イプソス社は、世界情勢・安全保障(WORLD AFFAIRS & SECURITY)に関して世界30カ国を対象に行った調査の中で各国の国防意識について何点かの問を設けている。ここでは、そのうち人的側面である「徴兵制」と財政的側面である「軍事費拡大」についての各国の調査結果を紹介しよう。

(徴兵制)

 徴兵制については、具体的には若者への兵役義務付けを支持するかという問を設けている。

 若者への兵役義務についての支持率が最も高いのはマレーシアの76%であり、これに次いで、シンガポール、タイ、インドネシアが70%台で続いている。調査対象国のうち東南アジアに属する4か国がトップ4を構成しており、人的側面の国防意識につては東南アジアで特に高いことがうかがわれる。

 東南アジア4カ国に次いでやはりアジアに属する韓国が68%、インドが67%で続いている。

 こうしたアジア勢に続いて、中南米、欧州の諸国があらわれる。

 欧米諸国の中ではスウェーデンが61%と最も高く、フランス、ドイツ。オランダが50%以上で続き、オーストラリア、英国、イタリアは40%台、さらに米国、ニュージーランド、カナダは30%台とかなり低くなる。

 米国での若者の兵役義務支持率は35%と世界の中でもかなり低いレベルであることは覚えてよいデータであろう。米国は世界中に米軍基地や原子力空母を展開し、その軍事的影響力を保っているが、国防意識と直結した考えからではないことがうかがわれる。

 そして最下位なのが日本の17%である。日本に次いで低い米国、ニュージーランド、カナダといった英語圏諸国が31〜35%だったので、日本はその半分の非常に低いレベルとなっている。

 よく引用される世界価値観調査の「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という設問への答でも日本は最下位である(図録5223)。

 最後に、こうした徴兵制への意向にあらわれた国防意識の強さが、国名の右に〇×△で示した実際の徴兵制の施行とどう関係しているかを見ておこう(各国の実際の徴兵制については下表参照)。実際に徴兵制をもつ国の方が国防意識が高いかというとグラフの上の方ほど〇が多く、下ほど×が多いことから全体的にはそう言える。

 ただ個別には両者が対応している訳ではない。国防意識が最も高いマレーシアやかなり高いインドや南アフリカなどは徴兵制をもたない。逆に徴兵制をもつコロンビアや法的には徴兵制を発動可能なスペインや米国では国防意識は低いのである。

 なお、徴兵制については、冷戦が終結し、ロシアが米欧と接近したのを受けて、21世紀に入ると徴兵制をやめる国が相次いだ。フランスは2001年、イタリアは05年、ドイツは11年にやめた。だが、ロシアが14年にウクライナ南部クリミア半島を一方的に併合したのが転機となり、ロシアの軍事的脅威に敏感な国を中心に復活の動きが出ている。フランスはテロの脅威を理由により2019年新学期開始時に「普遍的国民奉仕」として導入したり、リトアニアのようにロシアによるクリミア併合によるロシアの脅威を理由に徴兵制へ戻すなど、徴兵制を復活させている国もある。

(軍事費拡大)

 ロシアによるウクライナ軍事侵攻、イスラエルのガザ地区侵攻に伴う東欧・ロシア圏や中東の安全保障上の情勢悪化で世界各国で国防意識が刺激され、軍事費拡大への賛意も高まっている。

 30カ国平均でも60%が軍事費拡大に同意している。これは若者の兵役義務への支持率よりも高い値であり、また各国の差もより小さい。

 最も軍事費拡大への同意率が低いのはイタリアであり、
日本がそれに続いているが、それでも、それぞれ、38%、43%前後と約4割が賛成している。

 逆に最もそれが高いのはポーランドの79%であり、タイが76%で続いている。欧米主要国でもオランダや英国では7割以上が拡大に賛成している。

 米国は軍事費拡大への賛意は48%と5割程度に止まっている。米国ばかりが軍事費を負担せず、NATO諸国や日本、韓国など同盟国により多くの軍事費を負担してもらおうと言う意識のあらわれと思われる。

 主要国における実際の軍事支出の対GDP比率の推移を見るとこの点がはっきりしている(軍事支出の対GDP比率の推移は図録5219参照、近年の上昇傾向も明らかである)。

