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一般に、政党支持率といえば、支持している政党名、あるいは支持する政党がないという選択肢を含め1択で回答した結果である場合が多い。日本の新聞・テレビで報道される政党支持率はすべてそうしたデータである。小選挙区はA政党の政治家、比例区はB政党と複数の政党を支持している場合でもどちらかを回答しなければならない。この場合、回答結果は合計すると100%となる。 ピューリサーチセンター調査の政党支持率はこれとは異なっている。各政党について支持している(faborable)かどうかを別々に聞いているので、複数回答結果を同じとなり、合計が100%を越えることがありうるデータなのである。 また、ここで主たる与党(main governing)政権党か連立政権の場合は最大の議席数の政党を指し、主たる野党(main opposition)は政権党(連立政権党)以外の野党のうち最大の議席数を有する政党を指している。調査は各国で最低限この2党を対象としている。 グラフの国の並びは、主たる与党の支持率の高い順である。インドネシアのゴルカルの80%からギリシャの新民主主義党の24%まで支持率の高さの差は国ごとに大きい。 主たる与党の支持率と主たる野党の支持率を比べると、当然ながら、概して、主たる与党の支持率の方が高い。ケニヤ、ナイジェリア、オランダ、フランスにように逆転している場合も少なくはない。日本も主たる野党の立憲民主党の28%が主たる与党の自民党の26%を上回っている。こうした逆転ケースの目立った国について、そうした状況が生じた事情を後段にまとめてコメントした。 参考のため日本、ドイツ、英国について時系列推移を主な与野党2党とその他主要政党について示した。主な与野党2党にその他主要政党が匹敵、あるいは凌駕する支持率を示している場合があるが、小選挙区選挙での獲得議席は必ずしもこの支持率に比例するものではない点に留意する必要がある。例えば日本において、最大与党自民党の支持率が最近大きく低落し、最大野党の立憲民主党を下回る年次も出てきているが、議席数は自民党の方が大きく立憲民主党を凌駕している。 各国の政党事情について、おおむね図の順に以下でコメントしていこう。資料としてはウィキペディアのほか、山中俊之(1924)「教養としての世界の政党」、水島治郎(2016)「ポピュリズムとは何か」などを参照した。なお、主要先進国については、以下に上図からの抜出を掲げるだけとし、各国の推移データとともに図録5230mで政治情勢をコメントしたので、そちらを参照のこと。 ![]() 日本はフランスとならんで主要な与党と最大野党の支持率が総じて低い点が目立っている。政党不信の状況が著しい国だと言えよう。 (インドネシア) インドネシアではスカルノとスハルトという歴史的な役割を果たした軍出身の過去の2人の大統領の政治勢力が対立軸として存続している。ゴルカルはスハルト系の政党であり、大衆寄りの保守政党、闘争民主党はスカルノ系で大きな政府を目指している。複数回答とはいえ、それぞれの政党の支持率の合計が100を大きく上回っているところに両党の存在感の大きさがうかがえる。2024年の大統領選で闘争民主党のジョコ前大統領が破れ、ゴルカルのスビアント新大統領が就任した。 インドネシアだけでなく、フィリピンではマルコス家の国民党、アキノ家の自由党、インド国民会議派のガンジー家(ネルーの娘の姓)などアジアでは名門政治一族が力をもつ傾向がある。 (メキシコ) 国民再生運動(Movimiento Regeneracion Nacional、 MORENA、モレナ)は、 メキシコの左翼政党である。2018年から24年まで大統領を務めたアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールが主導している。ウィキペディアによれば「モレナの政策綱領は、左翼ポピュリズム、進歩主義、社会民主主義の要素を組み合わせている。モレナは、新自由主義的な経済政策に反対し、社会福祉プログラムの拡充、インフラへの公共投資の増加、エネルギー、石油、電力などの戦略的産業の国家管理を支持している。