昆虫やヒトなどの動物や自転車、クルマなどの乗り物が移動するときのエネルギー効率を比較したグラフを掲げた。

 出所は自転車博物館サイクルセンターのホームページであり、エネルギー効率のよい自転車は「人間が発明した最高の乗りもの」であると主張するために作成されている。

 確かに「ただ歩いている人」は1q歩くのに体重1g当たり0.75カロリーのエネルギーを使い、クルマ(自動車)は0.8カロリー。ところが「自転車に乗っている人」は0.15カロリーと5分の1のエネルギーしか消費しない(コラム「自転車の発明と自転車事故」参照)。

 世界各国で自転車に乗れる者の割合がどうなっているかは図録6392参照。

 動物の中で移動手段として四肢・足や翼の代わりに車輪型の身体を進化させた種はない。SFにはそうした動物が登場しクルクル移動する話があったように記憶する(確かロバート・シェイクリー)。そうした動物なら自転車と同じような移動効率であったろう。人間が登場する前には道路というものがなかったので車輪型の身体に合理性はなかったのかも知れない(コラム「移動コストの生物学」参照)。

 動物は小さい動物より大きな動物の方が移動効率はよいようだ。ネズミ、ウサギ、イヌ、ヒト、ウマの順で効率がよくなる。ただしバッタやハトなど飛ぶ動物は軽くても移動のエネルギー効率はよい。

 モグラは「毎日、自分の体重の半分の量のミミズを食べる必要があるので、非常に長い時間をかけて自分の巣穴をパトロールして、落ちてくる食べ物を探し歩かなければならない」という(リチャード・サウスウッド「生命進化の物語 」2001)。移動効率が悪いので食べ続ける必要があるのであろう。

 興味深いのは地上を移動するヒト、ウマ、クルマが0.7〜0.8カロリー/q・gでほぼ同じ移動エネルギー効率である点、空を飛ぶ500gのハトと100トンのジェット旅客機が0.6〜0.9カロリー/q・gとそれほどの違いがない点である。要するに輸送コストによる結果であるという点で1グラム1円理論(図録0410)と共通する根拠があるような気がする。

 ヘリコプターは単なる移動手段としては効率が悪すぎるようだ。機動性、離着陸自由度などが補っているため存在し続けているのであろう。

 ただし、人間がつくった移動手段のエネルギー効率が格段に向上してきている点も無視できない。アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスはこう指摘している。「蝋燭が灯油ランプになり、それが白熱灯になり、LEDに変わって、エネルギー効率は大幅に上昇しました。もうひとつの例は飛行機です。旅客機が飛びはじめて半世紀のあいだにエネルギー効率は4倍になりました。50年前には一人の乗客がアメリカを横断するのにかかった燃料は109ガロンでした。いまでは、最新の787型機なら24ガロンしかかかりません。これは驚異的な改善度です。劇的と言えるでしょう」(ダイヤモンド・オンライン記事)。

【コラム】自転車の発明と自転車事故

 天声人語に代表される新聞の1面のコラムは最近惰性で書いているようなものが多く面白くないが、東京新聞の「筆洗」(2015年1月22日)のウイットのきき方には感心した。自転車とも関連するので以下に引用する。

 自転車をだれが発明したかについては諸説あるが、足で地面を蹴って進む二輪車にペダルを付けることを発明したのは、スコットランドの鍛冶屋カークパトリック・マクミラン氏だという説がある。

 足を地面から離して乗れるようになったことで、自転車の速度は格段に上がり、ペダルを発明して3年後の1842年、マクミラン氏は片道100キロ近い遠乗りまでやってのけた。

 だが彼はこの快挙の道中、女の子をはねて罰金の支払いを命じられ、報道された。これが史上初の自転車事故の記録ともいわれるから、皮肉なものだ。

 幸いこの「歴史的事故」に遭った子はさしてけがをしなかったそうだが、いま日本では自転車がらみの事故が年8000件以上起き、うち90件余が死亡事故という。交通事故の総数は減ってきたものの、自転車と歩行者がぶつかる事故は増える傾向だともいう。