各国の兵役義務(徴兵制)の有無の一覧表
 (兵役義務→〇:あり、△:法律上はあり、×:なし *まれに) 
国名 兵役義務 内容
マレーシア × 徴兵制なし
シンガポール 18〜21歳の男性は24ヶ月、その後40歳(入隊時)または50歳(将校時)まで予備役となる。
タイ 抽選で選ばれた21歳の男性は24ヶ月
インドネシア 選択的徴兵は認められているものの、現在は実施されていない。18歳男性の場合、18〜24ヶ月の兵役義務がある。
韓国 18〜35歳の男性の場合、18か月(陸軍)、20か月(海軍)、または21か月(空軍)
インド × 徴兵制なし
南アフリカ × 徴兵制なし
ペルー × 徴兵制なし
トルコ 20歳の男性は6〜12か月(二等兵および下士官は6か月、予備役将校は12か月)。2019年現在、1か月の訓練後に免除を31,000リラ(約3,115米ドル)で購入できる。
スウェーデン 18歳から47歳までの男女は、陸軍で7〜15ヶ月、海軍で7〜15ヶ月、空軍で8〜12ヶ月の兵役に就き、その後47歳まで予備役となる。ただし、登録者のうち選抜されるのはごく一部である。
メキシコ 抽選で選ばれた男子は18歳で12ヶ月の兵役。その後40歳まで予備役となる。
フランス × 徴兵制は2001年に廃止された
ドイツ × 徴兵制は2011年に終了した
オランダ × 1997年に徴兵制が廃止された
チリ 〇* 18〜45歳の男性は12か月(陸軍)から22か月(海軍、空軍)の選択的義務兵役に就くことができますが、実際には志願者が少なすぎる場合にのみ徴兵が行われます。
ベルギー × 1995年に徴兵制が廃止された
ブラジル 18〜45歳の男性の場合、10〜12か月
ポーランド 法律上の制度。2009年以降は使用されていないが、大統領は議会の助言に基づき、兵役義務を導入することができる。徴兵は、実際には行われていないとしても、準備段階にある。すべての成人男性は「兵役資格試験」を受け、兵役適性を判断し、予備役に編入される。
アルゼンチン 徴兵制は1995年に停止されたが、政府は国民を徴兵する権限を持っている。アルゼンチン人は、危機、国家非常事態、戦争、または軍の機能を維持するために必要な場合には、依然として徴兵される可能性がある。
オーストラリア × 1973年に徴兵制が廃止された
英国 × 1963年に徴兵制が廃止された
イタリア × 徴兵制は2004年に廃止された
ハンガリー × 徴兵制は2005年に廃止された
コロンビア 18〜24歳の男性の場合18ヶ月
スペイン 徴兵制は2001年に廃止されたが、国家非常事態の場合、政府は19歳から25歳までの国民を動員する権利を有する。
アイルランド × 徴兵制なし
米国 法的に認められた制度。現在徴兵制度は施行されていないが、選抜徴兵局は必要に応じて18歳から25歳までの男性を無作為に「徴兵」する権利を保持している。
ニュージーランド × 徴兵制なし
カナダ × 徴兵制なし
日本 × 徴兵制なし
(図以外主要国) 
北朝鮮 17歳で8年(男性)から5年(女性)の兵役
台湾 18〜36 歳の男性を対象とした 12 か月間の軍事訓練(場合によっては公務員として勤務することも可能)に加え、今後 8 年間で最大 4 回の 20 日間の再訓練を実施します。
中国 法定制度(法的には認められているが、実際には行われていない)。18〜22歳の男性は24ヶ月。ただし、強制的な徴兵は義務付けられていない。
ロシア 18〜30歳の男性は12か月の兵役、その後50歳まで予備役となる。近い将来に徴兵制が終了する可能性がある。
イスラエル 男性は32か月、女性は24か月(軍の職業によって異なる)、将校は48か月、パイロットは9年。終了後、兵士は41〜51歳(男性)または24歳(女性)まで予備役となる。
(資料)World Population Review(2025.12.19)

(2025年12月21日収録)


[ 本図録と関連するコンテンツ ]



関連図録リスト
分野 行政・政治
テーマ  
情報提供 図書案内
アマゾン検索

 

(ここからの購入による紹介料がサイト支援につながります。是非ご協力下さい)