みなと町には洋菓子が似合う 洋菓子が好きな人が多い都市と和菓子が好きな人が多い都市は日本の中でどこだろうか。これを見るため、都道府県庁所在都市(その他政令市を含む)別の年間購入額を和菓子(X軸)と洋菓子(Y軸)についてプロットした散布図を描いてみた。 まず、和菓子と洋菓子のレンジを見ると、両方ともに異例に小さい那覇市を除くと、だいたい、和菓子は1〜2万円の範囲にあり、洋菓子は1.5〜2.5万円の範囲にあり、ばらつきの幅には余り変わりがないが、全体として洋菓子の方がやや消費額が大きくなっている。 都市として目立っているのは金沢市であり、両方とも圧倒的に1位になっており、お菓子そのものが日本一好きな都市であることが分かる。 和菓子の購入額が多い7都市を和菓子都市と名づけ、洋菓子についても同様の都市を洋菓子都市と名づけるとすると、それぞれの構成都市は、図上の四角で囲んだエリアとなる。額の大きい順に列挙すると以下である。
和菓子都市には、古都京都は少し例外的だが、すべて城下町から出発した都市である。武士にとって茶道がたしなみとなっていた関係で城下町には老舗の和菓子屋が多い。城下町にはそもそも和菓子が似合っているのである。 洋菓子都市には、西日本随一の港湾都市神戸がふくまれ、また江戸時代唯一の海外への窓口であり、カステラの発祥地としても知られる長崎が入っている。いち早く洋風文化を取り入れたハイカラな港町に洋菓子は根づいている。港湾都市の東の横綱横浜市も少し前までもっと上位にあったが、東京のベッドタウン化で少し港町としての特色が薄れたのかも知れない。 都市の分布パターンを見ると、全体的に、右上がりの傾向をもっていることが分かる。すなわち、洋菓子が好きな都市は和菓子も好き。つまり、どんな菓子でも好きな都市がある一方で、そもそも菓子は好きでない都市がある。和菓子と洋菓子とが代替的な財であれば、右下がりとなるはずであるが、そうはなっていない。 しかし、和菓子、洋菓子の消費額上位都市では、それぞれ7市のうち重複は金沢市と山形市のみであり、洋菓子派か和菓子派かが分かれる傾向が認められる。こうした都市では、お菓子好きというより、地域文化として食品消費を捉えている側面が強いためであろう。 和菓子、洋菓子、その他の菓子を含めた菓子類の消費の地域パターンとその変遷を見るため、以下の図に、最多消費額を100とする指数で各都市の消費レベルをあらわした。 これを見ると菓子類消費では全国平準化が進行して来ていることが分かる。1960年代前半には最多都市(東京)の半分以下の都市もあったのに、現在では、最も少ない都市でも、せいぜい、7割程度なのである。 また、かつては、菓子類消費の地域パターンは東高西低の傾向が認められたが、現在では、ややそうした傾向は残っているもののそれほど明確ではないのである。 理由としては、城下町の和菓子など地場産品としての菓子というよりチョコレート、アイスといった全国製品の菓子、あるいは和菓子より洋菓子の割合が高まり、その結果地域性が薄れてきているからだと言えよう。 京都、金沢、松江は日本3大菓子・茶処として知られる。松江が菓子・茶処と知られるようになったのは、財政再建にも功績のあった大名茶人、松江藩松平家7代藩主・松平治郷 (不昧公) が茶道「不昧流」を大成させたことで茶の湯文化が浸透したためである。不昧公が使った茶器の銘品や銘菓(山川、若草、菜種の里など)、庭などは「不昧公好み」として今も受け継がれている。 松江については、こうした背景から1963年、1978年当時は西日本の中でずば抜けて菓子類の消費額が大きかったのに最近は平均的な消費額に低下している点が目立っている。松江の状況変化は地域平準化の象徴的な事例と言えよう。なお、一時期は全国トップだったこともある仙台市も松江市と同様の動きとなっている。 (2017年1月1日収録、2021年8月11日松江の状況変化、2022年7月7日頁末図更新、7月9日松江コメント補訂)
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