世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べ相互に比較する「世界価値観調査」では調査開始以来、「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という問を継続的に設けている。

 日本語での設問文の全文は「もう二度と戦争はあって欲しくないというのがわれわれすべての願いですが、もし仮にそういう事態になったら、あなたは進んでわが国のために戦いますか」である。各国の調査票も同様である。

 図録5223では、この設問に対する各国の最新の回答結果を示したが、ここでは主要国の時系列推移を示した。なお、年齢別の推移については図録5223eに掲げたので参照されたい。

 調査時期について、例えば、2017年期と呼んでいるのは、同じ調査票が使用される調査回(原資料ではウェーブと表現。参加国の調査が完了するまで数年を要す)について2017年に最初に多くの国で調査されたからである。それ以前の年期も同様である。

 まず、日本の結果については、毎期、ほとんど回答傾向に変化がないのが大きな特徴である。

 対照のために掲げた各国の結果のうち、例えば、韓国の推移を見ると、日本と比較して「はい」が多く、「いいえ」や「わからない・無回答」が少ない点は、毎期、変わりがないが、時系列的には、「はい」が8割水準から6割台へと減少し、「いいえ」が1割から3割へと増加するという傾向的な変化が認められる。

 韓国以外の主要国の結果をざっと見渡してみても、日本ほど傾向的な変化が認められない国はない。

 多くの国で共通しているのは、ソ連邦が崩壊し、冷戦が終わった1990年期(あるいはその前後)をピークに国防意識が低下傾向をたどっていたのが、リーマンショック後の世界金融危機が起った直後の2010年期をボトムに反転している点である(ドイツ、フランスは反転がもっと早いが)。

 冷戦の終焉によって自由主義陣営と共産主義陣営との武力対立から解放され、戦争の危機がとりあえず去ったと意識された結果として国防意識が弱まっていったことは、なるほどと納得できる変化だったといえよう。

 2001年9月11日の同時多発テロ、その後宣言されたテロとの戦いとアフガン侵攻、そして2003年3月のイラク戦争と軍事的な突破力への依存を強めていた米国でさえ、この間、政府を率いたネオコン勢力の自信とは裏腹に、米国国民の「国のために戦う意識」は低下を続けていた。冷戦の終結はそれほど大きな地殻変動をもたらしていたのだといえよう。

 しかしながら、世界金融危機後の2010年期をボトムに再度、国防意識が各国で反転、上昇に転じた理由については、必ずしも明確ではない。

 私見によれば、こうした転換が起ったのは、世界金融危機を契機に、グローバリゼーションがもたらす経済成長によって皆が豊かになるという「プラス面」が後退して、貧富の格差、産業空洞化、移民問題、国際テロ、地球環境の悪化などグローバリゼーションの「マイナス面」ばかりが目立つようになり、弱まりつつあったナショナリズム意識が多くの国で復活し始めたからだと考えられる。

 英国が2016年に国民投票でEU離脱を選択し、翌2017年に米国で「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権が誕生したのがそれを象徴する2大事件だったといえよう。

 世界価値観調査の結果には影響していないが、直近では、グローバリゼーションのマイナス面として、新型コロナなど国際感染症のパンデミック脅威がさらに加わっている。

 軍事侵攻とそれへの反撃が続いている当事国のロシアとウクライナの国防意識の動きを見ると、今回の軍事侵攻を予見するかのように、両国とも2010年期から2017年期にかけて国防意識がかなり明確に反転、上昇しているのが目立っている。

 エマニュエル・トッドは、ウクライナ戦争は英米がウクライナを武装化させ、事実上のNATO加盟国としたから起こったと考えている。また、その意味するところは、上述の世界的な国防意識の上昇自体、西洋社会の目標喪失によるものでウクライナ戦争はそのあおりを食らうかたちで勃発したのだととらえている。

「西洋社会では、不平等が広がり、新自由主義によって貧困化が進み、未来に対する合理的な希望を人々が持てなくなり、社会が目標を失っています。この戦争は、実は西洋社会が虚無の状態から抜け出すための戦争で、ヨーロッパ社会に存在意義を与えるために、この戦争が歪んだ形で使われてしまったのではないか、と思われてくるのです。ひょっとすると、この戦争は”問題”などではなく、方向を見失った西洋社会にとって、ひとつの”悪しき解決策”なのかもしれません」(エマニュエル・トッド「第三次世界大戦はもう始まっている」文春新書、2022年6月、p.189〜190)。そうした意味でこの戦争は、イデオロギー対立ではなく、「ヨーロッパの中産階級の狂気」が引き起こした第1次世界大戦と似ているとしている。

 こうした世界的トレンドとは、ほとんどかかわりない日本人の意識の推移については、やはり、敗戦ショックや戦争放棄条項を有する憲法といった日本特有の要因による特異なものと見なさざるを得ないだろう(図録5223参照)。

(2022年6月18日収録、6月19日米国・ドイツ・フランス「無回答」を除く値に変更、エマニュエル・トッド引用、8月17日米国コメント)


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