 自転車ブームは結構だ。しかし赤信号も何のそのヘッドホンやイヤホンをつけたまま突っ走る自転車にひやりとさせられることも珍しくない。さすがに悪質な運転者に安全講習を義務付けることになったが、その警告がヘッドホンをしたままの耳に届いたかどうか。

 筒井康隆さんの毒舌あふれる『現代語裏辞典』でヘッドホンを引けば<横で「バカ」と言われても聞こえない器具>とあり、自転車は<自分で転倒する車>とある。最悪の組み合わせだ。

【コラム】移動コストの生物学

 動物種類によって変わってくる移動コスト、運搬コストの法則性について、生物学で研究されている。トレッドミルという短いベルトコンベアーに酸素消費量を測るためのマスクをさせていろいろな実験動物を走らせ、また風洞の中を鳥を飛ばせて同様に酸素消費量を測ったりしてデータを集め、体重などとの関係を調べているのである。こうした研究の結果を本川(1992)が図に整理している。本川達雄氏は私と同姓であるが、読み方は「もとかわ」である。

移動方法の経済性の比較

(注)体重1sを運ぶのに必要な最小のエネルギーと体重の関係が図示されている(Vogel, 1988による)
(資料)本川達雄「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 」中公新書、1992年

 走る運搬コスト(1sを1メートル運ぶのに必要なエネルギー)は体重のマイナス0.3乗に比例する右下がりの直線になる。大きな動物ほど安上がりの移動となることが分かる。この関係は四つ足動物でも二本足で走る鳥や獣にも当てはまる。さらにトカゲやアリでも同じ直線上に乗っかるという。この図は図録でネズミ、ウサギ、イヌ、ヒト、ウマと体重が増すにつれてエネルギー・コストが下がる関係と同じことを示している。

 飛ぶコストについても同じように右下がりの直線になっている。鳥でも飛ぶ昆虫でも同じ直線上に並ぶ。図録ではバッタとハトがこれにあたる。興味深いのは、地上を走るより空を飛ぶ方がコストや小さい点である。飛ぶには大きなエネルギーを要するがそれ以上に早さや移動距離が伸びるということなのである。この経済性があるので渡り鳥が何千キロも飛べるのである。

 ちなみに泳ぐという移動方法はさらに経済性が高い。走るや飛ぶと異なり重力に逆らって移動しなくてもよいからだと説明される。本川(1992)によれば、ヒトは少なくとも大人になると無目的に走り回ることは普通なくなるのと対照的に年齢に関係なくイルカがくるくると水槽の中を無邪気に遊びながら泳ぎ回っているのもこの経済性のお陰という。

 この図でもクルマやジェット機といった乗り物が走る動物よりエネルギー効率が悪いのに対して、自転車は走る動物はおろか飛ぶ動物よりも移動の効率がよいことが示されている。「自転車というものは、人間の使う陸上の移動道具のうちで、もっともエネルギー効率の良いものである。」

 ところで図録本文でふれた車輪型の動物の不在については生物学でも種々の理由が検討されてきていたらしい。本川(1992)は一章を「なぜ車輪動物がいないのか」に当て、この点を整理している。そこでは、自然界には道路がないので車輪動物は凸凹の地表での移動の困難が大きい点の他に、小回りがきかない点、動物は硬い素材と相性がよくなく特に回転軸のねじれに耐えることが難しい点、また、回転している車輪に軸受けからエネルギーを受け渡すのが困難な点があげられている。

(2008年1月7日収録、2011年3月22日コラム「移動コストの生物学」追加、2015年1月22日コラム「自転車の発明と自転車事故」追加、2021年12月31日ジェフ・ベゾス引用)


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