母体リスクは、低開発国では10人に1人と多いが、先進国では2万人に1人と少なく、国により大きな幅がある。低開発国における10人に1人という生涯妊産婦死亡率はかなり高いリスクであり、文明国に達する前の女性はとんでもない危険性をおかして子どもを生んでいたことがしのばれる。当時の男性が女性を守ろうとする母体保護思想はほとんど本能的なものだったと想定される。レディーファーストなどといった女性を大切にする気風は当時からのなごりであろう。 母体リスク(妊産婦死亡率)の高さから出産年齢の女性の死亡率が男性を上回っている状況はかつては先進国でも通例だった。世銀の報告書に掲載された以下の図には、ヨーロッパ諸国及び日本の20世紀における出産年齢女性の超過死亡率の推移を示されている。ヨーロッパ諸国でも20世紀初頭には母体リスクにより女性の死亡率が相対的に高かったことが分かる(第1次世界大戦、第2次世界大戦の時期には男性の死亡率が上昇したため女性の超過死亡率は低下している)。また、日本がヨーロッパ諸国に追いついたのが戦後になってからだということもよく分かる。 現在、女性の平均寿命が男性を上回るのが日本だけでなく世界的傾向であるが(図録1670参照)、その理由は、女性だけに備わっていた母体リスクへの補償能力が保健医療の発達による母体リスクの低減の後にも発揮されているからであろう。
2010年7月19日(日)放映のNHKスペシャル「恐竜絶滅 哺乳類の戦い 後編 運命の逆転劇」では、恐竜に代わってほ乳類が繁栄した理由について取り上げていた(絶滅と再生が進化史的に重視されるようになった点は図録4174参照)。 ほ乳類は、恐竜絶滅後、日陰者であった故の原始的な体制が幸いし種々の環境に適応放散し繁栄していった。ほ乳類の中で北半球の有胎盤類と南半球の有袋類が平行的に進化し、その後、大陸の接続後の両者の競合の中で有胎盤類が勝利する結果となった。そして、有胎盤類の勝利の理由として、早期に出産しその後母親の袋の中で長期にほ乳を行う有袋類では、未熟児が乳首から栄養を得続ける必要から、長期間胎盤を通じて子宮内で胎児を大きくする有胎盤類に比べて脳の発達が全般的に弱かった点をあげている。そうであるとすると、番組では取り上げていなかったが恐らく母体リスクは有袋類より懐胎期間が長く出生児も格段に大きい有胎盤類の方がずっと高かったと想像できるので、頭脳で生き延びる点に特徴のある人類の発祥の経緯から言って、母体リスクの高さとそれ故の母体保護思想は人類と運命的に結びついていると考えられる。 「恐竜絶滅 ほ乳類の戦い」(ダイヤモンド社)が放映とともに刊行されたが、ここには有胎盤類と有袋類の母体リスク(妊産婦死亡率に当たるもの)の違いについて興味深い話が紹介されている。人類によって有胎盤類が持ち込まれるまでオーストリアで有袋類が支配的であった理由として、競争優位にある有胎盤類がそもそもいなかったからだと考えられていたが、最近、以前から有胎盤類が存在したという画期的な化石の発見があったというのだ。当時のオーストラリアは寒暖や湿乾の時代変化など環境変動の激しい大陸であり、こうした中では、妊娠1カ月で1gの子を産むカンガルー類などの有袋類は、暖めていた卵を放棄してすみかから素早く移動できる恐竜類と同様、子育てを早期に中断して新しい生育環境に移動し、新しい場所で出産行動を再開できるので、胎児を長く胎盤を通じて大きくする故の大きなリスクを抱えた有胎盤類よりも、結局は、種の再生産の上で優位に立っていたとする考え方が浮上したのである。ほ乳類の群れや家族は、こうした母体リスクを集団で低減するために発生したものではないか、ということを示唆していると思う。 相関図に見られるように、傾向線の上方にある国、すなわち経済の発展度以上に母体を保護している国もあれば、傾向線の下方にある国のように、経済の発展度の割に母体保護に遺漏がある国もある。日本は傾向線より上ではあるが特段に成績が良いわけではない。 生涯妊産婦死亡率の低い国、高い国
(2010年7月19日収録、7月20日・26日平均寿命・有胎盤類コメント追加、2012年2月8日女性超過死亡率推移図を追加)
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