高校1年生を対象とする国際学力テストであるOECDのPISA調査は結果が公表されるたびに世界中で注目され、日本をはじめ世界各国の教育政策に大きな影響を及ぼしている。

 PISA調査では、学力テストのほかに、学力の要因を探るため、先生や同級生との学校生活の状態や学習意欲、生活満足度などの意識の状態を生徒に対する調査票によって調べている。

 世界48カ国の生徒の生活満足度の状態について、男女計の生活満足度の高さと男女差をX軸、Y軸にとった散布図を図録3942iに示した。同図録では「なぜ、日本などの東アジア儒教圏で生活満足度が低いのか」を分析したが、ここでは、もう1つのナゾである「なぜ、世界では女子生徒の満足度が低く、日本は唯一の例外となっているのか」について見ていこう。

 図では、高校生と成人の生活満足度の男女差を両方のデータがある27カ国について対比させた。成人のデータは世界価値観調査によるものであるが、ほぼ同様の設問で生活満足度を聞いているので比較してもおかしくないと思う。

 すべての国で、生活満足度の男女差は、「男マイナス女」が成人より高校生の方が大きくなっている点が印象的である。成人については生活満足度に男女の差が余りないのに対して、高校生については、男子生徒が女子生徒を上回る場合が圧倒的に多いのである。

 国ごとの結果をよく見ると、欧米に対して、アジア、イスラム圏、及びラテンアメリカでは、成人と高校生の差は小さいという傾向が認められる。文化圏の影響が無視できないといえる。ただし、アジアでは韓国、イスラム圏ではトルコ、ラテンアメリカではウルグアイ、チリは欧米と同様に差が大きくなっており、これらの国では、欧米文化の影響が大きい可能性があろう。

 つまり、高校生の生活満足度の男女差は欧米諸国で特に大きくなっていると見てよいだろう。この現象の理由としては、男子高校生が女子に比べやたらと満足度が高いと考えるか、あるいは女子高生が男子に比べ特に満足度が低いと考えるか、どちらかである。OECDは、後者の見方を取っている。

 PISA報告書によれば、女子高生の生活満足度が男子より低いのは、ひとつの可能性として、思春期の女子の厳しい自己批評を反映しているのではないかと考えられている。すなわち、マスメディアが前提にしている「スリムで理想的な体型」やソーシャル・メディアで共有されている美しいとされる体型の画像の影響にさらされていることが思春期の女子の自己認識や満足感にネガティブなインパクト与えているとされているのである(【コラム】参照)。また、同報告書ではこれと関連して、「体重にもとづく同級生からの「いじめ」が少女たちの自分の身体への不満にむすびついている」という研究にも言及している(PISA 2015 Results VOLUME III STUDENTS'WELL-BEING, p.73)。

 こうした傾向は、日本を含むアジアやラテンアメリカ、イスラム圏でも存在しているであろうが、それほど大きく満足度の結果を左右していない。自己の身体イメージをどこまで重視すべきかという文化の違いが影響しているとともに、アジアの場合は、実際のところ、女子高生の体型が欧米に比べてスリムであるからであろう。フィギュアスケートの女子選手の演技をテレビで観ると欧米とアジアの選手のボディー・イメージには、かなりの差があるのである。

 ここまで考えてくると、日本の女子高生の生活満足度が、世界で、唯一、男子より高い理由のひとつは、自分の身体イメージへのこだわりについて、欧米のようには強迫観念にまでは至っていないためだと考えられる。

 図録3942iで述べたように、東アジアでは、高校生の生活満足度にとって、自分の考えというよりは周囲の期待に応えられているかが重要だとすれば、この点に関しても、先生や大人が女子高生の体型についてどう期待しているかがキーとなると考えられる。日本では、少なくともタテマエでは女子高生は余りスリムでない方がよいという社会的通念を維持しているので女子高生も余りプレッシャーは感じていないのであろう。

 日本と対照的なのは、韓国である。ある高校で女子高生の制服が余りに小さすぎて身体が収まらないほどだというニュースが韓国で話題となったことから推察すると、身体イメージに女子高生がこだわらずにはいられない大人からの目や社会的な環境があるため、韓国では、東アジアとしては例外的に高校生の生活満足度の男女差が大きくなっているのではなかろうか。

 さて、日本の女子高生の生活満足度が世界で、唯一、男子より高いことを説明するもうひとつの要因は、成人の生活満足度が、そもそも、女性優位であり女子高生もそれと同じだと考えられるからである。

 図においては成人の生活満足度については、日本がもっとも女性の満足度超過が最も大きい。また、幸福への世界的な関心の高まりを受けて、幸福度に関する国際調査がかなりの頻度で実施されているが、各調査での男女の値を算出して見ると幸福度の女性優位が、ほとんどの場合、日本の決定的な特徴になっているのである(図録2472参照)。

 何故、日本の女性の生活満足度や幸福度が男性よりこれほど高いのかについての定説はないようだ。というより、その事実じたいが、日本は根強く男性優位社会であるという一般的な通念と矛盾するので、看過されてしまっている。

