米国人の放射能に対する非科学的な恐れ、及びそれをあおるマスコミに対して、放射能より大きなリスクはこんなに沢山あるよと啓蒙するための論文であるが、著者はさらに一般化して、様々なリスクを寿命の短縮日数に換算して示し、「世の中の人はいつも種々のリスクに対する長広舌をふるい、これが政府の意志決定に大きな影響を与えている」現状に対して、適切な参照基準を提供しようとしている(論文紹介資料による)。 米国では1979年3月28日にスリーマイル島原子力発電所事故がおこり、それ以降、最近まで新規の原子力発電所の建設が凍結されていたほどであるから、この論文の発表時期に放射能に対する恐れが世間にあふれていても当然だったといえよう。 寿命に影響を与える最も大きなリスクは、未婚、特に男性の未婚であり、9.6歳寿命を短縮すると計算されている。 日本のデータで、年齢別の未婚者死亡率を計算し、ページ末のコラムに示したが、これをみると、確かに未婚者の死亡率は高くなっている。25〜44歳では男は1.97倍、女は1.64倍、既婚者より死亡率が高くなり、65歳以上では男は既婚者の2.5倍前後、女は2倍前後の死亡率となる。男性の方が女性より未婚者の死亡率は高いようだ。従って米国と同じように日本でも未婚者(特に男性)ではかなり寿命が短くなっているといえよう。 もちろん、未婚自体が短命にむすびつく、あるいは配偶者がいることが長命にむすびつく面よりも、未婚を招きやすい年収、不安定就業、生活態度、持病等の諸条件が総合的に未婚の結果としてあらわれているに過ぎないという面が強いと考えられる。例えば同じ年収の既婚者と未婚者を比較すれば必ずしも後者の方が短命とは限らないのではないかと思われる(後段の統計学者ラオのコメントの意味するところ)。 次ぎに、意外であるが、左利きが9歳の短縮、そして当然であるが喫煙(男)が6.2歳短縮となっている。 葉巻やパイプ喫煙は、普通の喫煙より寿命短縮効果は2割以下とされる。飲酒(米国人の平均量の飲酒)は130日とこれらよりもさらに短寿命化には結びつかないという結果である。 肥満による健康被害を反映して、30%体重超過は3.6歳、20%体重超過は2.5歳の寿命短縮になると計算されている。 職業では、最も危険な職業とされる炭鉱夫で1,100日、約3歳の寿命短縮である。厳密に言えば職業ではないが、米国大統領は炭鉱夫より危険な仕事であり、寿命を約5歳縮めるものとされている。46歳の若さで凶弾に倒れたジョン・F・ケネディ大統領を除いて計算すると1,095日(3歳)と寿命短縮は炭鉱夫程度にまで小さくなるという。 職業では、プロ野球選手はむしろ寿命が長い職業だとされる。米国人の平均より3歳は長寿と計算されている。会社役員も4.3歳は寿命が長い。 興味深いのは、こうしたものと並んで、好ましくない州での居住が500日、1.4歳の寿命短縮とされている点である。日本とは比べものにならないほどの各州間の平均寿命の大きな格差が背景にある(図録1700参照)。 交通事故としては、自動車事故が207日短縮と大きい一方で、航空機事故はいったん起こると大変な死傷者を出すが確率は低いため、米国人の平均に換算すると1日短縮とさほどなリスクでない(日本は米国ほどは航空大国でないので余計にそういえよう。交通機関別の死者数については図録6815参照)。なお、これと関連して、シートベルトの着用や大型車の購入は、寿命を両方とも50日長くするという結果も示されている。 クスリの使用に関するリスクについては米国の主要な医学雑誌(JAMA)でも取り上げられたというが、合法医薬の誤用の方が違法薬物の使用よりも深刻な健康被害を生んでいるという計算結果が提供されている。 「「医療における不適正な医薬の使用により年間75,000人の死亡があると見積もられている。」これが平均して10歳寿命を縮めているとすると、米国人全体の平均に換算した余命の損失は約91日となる。「年間約2,000人が直接違法薬物で死んでいる。」これに加えて、間接的には、自殺、自動車事故、その他の事故で違法薬物により4,000人が亡くなっている。これらの犠牲は平均して約25年にあたる。米国の全人口に広げると18日の寿命短縮という結果になる。」(論文紹介資料) 「連邦政府が、ドラッグに対する戦いを宣言したいなら、まず、最初に医療行為に焦点を当てねばならない」(JAMA, the Journal of the American Medical Association, April 15, 1998)という訳である。 なお、事故や事件に影響されて世論やマスコミが科学的なリスク評価から大きく逸脱する事例については、学校内銃乱射事件についてふれた図録8810参照。 C.R.ラオ「統計学とは何か ―偶然を生かす」ちくま学芸文庫(原著1997)は、米国人に関するこのデータを表の形で掲げ、「もの悲しい数」という節をおこし、次のような文を引用している。「もの悲しい数を用いて話さないでくれ。さもないと、人生は空しい夢となる。」(H.W.ロングフェロー)。未婚と左利きを例にとってラオは以下のようにコメントしている。 「各個人は、自分の生活をより幸福にするためには、これらの数字をどのように利用すればよいのであろうか? まず、未婚の男性に対する平均寿命の損失について考えてみよう。(中略)この結果はおそらく、未婚のままでいることによるリスクの一般的な徴候を与えるもので、結婚の慣例が良いことであることを物語り、また、早く結婚すると約10年寿命が長くなるということに対して1つの有力な裏付けを与えるものである。しかしながら、この場合の原因(結婚)と結果(10年長く生きること)の関係が、すべての個人にあてはまることを意味してはいない。すなわち、ある個人にとっては、結婚が自殺的行為となることもありうる。個々人の個人的特性によって男性集団を分類し、各部分集団に対して詳細な死亡記録を作れば、疑いもなくもっと有益な結果が得られるであろう。一般に集団が異なれば、寿命の長短に対する数値も異なるであろう。個々のケースについては自分の特徴を分析し、類似した特性をもつ部分集団の数字を参照すればよい。 表から左利きは右利きより約9年早く死亡していることが読みとれる。このことは、左利きの人々は遺伝的に何か問題があることを示唆しているのであろうか?おそらくそのようなことはないであろう。この差は、ほとんどの日常品が右利きの人に便利に作られていることによるものと思われる。しかしながら、この統計的な情報は、左利きの人がその危険から自分自身を守るに際して何らかの助けになるであろう。」
(2010年7月2日収録、7月13日未婚についてのコメント追加、2013年8月15日欠落していた未婚者死亡率グラフを復活、2016年4月15日未婚者死亡率グラフを更新、4月20日未婚者の死亡率のデータとコメントをコラムに移す、5月13日コラム内表を対総数から対既婚者に変更)
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