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 維管束植物(種子植物とシダ植物)の1万平方キロ当たりの種数で世界各地の生物多様性(Vascular Plant Diversity)をあらわした分布図を掲げた。図録4177では各海洋・海域別の生物多様性を支援したがこれはその陸地版である。

 世界分布の大きな特徴としては各大陸の熱帯地域、熱低地域以外では、アジア・モンスーン地域、南岸を除く地中海・黒海周辺地域で生物多様性が大きくなっている。中でも、アジア・モンスーン地域と中南米熱帯地域は植物の多様性が高い2大地域となっている。やはり高い気温と豊富な降水量(海洋からの水分供給)が決め手になっていると考えられる。そして、逆に、寒冷地域や砂漠地域では生物多様性が低くなっている。

 アジア・モンスーン地域では、他の大陸と異なり、熱帯地域だけでなく、中緯度地域まで含んで広く生物多様性の高いエリアが広がっている。これには、氷河時代の影響も与かっているとされる(下図「最終氷期における氷床と植生の分布」参照)。

「ヨーロッパや北米では間氷期には森林が復活していたはずであるが、氷床・氷河にいったん覆われてしまうと全部死滅してしまい、氷床が融けると再び森林が南からじわじわと北上してくるというプロセスが繰り返されていた。一方で、グリーンベルト地域(アジア・モンスーン地域の緑豊かな陸地部分)では植生が氷床によって完全に破壊されるプロセスは一度もなかった」(安成哲三2023、p.133)。このため、アジアでは他の大陸と比べ古くからの植物種も含めて生物多様性が保持される程度が高かったというわけである。

 これに加え、下図のように氷期にインドネシア島しょ部が陸地となりスンダランド呼ばれる亜大陸が形成されたことや東西に延びるヒマラヤの複雑な地形により「少なくとも数百万年という時間スケールで、植物相、動物相ともに、水平・垂直の移動や適応、単一の祖先から多様な形質の子孫が出現する放散、あるいは競争・棲み分けなどが繰り返し起こっていたと推定される。その結果、この地域では世界の他の地域ではみられない豊かな生物多様性が創り出されたのである」(同、p.134〜135)。

 図の資料によれば、生物多様性が高い地域の中でも植物種数が1万ku当たり5000種を超える多様性センター地域としては次の5つが目立っている。@コスタリカ・チャコ(コロンビア・チャコ県)、A熱帯東アンデス、Bブラジル大西洋岸、C北ボルネオ、Dニューギニア。これら地域は世界面積の0.2%を占めているにすぎないが、固有種の数では世界の6.2%を占めている。

1万ku当たり5000種以上の植物多様性センター
多様性センター 面積(ku) 種数 固有種 同率
@コスタリカ・チャコ 78,000 ≧12,500 5,500 44%
A熱帯東アンデス 62,000 10,000 3,000 30%
Bブラジル大西洋岸 50,000 ≧6,000 4,500 75%
C北ボルネオ 57,000 9,000 3,500 39%
Dニューギニア 87,000 ≧6,000 2,000 33%

同世界シェア
334,000
0.2%
18,500
6.2%

 表示選択で示したアジア・モンスーン地域の拡大図では、チベット高原やタクラマカン砂漠を時計回りに取り囲むように生物多様性が高い地域が環状に連なっており、西側はシルクロードを構成している点に気がつく。ブータンの首都ティンブー、ネパールの首都カトマンズ、パキスタンの首都イスラマバード、アフガニスタンの首都カブール、タジキスタンの首都ドゥシャンヘ、ウズベキスタンの首都タシケント、キルギスの首都ビシュケクがこの順番に環状に連なっているのもなるほどとうなづける。インド、中国、ロシアという大国にかろうじて飲み込まれずそれぞれ小国として独立を守ったのは、豊かな自然を背景にした生産力ゆえだとうかがわれるのである。

 安成(2023)は、和辻哲郎の風土論におけるヨーロッパの風土的特徴を人間に対して従順な「牧場」に求めた点を援用し、「ヨーロッパは氷期に長く氷床に覆われていたために、植生(あるいは生態系)がモンスーンアジアに比べて比較的単純であることも、たとえば生物学における法則性を見出すことが比較的容易であることにつながっているこもしれない」(p.141)と述べている。

(森林樹種の例−図録4337から移動−)

 氷河期の北米やヨーロッパは厚い氷河に覆われ、森林の多くが絶滅した。特にヨーロッパでは東西にのびるアルプス山脈とピレネー山脈に阻まれてほとんど森がなくなった。北米大陸では樹種は南米大陸に後退した。フランスの森林史学者ミシェル・ドヴェーズはヨーロッパの森林の歴史をまずこの点の指摘からはじめている。アメリカ大陸では山脈が南北に連なっていたので、氷河期が去ってから南米から樹種が回復できたのと比較するとヨーロッパでは不利な地形条件下で樹種が不可逆的に少なくなってしまったという(下表および下図参照)。

大陸別の森林樹種数
  針葉樹 広葉樹
ヨーロッパ 7種18変種 30種60変種
北米(東部北米) 13種30変種 110種220変種
極東(中国・日本) 26種100変種 150種400変種
(資料)ミシェル・ドヴェーズ「森林の歴史」文庫クセジュ(原著1965)

 氷河時代、日本列島も寒さや乾燥に強い針葉樹に覆われ、広葉樹は北米やヨーロッパと同じようにほとんど無くなったが、比較的暖かい海岸沿いや複雑な地形の山地の一部で生き残り、再度、温暖となったときに復活した。このため、日本の落葉樹林は樹種が非常に豊富なのだという(NHKスペシャル2011)。

「カナダの森も紅葉が美しいことで有名だ。しかし日本の紅葉が色とりどりなのに比べると、カナダの森の紅葉は、ある場所は赤ばかりだったり、また別の場所では黄色が多かったりと、色彩は単調だ。同様の傾向は、イギリスやオーストリアなどヨーロッパでも見られる」(同)。これは樹種の数の違いによる。例えば日本のカエデは26種であるのに、北米大陸全体で13種、欧州全土でも13種と面積の割に日本より少ない。こうした差も氷河期における森林の状況の差が原因なのだ。

(参考文献)


(2023年12月17日収録、12月19日多様性センター地域表)


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