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 世界ではポピュリズムの台頭という政治潮流がかなり前から注目されている。国の苦境の原因を移民や外国人のせいにする右派のポピュリズムもあれば、富裕層や権力者のせいにする左派のポピュリズムもある中で、その背景を探る国際調査をフランスの世界的な世論調査会社であるイプソス社が定期的に実施している。

 イプソス社のこのポピュリズム調査では、「自国の社会は壊れているか?」というすごい設問を設けている。なかなかこんな風に正面切って聞けないと思う。

 この設問の調査は、2016年から開始され、コロナ禍とその後の世界的な大インフレの時期をはさんで2〜3年おきに行われている。

 表示選択の最初の図では、調査対象となった31か国の2025年の結果を回答率の高い順から示し、データのある国については2016年からの変化を同時にあらわした。

 2025年の回答率が最も高いのはドイツの77%である。2位以下は、南アフリカ、ハンガリー、ブラジル、トルコと途上国が続いているが、それらを越えて、しっかりした社会を築いていると思われた先進国のドイツで「社会は壊れている」と思う人が最も多いというのは、やはり、びっくりする。

 最低の回答率はシンガポールの22%であり、国民意識の点からは、もっとも社会が健全さを保っている国ということになる。

 主要先進国(G7諸国)の順位を掲げると

 1.ドイツ 77%
 2.米国 66%
 3.英国 65%
 3.フランス 65%
 5.日本 53%
 6.カナダ 48%
 7.イタリア 44%

となっている。社会分断、銃社会、薬物禍、人種差別などいろいろの社会問題を抱える米国がドイツを除くと最も高い回答率となっている。英国、フランスも米国とそう変わらない。これら主要国と比較して日本は53%とまだましな方である。

 ただし、2016年からの変化幅では、日本は31%から22%ポイントアップであり、上昇幅がもっとも大きくなっている。世界の中でも、最近になって「社会が壊れている」意識が大きくなった点が目立っているのである。

 他方、2016年からの変化がマイナス、すなわち「社会が壊れている」意識が改善した国としては、スペイン、韓国、メキシコが目立っている。アルゼンチンやイタリアも改善している。これらの国は、欧州債務危機などで一時期経済が絶不調だった点が共通であり、現在はまだましという意識変化であろう。

 表示選択の2番目(デフォルト表示)には、主要国、および調査国平均の回答結果の推移を示した。

 途上国、先進国を含む調査国平均では、以前より「自国の社会は壊れているか?」に同意する比率は高く、2016年の61%から最近はむしろ低下ないし横ばい傾向にある(2025年は56%)。

 これは、調査開始時点から値が上昇した国もあれば、開始時点からすでに値が高く、その後、横ばいで推移している国、あるいは当初高かったが、その後、急速に低下し、最近再度上昇した国など、さまざまであるためである。

 図ではこの3区分ごとに主要国の推移を示した。

 ドイツ、フランスなど西欧主要国では、上昇傾向、すなわち近年ますます社会が壊れていると考える人が増えている。あまり多くの系列を表示するとごちゃごちゃになるので図には省略したが、英国やカナダなども同じ傾向である。

 最新の2025年には何とあのドイツが77%と世界1「社会が壊れている」国である。この点はもっと注目されてもいいと思う。

 1925年2月のドイツ総選挙では移民排斥を訴える極右政党のAfDが第2党に躍進し、欧州政治で強まる右傾化を代表する動きとして注目されたが、その背景としてこうした社会崩壊認識が国民の間に広まっていたことは確かだろう。

 かつて福祉国家として目指すべき理想モデルと考えられていたスウェーデンも2023年には73%とドイツを上回り、1位の南アフリカに次ぐ第2位の社会崩壊国だった。

 しっかりした国づくりを行っていると思っていたドイツやスウェーデンで、国民の多くが「社会が壊れている」と回答しているのを知って、私などは少しショックを受けた。

 日本もこの上昇傾向を示す国の区分に入るが、その中でも動きが特異である。

 2016年の段階では、日本の社会崩壊度の認識は31%と実は世界最低であり、世界の中でも日本人は自国が健全な社会を有していることに自信をもっていた。しかし、その後、この値は上昇を続け、2025年には53%と過半数を越えるに至っている。上昇の勢いでは他国にひけをとらない。なお、データ初年の2016年は、平成の天皇陛下が退位の意向を示唆し、日本人にとって時代の変化を予感させる年だった。

 それでも調査国平均の56%は下回っている。

 一方、南アフリカや米国ではもともと値が高く、ほぼ横ばいで推移している。

 また、ブラジル、スペイン、韓国、イタリアといった諸国では、IMF危機や欧州債務危機による経済低迷で社会が瓦解した時期を引きずって、当初、値が非常に高かった。その後、改革が進むなどして経済も持ち直し、回復の過程にあったが、コロナ禍とその後のインフレで再度、値が上昇していると見られる。

 なぜ、世界の主要国で、こんなにも社会が壊れていると感じる人が多いのか、その中で、なぜ、日本人は遅れて世界と共通した認識を持つに至ったのか?これについて一言で説明するのはなかなか難しい。

 世界的な以下のような情勢変化が多面的に作用して、各国で社会崩壊の認識に至っていると考えられる。
  • 少子高齢化・人口減・社会保障財政難というかつてなかった社会状況
  • 移民や外国人の増加で社会の軋轢が拡大
  • 貧富・世代差・性的多様性で国民の一体感が減退
  • 既存メディアの凋落やSNSの普及で政治が混乱、社会が分断
 これまで経験したことのないようなネットやAIなどの激しい技術変化、新型コロナのような世界的な感染症、さらに地球温暖化にともなう気候変動に対して、とてもじゃないが社会は対応できないというパニックに近い感覚も社会崩壊感を促していよう。

 その中で、日本が欧米に遅れてそう感じるようになったのは「なぜ」なのだろうか?

 経済や政治は二流国であっても社会は健全さを保っているという思い込みに近い国民の自信のようなものがつい最近まで根強かった。しかし、世界的な思潮の影響はいずれ日本人にも波及する。それが今なのだろう。

 コロナ後に世界的に深刻となったインフレが日本の場合、世界から遅れて、今、社会を直撃しているという状況の違いも日本が遅れて社会が壊れていると感じるようになった要因のひとつであろう。

(2025年7月24日収録)


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