
GLP-1薬はもともと糖尿病治療薬として開発されたが、2023年の初めに著名人が減量のためにこの薬を使用していることが知られるようになり、世間の注目を集めるようになった。オゼンピック、ウゴービ、ゼップバウンド、リベルサス、マンジャロなどのGLP-1薬は、ここ数年、肥満に悩む世界の人々にとって画期的な薬となっている。 GLP-1薬の影響は肥満に悩む国を中心に大きい。米国における肥満低減との関係は図録1912参照。 私の近著「統計で問いなおす はずれ値だらけの日本人」では次のように記述している。「米国人の肥満による死亡リスクは死者33万人以上にまで上っていたが、デンマークの製薬会社ノボ・ノルディスク社製やアメリカのライバル会社イーライ・リリー社製の新しいヒット減量薬(やせ薬)のおかげで、これまでどうしてもカロリーへの欲求を抑えられなかった消費者にもようやくそれが可能となると考えられている。モルガン・スタンレー銀行によれば2035年までに米国人の7〜9%が減量薬を服し、シリアルの需要が3%、アイスクリームが5%減少すると見積られているという(英国エコノミスト誌、2024年8月24日号)。減量薬のインパクトの大きさは上記2社の時価総額が2024年12月の時点で、それぞれ、19位と13位とグーグルなどの米国主要IT企業「ビッグテック」やテスラなどと並ぶ世界のトップランキング入りを果たしていることからもうかがい知ることができよう」(p.65〜67)。 日本で保険適用の肥満症治療薬が2024年2月に発売された。新たに発売された肥満治療薬「ウゴービ」は、週1回の注射で投与され、脳の満腹中枢に働きかけ空腹感を軽減し、食事の量を減らして体重を減らす働きがある。価格は最大容量2.4ミリグラムの投与で1カ月約4万円だ(図録5410)。 ![]() 前置きが長くなったが、GLP-1薬が国民にどれだけ知られているかを調べたイプソス社のデータによれば、図のように、日本は周知度10%と最低レベルの周知度となっている。一方、肥満に悩む米国では74%と非常に高い周知度となっている。 同じ調査で「肥満が最大の健康問題」と回答した人の比率とこのGDP-1薬の周知度との相関図を描いて見ると、相関度は高くないが、肥満が深刻な国ほどGDP-1薬が知られていることが分かる(ページ末尾図参照)。同時に、英語圏や北方圏の先進国では新薬であるGLP-1薬がよく知られており、アジアや途上国(ブラジルは例外)では余り知られていない傾向もうかがわれる。さらに、肥満が深刻な割に知られていないので商機が大きいと見なされる国としてマレーシア、チリ、メキシコなどが目立っている。 イプソス社のレポートでは、GLP-1薬が今後社会に及ぼす影響について以下のように述べている。社会的強制の懸念、上流の公衆衛生対策の弱化の懸念、誤情報による健康被害の不安など、GLP-1薬の社会的影響がマスコミなどでも議論されていない日本では思いつきにくい点にふれているので参照されたい。 「GLP-1を使用する動機は、健康そのものや美観(文化的には、より痩せている方がより健康的かつ魅力的であるという共通認識があるが)ではなく、肥満の汚名から逃れるためである可能性があります。文化的に、GLP-1は肥満の人々に体重を減らすよう強制することを強化する危険性があります。これにより、ワクチン接種を受けないことを選択した人々にさらなるプレッシャーがかかります。 多くの人がGLP-1を非常に高く評価していますが、コストと副作用のために使用を中止する人も多くいます。将来的には、消費者がGLP-1との長期的な関係を維持する方法を見つけるにつれて、「オンオフ」使用法やマイクロドージングなどの新しい遵守方法が見られるようになるかもしれません。 今後、さらに多くの医薬品が市場に投入され、大手企業が特許を失うにつれて、GLP-1はより普及していくと思われます。競争が激化し、最終的には価格が下がるでしょう。錠剤バージョンも利用可能になります。これにより、GLP-1が標準化され、一般的になり、スタチンと同じように予防的健康手段として使用される状況が生まれる可能性があります。しかし、GLP-1のこの商品化は、公衆衛生システムが上流で対処すべき問題を医療化および個別化してしまう危険性があります。これらには、緑地の整備、地域スポーツの促進、食糧安全保障、手に入りやすい新鮮な食品の提供などが含まれる可能性があります」。 さらにGLP-1薬に関しては、GLP-1薬について、どのように知ったかについて、ソーシャルメディアからという回答率が45%と従来のメディアの41%を上回っていた点が注目される(その他、家族・友人からが22%、医師など医療専門家からが19%、広告でが15%)。 年齢別に見ると、若い世代と高齢層とで大きな差がある。50歳までの人はソーシャルメディアからGLP-1について聞いたことがある割合が最も高いが、50歳を超える人は従来のメディアから知る割合が高くなっている。 ![]() イプソス社の報告書では、こうした状況の下で、著名人やインフルエンサーがGLP-1に関するソーシャルメディアの議論を主導しているとしている。「GLP-1は現在処方箋がないと入手できませんが、インフルエンサーはこれを肥満の人だけではなく「すべての人間」に使えるものとして宣伝しており、代謝の柔軟性を高め、肝機能を最適化する、心血管の健康指標を改善する、炎症を抑える、認知機能を高めるなどの目的で戦略的に使用できると主張しています」。 GLP-1など新しい医療情報の流通については、製薬会社や従来の医療提供者によって推進されるというより、オンラインの声によって形成され、拡散されていく側面がつよまっていることを示しており、誤情報や勘違いによる患者の健康被害を防ぐためには、それなりの新しい社会的対応が必要と思われる。 ![]() 図の対象国数は30カ国であり、具体的には、図の順に、米国、カナダ、オランダ、英国、オーストラリア、スウェーデン、アイルランド、ベルギー、ブラジル、スペイン、ポーランド、ドイツ、南アフリカ、ルーマニア、インドネシア、シンガポール、フランス、マレーシア、メキシコ、イタリア、チリ、韓国、ハンガリー、タイ、トルコ、アルゼンチン、インド、ペルー、日本、コロンビアである。 (2025年11月25日収録)
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