、図中の国では、高い方から韓国、日本、EU(英国、フランス、ドイツなど27カ国を1カ国として扱ったもの)、米国、中国、オーストラリアという順番になっており、中国を除くと、この順番は、1980年代半ばから変わっていない。 時系列変化を追うとOECD諸国全体で、%PSEは40%から20%近くへと低下しており、各国を見ても、中国を除いて、低下傾向にあると言えよう。 日本の場合、AMSと異なって1998年度の米の政府買入価格(生産者米価)の廃止が大きな影響を与えた訳ではないが、PSEでも農業保護水準は図の期間を通じて傾向的に低下してきている。
次ぎに、2つ目の図に、比較対象となる国の数を増やして、農業保護率(%PSE)と農産物の輸出入状況(農産物輸出国か輸入国かを人口1人当たりの輸出超過額で見たもの)の相関図を掲げた。
この図から明らかな通り、農産物輸出国であればあるほど農業保護率は低く、逆に、輸入国であればあるほど農業保護率が高くなっている。輸入国であるということは食料自給率が低いと言うことであり、その国が考える最低限の自国農業の維持のために農業保護も手厚く行っているという状況がうかがわれる。 もっとも農産物輸出入状況と農業保護率との関係は、単純な比例関係とはなっていない。大雑把には、3つのグループに分かれている。農業保護率の低い方から、農産物輸出が重要な稼ぎとなっているオーストラリア、ニュージーランドのグループ、輸出入がほぼ均衡しているポーランドからハンガリーまでの国々(米国は世界最大の農産物輸出国であるが、同時に世界最大の農産物輸入国でもある)、そして日本、韓国、ノルウェイ、スイス、アイスランドといった自給率の低い農産物輸入国のグループである(各国の農業自給率は図録0310参照)。第1のグループの保護率は10%以下、第2のグループの保護率は10〜30%、第3のグループの保護率は60〜70%となっている。EUは第2のグループに近いが、そのグループと比べると保護率は35%程度と高い。 このように比例関係は逆S字カーブとなっており、自給率が低くなり、輸入超過がある程度以上となると、急に保護率は高まるという傾向になっている。政府も国民も食料確保のためにはかなりの負担を覚悟すると言うことなのであろう。 問題は輸入国の農業保護でなく、輸出国の農業保護であるというのが、輸入国の代表である日本の立場である。 EUは輸入国であると同時に輸出国であり、砂糖の輸出が問題とされる。EUのCAP(共通農業政策)はEU全体予算の40%に及んでいるが、「砂糖農家と加工業者に対して、砂糖の世界市場価格の4倍が支払われており、400万トンの余剰生産につながっている。この余剰分は、一握りの砂糖加工業者に対して支払われる10億ドルを超える輸出補助金の補償を受けて、世界市場で投げ売りされる。その結果欧州は、比較優位性のまったくないはずの産品の世界第2位の輸出元となっている。」(国連開発計画「人間開発報告書〈2005〉―岐路に立つ国際協力:不平等な世界での援助、貿易、安全保障」) 米国の綿花補助も似たような状況にある。「米国農務省の推計によると、同国の2万戸の綿花農家に対して支払う額は47億ドルに上るという。これは綿花の市場取引額総額に匹敵する額で、...これらの補助金によって世界価格が9〜13%引き下げられている上、米国の生産者が綿花輸出全体の3分の1を占め、世界の綿花輸出市場を支配している。」(同上) EUや米国のこうした農業保護によって、途上国のブラジル、タイ、南アフリカ、モザンビークの砂糖生産者、西アフリカのブルキナファソやマリの小規模綿花生産者は大変な被害を受けているのである。 日本のコメは、補助金によって国際市場に安く輸出されているわけではななく、高い関税で安いコメが入ってくるのを防いでいるのみである。PSEに反映する農業保護という点では同じでも性格が大いに異なると言わねばならないのである。 そこで、WTO交渉のドーハラウンドであるが、この逆S字カーブを全体に上下に圧縮するのか(低保護率の国の主張)、あるいは全体に下方シフトさせるのか(高保護率の国の主張)の戦いであるように思われる。現段階では、米国が下方シフトを拒否したため交渉が頓挫した(米国は自国の保護削減の幅と同額規模の削減を他国に求めた)。 なお、非OECDの中国、ロシア、ブラジルについては、目立った輸出入超過がない点では第2のグループと共通であるが、保護率は10%以下と低い。これは、戦前の日本と同様、農業を保護する余裕はまだなく、むしろ農業から得た資源を鉱工業に突っ込んでいる段階であるからだとも考えられる。しかし、中国は転換点にさしかかっていると考えられる。 中国は1995年にトウモロコシ、小麦などの輸入が急増し、レスター・ブラウンの「誰が中国人を養うか」が話題になった(「だれが中国を養うのか?―迫りくる食糧危機の時代 (ワールドウォッチ21世紀シリーズ)」ダイヤモンド社 、1995年)。1番目の図でも分かるとおり中国はこうした事態に対応して価格支持など農業保護を強化し、生産拡大を促進した。その後、順調な需給状況に応じて保護率を低下させたが、近年では、3農問題が国家の重要課題となり、農業税の減免など保護率を再度上昇させている(図録0305参照)。体制安定のため国内格差を是正し、また中国人の巨大な胃袋(図録0300)を満たすため輸入代替の国内生産増強を目指すためには、農業保護率・農業支持率をこれまでのような低い水準(言い換えれば農業からの資源移転で工業等に投資していたような状況)に放置する訳には行かないと思われる。
(2006年10月3日収録、2009年10月20日時系列データ更新、2010年5月31日時系列データ更新、2012年1月3日時系列データ更新、2013年1月16日時系列データ更新、2021年12月7日時系列データ更新)
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