主要国の単位面積当たりの農薬使用量の推移をグラフにした。

 各国農業における農薬使用量の指標については以下の3点が重要である。
@母数の農地面積
適切な農地面積当たりの値を算出する必要がある。農地面積の中には、自然草地や放牧地(Pasture area)を含んだ集計もあり、それでは面積当たりの農薬使用量は余りに少なくなってしまう。樹園地など永年作物栽培地や栽培牧草地を含む耕地面積(Arable and permanent crop area)を母数とするのがより適切であろう。
A有効成分換算
農薬使用量を有効成分換算の値として算出する必要がある。農薬としての効き目の強い農薬、弱い農薬があり、農薬の単純な重量で農薬使用量を判断するのは適切ではない。
B農業用の限定
農薬には林野、公園、街路樹、ゴルフ場など農業以外にも使われるので、農地面積当たりの農薬使用量の場合は、農業用の農薬に限定する必要がある。
 こうして求められた単位面積当たりの農薬使用量であっても、ただちに環境負荷の程度を示すものではない。気温や降水量といった気候や生物循環のスピード、農耕形態の違い、農薬の残留性などによって環境負荷は大きく影響されるからである。しかし、参照資料として、@〜Bが満たされたデータがやはり求められる。

 以前、Aが満たされたOECDの報告書が発表されたので@を考慮した面積当たりを計算した指標を旧図録に掲載した(図録0540x)。なお、無用の誤解を避けるためであろうがOECDは面積当たりの指標ではなく増減指標のみを算出していた。

 その後、FAOSTAT(FAOのデータベース)に、@〜Aだけでなく、Bを満たした面積当たり使用量そのもののデータが掲載されていることに気がついたので、さっそく、旧図録に差し替えることとした。OECDではなく国連機関のFAOなので、対象国数は全世界に及んでいる。特に中国が取り上げられているのが貴重だった。そこで、世界の主要44か国の農薬使用量ランキングも同時掲載することとした。

 ところが10年後、更新にあたってFAOデータを確認したところ、ABが明示されなくなっていた。しかし、日本のデータなど値がほとんど同じなので、類似の集計をしている可能性は残る。また、中国の値が極端に下方シフトしたのも目立っている。必ずしも台湾を別建てにしたためとも思われないので謎が残る。

 農薬使用量の推移については多くの国で減少か横ばい傾向にある。特に日本、韓国、イタリアといった集約園芸的生産に特徴のある農業では農薬使用量の水準は高かったが、近年は減少傾向にある点が目立っている。一方、集約園芸のトップ国であるオランダや台湾は比較的高いまま推移している。

 米国、ドイツ、フランスといった穀作農業の比重の高い国では単位面積当たりでは農薬使用量はそれほど多くない。使用量も減っていない。ドイツなどはむしろオランダ化しつつあるようだ。

 一方、中国の農薬使用量は、増加傾向にある。東アジアでは集約園芸農業の側面が強く、イネという夏作物が基幹作物であり、モンスーンの影響で夏は高温多湿となるので病虫害の被害の多くなる。このため、経済発展とともに農業の集約化が一層進むと、農薬使用量も高くならざるを得ない傾向があると考えられる。

 旧図録(図録0540x)でも記した通り、先進国農業では、農薬規制の厳格化(日本の2006ポジティブリスト制、EUの2008農薬規制強化など)、有機農業の普及(図録0536参照)、非化学農薬(生物農薬など)の普及、農薬の効率的利用(ムダの削減)、環境意識の高まり、といった影響で農薬の使用量が減少する傾向にある。

 オランダ農業は輸出向けを向けを含めた野菜や花きなど集約園芸に特徴があり、面積当たりの化学肥料や農薬の使用量が多く、農薬大国として知られていた。ところが輸出先であるドイツの環境意識が高まり、国内でも反対運動も起こって天敵(生物農薬)の活用など環境保全型農業への積極的な転換を図ったとされる。しかし、このデータを見る限りはそれほど農薬使用量は減っていないようだ。

 農薬規制については日本でもヨーロッパでも安全性と生産性とのジレンマにさらされている。日本以外の東アジア、特に中国でも、農民の農薬被害、消費者の安全ばかりでなく、環境面の負荷としても、安全性と生産性のジレンマを解決する方向性が望まれていよう。

(2008年7月7日収録、8月21日日欧の農薬規制についてのコメント追加、2009年9月14日データベースのリンクと耕地面積定義コメント追加、10月28日中国データ更新、2013年8月4日原資料をOECDからFAOに切替えて更新、8月5日コメント改訂、2023年5月30日更新)


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