モレナは、労働者階級の有権者、農村地域、都市部の貧困層、歴史的に連邦政府の投資が不十分だった地域から多大な支持を集めており、長らく優勢を占めてきた制度的革命党(PRI)と保守的な国民行動党(PAN)に代わる政党としての地位を確立している」。 (南アフリカ) 1994年、初のすべての人種による選挙が実施され、ネルソン・マンデラの政党「アフリカ民族会議」(ANC)が圧勝。それ以後も非常に大きな影響力を保っている。民族の槍(MK)は、南ア最大の民族ズールー族の前大統領ジェイコブ・ズマがANCのトップでもある現大統領シリル・ラマポーザと敵対し旗揚げした新党。ANCに対する「復讐」との見方もある。 (オーストラリア) オーストラリアではリベラルな労働党と保守連合(自由党と国民党からなる)が政権交代を繰り返している。英国の労働党と保守党との関係に類似。 (カナダ) 単純小選挙区制の下院の最多政党のトップが通常は首相となる。伝統的にリベラルな自由党と保守党が競い合っている。双方中道寄りなので極端な政策変更は生まれない。フランス語圏やカトリックの影響が大きく、多文化共生を旨としているので、米国と比較してもナショナリズムやポピュリズムの浸透度は低い。 (スウェーデン) 与党を長く続けて来た社会民主党から、2022年、僅差で政権交代となり、穏健党(クリステション首相)、キリスト教民主党、自由党の連立政権となった。新政権下で、移民に対し厳しさがまし、NATO加盟に舵を切った。 (イスラエル) リクード(団結)は左派の労働党と並ぶ、イスラエルの二大政党の一つであり、党首は現在同国首相を務めるベンヤミン・ネタニヤフ。イェシュ・アティッド(未来がある)は著名なジャーナリストであったヤイル・ラピドが政治家に転身し、旗揚げした政党。世俗志向、中道志向が強く、イスラエルとパレスチナの二国家共存による平和の実現を目指している。 (アルゼンチン) アルゼンチンの2023年10月の大統領選では、左派与党連合「祖国連合」に属する正義党(ペロニスタ党、前大統領の政党)のセルヒオ・マッサ候補と右派野党連合「自由の前進」に属するリバタリアン党党首ハビエル・ミレイ候補との間で争われ、「アルゼンチンのトランプ」という異名をもつミレイ候補が新大統領となった。ポピュリズムの老舗ペロニズムが新興ポピュリズムに負けたとも言える。 (ハンガリー) PiSポーランドとともに「EUのはぐれ者ペア」と呼ばれているのがハンガリーのオルバン首相であり、与党フィデス党は中道とはいえず、右派ポピュリズムと見なされることもある。なお、対立する民主連合は、2011年10月に結成されたハンガリーの政党。元首相でハンガリー社会党の党首も務めたジュルチャーニ・フェレンツの党内派閥として結成された社会民主主義を基調とする中道左派政党である。 (ポーランド) 議院内閣制のポーランドでは、2015年以来、右派ポピュリスト政党「法と正義」(PiS)が与党であり、カトリック重視、中絶ほぼ禁止、LGBTQ排除、移民排斥、EUと対立などを進めた。ところがウクライナ難民に関しては受け入れの方向。2023年には中道連立野党「市民連立」のトゥスク政権が誕生。トゥスク新首相は元EU大統領であり前政権の政策見直しを公約。 (ブラジル) 自由党は、2022年ブラジル総選挙に向けて、元社会自由党の元軍人で「ブラジルのトランプ」とも称されるボルソナーロ大統領の支持基盤となった。これにより、ボルソナーロ支持者の多くが同党に加入、ブラジル国民議会で最大の勢力となり、自由党は全体的に右傾化した。2022年大統領選で労働者党のルーラ大統領が勝利し、ブラジルは再び左に振れた。翌年1月、大統領選を不服として、ボルソナーロ支持者らが、ブラジリアの連邦議会や最高裁判所、大統領府の建物に侵入して破壊活動を行ったのがトランプ大統領との双子の事件として話題となった。 (トルコ) トルコでは、エルドアン大統領の公正発展党(2001年結成)は穏健イスラム政党、建国の父アタチュルクが率いていたのが政教分離を旨とする共和人民党。 (スペイン) 左右の中道政党、すなわちリベラルな社会労働者党と保守の国民党が長らく政権を担ってきているが、徐々に多党化してきており、独立を求めるバスクやカタルーニャなどに地方政党もある。また、右派ポピュリズムといわれるVOXも躍進してきており、地方議会で右派の連立政権が誕生する動きが見られる。 (ギリシャ) 軍事政権からの民政移管以降、中道右派・保守主義政党の新民主主義党(ND)、中道左派・社会民主主義政党の全ギリシャ社会主義運動(PASOK)による2大政党制が続いてきており、どちらかが政権を担う構図が続いていた。2010年には統計操作による巨額の財政赤字隠蔽が発覚したことから、ユーロ圏全体や世界中を巻き込む金融危機へと発展し、2大政党も信任を失った。2023年総選挙では、改選前の与党・新民主主義党(ND)が、過半数を超えて単独過半数を確保。NDの単独政権が継続されることとなった。だが、支持率から見るとかつての2大政党は両方合わせても延べ48%と日本以上の世界最低のレベルである。 次に、不思議なことに主な野党の支持率が主な与党の支持率を大きく上回っているケニヤ、ナイジェリア、オランドについて、そうした状況を招いた政治事情を見てみよう。 (ケニヤ) ケニアは長い間、独立のレガシー政党であるケニア・アフリカ民族同盟(KANU)の1党独裁状態だったが、1990年代から民主的な複数政党制になった。ただし政党の離合集散が常態化、政治家の所属もめまぐるしく変化する。2022年に僅差で大統領の座を占めたウィリアム・ウトの政党は統一民主同盟だが、ウトはケニア・アフリカ民族同盟(KANU)にいたことも、他の政党にいたこともある。野党のオレンジ民主運動は大統領権限や土地改革に関する2005年憲法改正に対する国民投票反対派市民運動から生まれたが、最初の中心はウフル・ケニヤッタ(ジョモ・ケニヤッタ初代大統領の息子)のケニア・アフリカ民族同盟(KANU)とライラ・オディンガの自由民主党(LDP)だった(その後KANUはオレンジ民主運動から離れ、残った同運動系の2政党に率いられることとなった)。こうした経緯で政権与党の支持率を野党勢力の支持率が大きく上回っている。 (ナイジェリア) 列強が地域の部族。宗教のなりたちを無視して建国してしまったため、地域的な特色が政党にもあらわれている。イボ族が多い東部、ヨルバ族が多い西部では人民民主党(国民民主党)が比較的強く、イスラム教徒が多い北部はハウサ族が多く、全進歩会議が強いというのがおおまかな傾向。それまでの軍事政権から1999年に大統領制の連邦共和国となった。はじめての大統領は人民民主党のオバサンジョ(ヨルバ族)、現在は全進歩会議のボラ・ティヌブ。こうした経緯から政権与党の支持率を最大野党の支持率が大きく上回っている。 (オランダ) オランダは議院内閣制であり、下院が完全な比例代表制なので多党状態。そのため政権はほとんどが連立政権である。1994年に左右2大勢力、労働党と自由民主人民党の大連立政権が成立。この連立政権の下で1990年代には経済成長と失業率の低下が実現し「オランダ・モデル」として注目を集めた。 その後、大連立への野合批判でポピュリズム政党の主張が共感を得、さらに移民問題で連立政権が維持しがたくなり、2023年に行われたオランダ総選挙では「オランダのトランプ」と揶揄されるヘルト・ウィルダース率いる反移民、反イスラム、反EUのポピュリズム政党自由党が第1党となった(党員が党首ウィルダースのみの「一人政党」)。選挙から半年後、自由党、自由民主人民党、新社会契約、農民市民運動の4党による連立交渉がまとまり無所属のディック・スホーフが首相となった。一方、最大野党のグローネンリンクス・労働党は、緑の党と労働党の政治連合である。自由党は主張が明確であり第1党ではあるが支持率そのものはそれほど高くなく、むしろ環境主義と社会民主主義の連携勢力の支持率の方が高いのもオランダの比例代表制による政治体制と現代的な社会状況をよく反映しているともいえよう。 (2025年10月26日収録)
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