 私の考えでは、幸福度の女性優位が、日本ほどではないが、韓国、台湾、香港といった東アジア諸国でも共通である点を考え合わせると、相続や選挙権に関する制度的な男女平等が各国で戦後実現したのと平行して、現代では、かつての儒教道徳から女性がかなり解放されたのに対して、男性の方は、男は一家の大黒柱、あるいは男はか弱い女性を守らなければならないといったような旧い道徳観になお縛られているから、こうした結果が生じていると思う。男への期待感が大きいだけにそれだけ幸福度を感じにくくなっているというのが私の見方である。

 高校生についても、男女共同参画の流れの中で、女子高生は女だからといってこうであらねばならないという道徳観から解放されているのに、男子高校生は、なお、親や先生からの男はこうあるべきだという期待が大きくて、毎日を屈託なく楽しく過ごす環境にないのではなかろうか。

 このように、日本の女子高生が男子より楽しそうなのは、男性と比較して、性差に対する旧来の道徳感からの解放が進んでいると同時に、若い女性の身なりや体型はこうあらねばならないという情報社会の新規範からも外国と比較して自由だから、というのがデータから推察されるとりあえずの結論である。

【コラム】世界的には10代の女子は男子より生活満足度が低い

<以下にOECDの報告書のボックス記事「学力の優位性にもかかわらず10代の女子の生活満足度は男子より低い」を日本語訳する(OECD(2017)The Pursuit of Gender Equality:An Uphill Battle, p.98)。データとしてあげられているのは、この図録と異なりOECD諸国のみである点には留意が必要である。>

 学力テストでよく知られているOECDのPISA調査(2015年)では、生徒の生活満足度や幸福度についても評価している。調査の中では、学校、同級生や先生との関係、あるいは自宅での生活との関わりの中で、どれだけ前向きな気持ちになっているか、あるいは、学校外でどのように時間を過ごしているか、について生徒の意識が調べられている。ほとんどが自己申告に基づくこれらの回答結果は、10代の生徒たちの自らの生活に関する希望や熱意や考え方に対する分析のもととなり、あわせて、標準的なPISA学力データを補完するものとなっている。

 この調査から得られた最も驚くべき発見のひとつは、多くの教育分野で女子生徒や若い女性が優位性を獲得しているにもかかわらず、10代の女子が10代の男子よりも幸せではない、すなわち生活に満足していないと見られる点である。実際ほとんどのOECD諸国で女子は男子よりずっと低い生活満足度しか答えていない。平均して、15歳の女子生徒は、自分の生活に「非常に満足している」(選択肢9〜10)の割合は男子の同級生より10%ポイントほど低く、「満足していない」(選択肢0〜4)は5%ポイントほど高い。統計的に有意な違いはメキシコ、あるいは部分的に日本やラトビアだけとはいえ、幸福度の男女差は国によってかなり異なっている。

 10代の女子の相対的に低い生活満足度の背後に存在している理由については、十分には理解されておらず、決定要因としては多くが働いているであろう。しかし、興味深いことは、「大人」の間では自己申告の幸福度に男女差は余り影響を与えていないことである。生活満足度の回答のジェンダー・ギャップを生んでいるのは青春期特有の要因であるようなのである。ひとつの可能性としては、青春期の女子の厳しい自己批評を反映しているのではないかと考えられる。2015年PISA調査は生徒の「ボディ・イメージ」に関する情報は集めていないが、既存の調査によれば、マスメディアが前提にしている「スリムで理想的な体型」やソーシャル・メディアで共有されている画像の影響にさらされていることが青春期の女子の自己認識や満足感にネガティブなインパクト与えているとされているのである(注)。

(注)PISA報告書ではこれと関連して、「体重にもとづく同級生からの「いじめ」が少女たちの自分の身体への不満足にむすびついている」という研究にも言及している(PISA 2015 Results VOLUME III STUDENTS’WELL-BEING, p.73)。

 
 OECDの別の報告書では、SNSの長時間使用が友達関係を除く学校生徒の全般的な生活満足度の低下をもたらしているが、女子生徒への影響のほうが大きいとする研究が紹介されている(OECD Skills Outlook 2019:Thriving in a Digital World ,p.160)。これが世界的に10代女子の生活満足度を男子より低くしているもうひとつの要因かもしれない。日本は韓国など他の東アジア諸国と同様に、高校生のネット依存度が低いことも分かっており、これを考え合わせると、日本の女子高生の生活満足度が男子に比べて高いことも同じ理由によるのかもしれない。

 図で取り上げた27カ国は、以下である。日本、タイ、香港、メキシコ、ペルー、チュニジア、カタール、ブラジル、台湾、ロシア、スペイン、コロンビア、フランス、エストニア、チリ、韓国、ウルグアイ、オランダ、トルコ、米国、英国、ポーランド、フィンランド、イタリア、ドイツ、スロベニア、アイスランド。

(2018年3月10日収録、2019年8月28日コラムOECD別報告書紹介)


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