製造業の新しい考え方としてスマイルカーブがひと頃必ずといってよいほど引用された。これは、台湾の事業家がパソコンを例にとって提唱したものであり、製品の開発から生産・組立に移ると利益率が低下し、製造から販売・アフターサービスに移ると利益率が上昇するカーブが笑顔をあらわすマンガの口の線形に似ていることから名づけられたものである。

 この考え方に立脚すれば、開発や消費者に近い販売・アフターサービスに資源を投入して、生産・組立は専門企業にアウトソーシングするのが企業全体として最大利潤を追求する道だと言うことになる。また生産・組み立て工程をもたないファブレス企業も多くあらわれた。良質なものをつくれば売れると思っていた日本企業にとってはびっくりするような考え方であったし、この考え方に沿って、1980年代以降、生産・組立拠点を労賃の安い中国・ASEAN諸国といった海外へ移転する動きが進み、国内の生産の空洞化が問題となった。

 こうした点を実際に製造業企業はどう考えているかを探るため、研究からリサイクルまでのどの事業段階(業務プロセス)で最も利益率が高いかを聞いたアンケート調査の結果をグラフにした(2005年版ものづくり白書に掲載)。

 この結果を見ると、日本の製造業企業は「製造・組立」、すなわちモノづくりそのものを最も利益率の高いプロセスと回答した企業が44.4%と最も多く、「販売」の30.8%がこれに続いており、総じて、逆スマイルカーブが成立している。その根拠としては3つの考え方があり得る。

 第1に、製品寿命が一層短くなってくると、いかに新製品の製造工程を早く立ち上げ、また古くなった製品の製造工程から撤収していけるかが重要となり、そうすることを可能にするようなセル生産方式などの生産技術が利益の源泉となってきた。この考え方に立てば、製品サイクルが長くて、成熟度が進んだ製品の生産拠点は、中国・ASEANに移した方がよいが、デジカメのような製品サイクルの短い製品をいろいろ開発・生産・販売する場合は、日本で製造・組立する方が有利となる。近年の製造業の国内回帰には、優れた部品・部材サプライヤーが国内にいる点、また、製品サイクルが短くなれば消費市場が近いところで開発・生産するのが有利という点に合わせて、こうした背景があると考えられる。

 第2に、日本の製造業が世界の中で優位を保つ理由としては、市場の変化に合わせて在庫をフレキシブルに圧縮するカンバン方式など、製造・組立プロセスに特徴があるトヨタ生産方式を、なお、多くの企業が取り入れている点も重要である。そのため製品のバリューチェーンが製造・組立を中心に効率化されており、利益の源泉は当然のことながら製造・組立に存することとなる。

 第3に、世界の中で日本企業が得意なのは、パソコンのようなモジュール型製品ではなく、自動車、鉄鋼のような摺り合わせ型製品であり、世界の製造業がスマイル・カーブに移行しても、日本の場合は、なお製造・組立に利益率が高い企業が多い。実際、業種別の結果を見ると、製造・組立を利益の源泉とする企業は、自動車と鉄鋼で多く、またこの2業種が近年際立って国際競争力を発揮している産業である(産業毎の国際競争力については図録4800参照)。

 まとめると、スマイルカーブに向かう傾向はもちろんなお働いており、製造専門企業やファブレス企業、開発専門企業なども生まれているが、上にあげた3つの理由から、日本では「製造・組立」を利益の源泉とする企業が多数派を占めている。

 次ぎに、業種別の違いについては、以下のような点が目立っている。

・製造業企業の中では、唯一医薬品のみで「研究」を利益の源泉とする企業がかなりあり、医薬品の特性を端的に示している。

・電気機器、機械では「開発・設計・試作」を利益の源泉とする企業が3割程度存在している。

・消費者需要の変化へのクイックレスポンスが重視される繊維では「販売」を利益の源泉とする企業が3分の2を占めている。ファッション企業や中国での素早い良質生産をコントロールできたユニクロに典型を見ることができる。

・この他、食料品では5割が「販売」を利益の源泉としており、食料品と衣服が同様な性格の業種となっていることがうかがえる。医薬品、窯業なども「販売」が4割台と高い。

・アフターサービスを利益の源泉と回答した企業が精密機械で3割近くいる。カウンター料金で儲けるコピー機メーカーやインク・カートリッジの販売で儲けるプリンター・メーカーが想起される。自動車、機械にもアフターサービスを利益の源泉とする企業が一定程度いる。

・窯業ではリサイクルを3分の1の企業が利益の源泉としている。あるセメントメーカーの人が、われわれは今や廃棄物処理業ですといったのを思い出す。鉄鋼もサーマル・リサイクル事業で利益を得ている。

(2005年6月6日収録)


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