
パリに本社を構える世界的なマーケティング・リサーチ会社であるイプソス社の「世界情勢・安全保障レポート2025」では、この点について世界30カ国で調べた調査結果が掲載されていたのでグラフにした。 これは、「民主主義・人権・法の支配」は普遍的な価値なのか、それとも西洋固有の価値なのかを聞いたものである(注)。 (注)設問の原文 Q: Which of the following is closest to your point of view: (1) Democracy, human rights and the rule of law are “Universal Values” that all nations deserve and can aspire to. (2) Democracy, human rights and the rule of law are “Western Values” and only possible in those countries. どちらを選択するにせよ、西洋に属する国とそうでない国とでは、回答結果の解釈に違いが出ると考えられるので、図では、地域を西洋と非西洋に分け、それぞれで、普遍的な価値と回答した比率の高い国順にソートした。 Westernを西洋的と訳したが、欧米的とも訳せる。一般に、Western worldまたはthe Westは、西欧と北米とオセアニアを指すが、東欧と中南米も同類ととらえらることが多い(Wikipediaの”Western world”参照)。東欧は西洋かもしれないが、ロシアとなると西洋かどうか怪しくなる。 図の地域区分は、同類を含め西洋とそれ以外のアジア・アフリカ諸国を非西洋に2区分した。ロシアは対象国でないのでどちらに含めるか悩まなかったが、もし対象国だとしたら価値観的な観点からロシアは非西洋に区分することになったろう。 全体的な結果は、「民主主義・人権・法の支配」が世界中で普遍的な価値として受け止められているというものだ。30か国平均では、83%が普遍的な価値と認め、残りの17%が西洋的価値だと判断している。 普遍的な価値と見なす割合が最も高いのコロンビアの92%であり、インドネシア、韓国、ペルー、メキシコがこれに次いでいる。 逆に、普遍的な価値と見なす者が最も少ないのは、インドであり、日本がこれに次いでいる。インドでは42%が、日本では27%とかなりの割合の者がそれを普遍的な価値でなく西洋的価値と見なしているのである。 西洋に属する国々のなかでも、英国、フランス、ベルギー、アイルランドは、案外、それを西洋的な価値だと見なす者が21〜23%と多い(非西洋でもインド、日本を除く国より多い)。こういった近代民主主義の祖国とも呼ぶべき国を含む西ヨーロッパの中心国では、非西洋諸国では「民主主義・人権・法の支配」を本当に理解して導入しているのか疑わしいと考えている者も多いと考えられる。 西洋諸国の中でも、普遍的価値と信じる者が多いのは、中南米や東欧といった西洋の中では中心部とはいいがたい地域であり、ドイツ、米国などは、むしろ上の中心国と同様、西洋的価値と見なす者が多い傾向である。 非西洋諸国に目を転じると、インドや日本を除くと、「民主主義・人権・法の支配」を普遍的な価値と見なす者が西洋諸国よりも、むしろ、多い。特に、インドネシア、韓国、タイといった戦後、非民主主義的な軍事独裁を体験した国で、特に普遍的な価値と信じる者が多くなっているのが印象的である。西洋中心国から、それを分相応のものでないと見なされたくないからかとも思われるほどである。苦労して民主主義を導入したことを憶えている国民が多く、それが西洋的価値にすぎないとは認めたくないという気持ちのあらわれかもしれない。 逆に、民主主義国としての歴史の長い日本やインドで西洋的価値だと考える者が比較的多いのは、それはもともと自国で発達した制度や概念ではないという正直な気持ちがあらわれているからだとも思える。 わが国では、安倍晋三氏が第1次政権の2007年に、中国、ロシアと対抗して友好国との関係を深めるため、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値や原則を重視する「価値観外交」を唱え始め、馴染み深い用語となっている。しかし、そうであるにもかかわらず、インドネシアや韓国などと比較しても、国民意識ではこうした概念を普遍的な価値として認める者はそれほど多くないと言うのは、かなり皮肉な結果である。 残念なのは、ロシアや中国が調査対象国となっていない点である。 (2025年12月9日収録)
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