格差意識の国際比較 国際的な継続的共同調査であるISSP(International Social Survey Program)は、2009年には世界38カ国で「社会格差」に関する国際比較調査を行っており、この中で、「自国の所得格差は大きすぎるか」を聞いているので、格差意識データとしてこれを取り上げて図示した。 選択肢は「分からない」を除くと「そう思う」、「どちらかといえばそう思う」、「どちらともいえない」、「どちらかといえばそうは思わない」、「そうは思わない」の5段階である。こうした場合、それぞれ、+2〜−2で重みづけし平均値を評価点として算出する方式が一つの値で結果を表現するには一番正確だと見なせる。しかし、統計グラフをコミュニケーションの手段と考えると何の値だか直感的には分からない人もいるような値を使うのは必ずしも適切ではない。従って「そう思う」の割合で各国の格差意識の程度を測ろうということになる。その場合、普通は、「どちらかといえばそう思う」を含めた「そう思う」の合計値を使う場合が多い(A方式と呼ぼう)。だが、この設問の場合、こうした方式だと多くの国で90%の人が「そう思う」と答えたことになり、国ごとの差がかえって不明瞭となる。そこで「どちらかといえばそう思う」を含めない「そう思う」だけの値を取る選択肢も検討に値する(B方式と呼ぼう)。実際、38カ国の順位を評価点方式と比較してみると、A方式では順位の異同が平均1.8位となり、B方式では平均3.3位となるので、A方式の方がよりよいと判断できる。そこで図ではA方式の「そう思う」の多い順で国を並べた。 これを見ると格差が大きすぎると感じている国としてはハンガリーがトップであり、ウクライナ、フランスがこれに続いている。一般には、東欧や旧ソ連諸国で格差意識が高くなっている。日本は38カ国中22位とどちらかというと格差をそれほど感じていない部類に属する。英米はさらに格差意識が低く、最も格差が大きすぎると感じていない国はノルウェーである。 格差意識と格差の実態 それでは、次に、この格差意識が格差の実態とどう関係しているかを見てみよう。
所得格差の状況をなるべく多くの国で得られるデータベースは世界銀行のWDI(World Development Indicators)である。所得格差データとしてはジニ係数と10等分あるいは5等分した所得シェアデータがあるが、格差意識データと同様に誰でもが直感的に理解可能かどうかを重視し、ここでは、不平等度を正確にあらわすジニ係数ではなく、上位10%の下位10%に対する所得倍率を所得格差指標としよう。上位下位は同数なのでシェアの倍率は所得水準の倍率と一致する。この指標は、上から10分の1の金持ちの所得は下から10分の1の貧乏人の所得の何倍かという指標なので極めて理解しやすいし、実際に人々の格差意識に影響を与えるのは正確な不平等度ではなく、むしろ、こちらの方だといってもよいのだからこちらを採用する意義はなおさら大きい。なお、データが得られる国数はジニ係数もシェアデータも同じである。 上図では、X軸に所得格差、Y軸に所得格差意識をとった相関図を両方のデータが得られる34カ国について描いた。
所得格差はスロバキアの5.1倍から南アフリカの44.2倍までの幅がある。多くの国が5〜10倍ぐらいの範囲に収まっており、南アフリカとともに30倍以上と格差が非常に大きいのは大土地所有制が特徴の南米のチリ、アルゼンチンである。また中国の所得格差が欧米の中で所得格差の大きな英国や米国をもかなり上回っているのが目立っている。 さて、全体の相関の状況であるが、はっきりいって相関がないというのが結論である。格差の大きな中国と南米諸国、南アフリカで格差が大きすぎると感じている人は40%前後と世界の中でも多くはない。またウクライナのように格差がそれほどでないのに格差意識が高い国やフィリピンのように格差が結構大きいのに格差意識は低い国も多いのである。実際R2値は0.02と小さい。 格差の大きい国が格差を大きいと必ずしも思っていないのである。また格差の小さな国も必ずしも格差が小さいと思っていない。日本は全体の分布のちょうど真ん中あたりに位置しているので、格差の大きさも格差意識の高さも中位だといってよかろう。 データが得られる34カ国でなく、日本と欧米主要4カ国、近隣3カ国の計8カ国を抜き出した相関図を下に掲げた。これを見ると中国と英米の3カ国は格差が大きいのに格差意識が低く、日本を含むその他5カ国は格差が大きくないのに格差意識が高いという関係、すなわち負の相関が成立していることが分かる(R2=0.33)。 さいごに このように格差意識と格差の実態とは必ずしも相関せず、上記の8カ国にように、場合によっては、逆説的なことであるが、格差の小さい国ほど格差意識が高いという負の相関が認められる。格差が大きいと思っている国ほど格差は小さく、格差が小さいと思っている国ほど格差は大きいのである。
こうした皮肉な結果は、治安への不安度と実際の犯罪率との間でも見られる(図録2788)。犯罪が多い国ほど治安への不安度が高い訳ではないのである。日本は犯罪が少ないのに治安への不安度はかなり高い。 国民の実感に合ったデータは、むしろ、真実から遠い場合がありうるということをこのことは示している。 統計データが明らかにする真実とはもともとこういうものだと認識する必要がある。「真実が人々を動かすのではなくて、人々を動かすものが真実なのです」という言葉がある(アラン宗教論3)。人々が信じている状況が統計データによる素直な観測で明らかにならないからといって、無理矢理、都合の良い分析指標やデータを持ち出すことはない。この食い違いから新しい真実を見出すことが重要なのであると考える。 (2013年8月26日収録)
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