人は死亡診断書に記される死因の病気やケガで亡くなる。しかし、そうした死因の死をもたらすさらに何らかの要因が存在している。それらは「リスク要因」と呼ばれる。

 喫煙は肺がんにつながるリスク要因である。運動不足は心臓疾患のリスク要因である。大気汚染は呼吸器疾患のリスク要因である、といった点はわれわれにとって馴染み深い認識である。

 特定のリスク要因による死亡数を推計するには「疫学的研究」(リスクのある人とそうでない人との死亡差の研究〜例えば喫煙者と非喫煙者の肺がん死亡差)による場合が一般的である。ただしひとつの要因が複数の死因につながる場合がある点に留意が必要である。喫煙は肺がんだけでなくCOPDや脳卒中、心筋梗塞による死亡も増やすのである。

 また、疫学的な研究が難しい新規感染症、熱波や自然災害といったリスク要因の場合は、そうしたリスクが襲ったときに通常と比較してどれだけ死亡が増えたかという「超過死亡」の統計的な推計がリスク要因による死亡推計に使用される。

 こうしたリスク要因の死亡推計に当たっては、因果関係が成立しているかに注意しなければならない。喫煙だけでなくコーヒー摂取も肺がん死を増す要因として相関が認められることがある。これはコーヒー摂取が直接の原因ではなく、コーヒーを飲む人は喫煙量も多いという疑似相関からから生じているに過ぎない側面が大きい。

 図録には、Our World in Dataサイトのデータを使い、IHME(保健指標評価研究所、Institute for Health Metrics and Evaluation)(注)の世界各国別のリスク要因死亡数推計にもとづいて各国の死亡総数に占める割合を算出し、死亡リスクとしてあらわしたグラフを掲げた。なお、脳卒中死をもたらすのは喫煙だけでなく、高血圧や高コレステロールも要因である。それぞれのリスクが排他的に推計されている訳でないので、それぞれのリスク要因の死亡リスクは重複しており、各リスク要因の値を合計して100となる性格のものではない点に留意が必要である。逆に、ここで推計されている以外のリスク要因、例えば、猛暑や自然災害や過密都市や社会的ストレスなどの要因も当然存在する。

(注)保健指標評価研究所(IHME)はワシントン大学医学部の独立系グローバル保健研究機関で、世界で最も重要な健康問題について厳格かつ比較可能な測定を提供、それらへの対処戦略の評価を行っている。IHMEは透明性の確保に努めており、政策立案者が国民の健康増進のため、十分な情報に基づくリソースの配分決定を行う際に必要なエビデンスを得られるよう、そうした情報を幅広く利用できるようにしている。COVID-19予測では世界中から注目され、自殺推計などWHOの死因推計でも同研究所のモデル推計の結果が一部使われている。

 日本におけるリスク要因の推計としては、高血圧が死亡総数の12.1%ともっとも大きく、喫煙、高血糖がそれぞれ8.9%、8.6%で続いている。さらに大気汚染、肥満、塩分過多などの要因が続いている。

 世界全体のリスク要因についても掲げているが、日本と比較して、総じてさまざまなリスク要因が日本以上に大きなリスクとなっている。言い換えれば、日本は全体的に低リスク社会である。

 特に大気汚染や粒子状物質(PM)汚染、安全でないセックス、安全でない水などの環境リスクが世界では日本より大きくなっているのが目立つ。

 世界では屋内空気汚染が肥満並みのリスク要因となっている。これは、開発途上国では、煙突のない状態で薪炭・わらなど固形燃料を使う調理で屋内に煙が充満し、女性に呼吸器疾患を生じさせている場合が多いからだと考えられる。日本も江戸時代まではそうだった(図録1022参照)。

 生活習慣病にむすびつくリスク要因としては、喫煙や高血糖は日本と世界は同等だが、高血圧や高コレステロール、肥満などは日本の場合世界ほどでない点にも気づかされる。

 こうした中国やインドなどの途上国を含む世界と比べた日本の特徴は、欧米先進国共通の特徴である側面が大きいが、日本ならでは特徴もあろう。

 この点を確認するため、下には、日本、米国、米国以外のG7諸国の要因別の死亡リスクを比較した。先進国の中でも米国は少し特殊なので、グラフでは、米国と米国以外のG7諸国を別個に示した(OECD諸国やG7諸国の各国間の比較については図録2076に掲げた)。

 米国以外のG7諸国と日本はかなりリスク要因別の死亡リスクが類似している。ただし、肥満とアルコール、野菜食不足については日本の死亡リスクの方が格別に低くなっている。食生活上のリスクの小ささは日本ならではの特徴と言えよう(ただし、塩分過多は先進国と比較してもややリスクが大きくなっている)。

 米国のリスク要因は少し特殊であることが図からうかがわれる。高血糖、肥満でのリスクの高さや薬物乱用のリスクの高さが先進国一般と比較して非常に大きい点が目立っている一方で、大陸国であり、都市配置が分散型であるせいか大気汚染や粒子状物質(PM)汚染のリスクが小さい。

 このデータによれば米国では毎年、死亡者数の3.2%に当たる11万人が薬物乱用で亡くなっている(日本は0.5%、米国以外のG7諸国は0.7%)。


(2024年9月29日収録、10月1日屋内空気汚染コメント)


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