2025年の秋にはクマが人の生活圏に出没するケースが増え、人身被害も相次いでおり、テレビ等で大きく報じられている。環境省の発表によると、本年度の10月末時点のクマによる被害人数は197人で、過去最多だった2023年度の同時期の182人を上回るペースである。死者数でみても本年度は11月までに過去最多の13人に上った。

　そこでクマ（熊）と人びとの暮らしとの関わりを知るため、熊を使ったことわざがないか調べてみると、何とゼロだった。

　上図には、岩波ことわざ辞典をもとに調べた動物ことわざランキングを掲げた。各動物のことわざについては主な2例を示した。

　ことわざが最も多いのは犬であり22件にのぼる。犬に次いで多いのは牛の17件、魚の14件、猫の13件と続いている。魚（さかな）は概念範囲が異なるので比較しても仕様がない気もするが、あまりこだわることでもなかろう。

　特に猫は備蓄穀物を荒らす鼠退治に有用であるだけでなく、愛玩用として室内で一緒に暮らすことも多く、その生態が興味深いものであるため、「猫の手も借りたい」など巧みな表現でうーんとうならせる馴染み深いことわざ（及びことわざまで行かない慣用句）が下表のように多くなっている。


　ちなみに「猫の手も借りたい」は18世紀の近松作品など比較的古い用例が見られるが、ことわざらしくないと思われたのか、ことわざ辞典への収録は明治後期になり、普通の辞典にも登場するのは、戦後になってからと言う。また猫の手でなく犬の手という表現も明治期にはよく使われたが大正期には消えてしまったと言う（岩波ことわざ辞典）。

　ランキングを見ると、犬、牛、猫、馬といった生活上馴染み深い家畜を扱ったことわざが多く、虎、蛇、烏といった野生動物よりむしろ多くなっている。人との日常的な接触から、動物の行動を観察し、ことわざにする機会が多いからだと思われる。

　しかし、家畜動物の中でも、江戸時代以前の日本では飼われていなかった羊や豚などを使ったことわざは少なく、また中国古典（羊頭狗肉）や聖書（豚に真珠）からの導入語である場合も多い。また、「豚もおだてりゃ木に登る」は昭和50年代に言い出されたものであり、ことわざとしての市民権を得ているかは怪しい。

　この点、日本とは対照的に、古くから豚を家畜として飼養していた欧米では以下のように豚を題材にしたことわざが多い。

• 豚を持つ（ドイツ）：運が向く
• 焼かれた豚が歩いている（イタリア）：思いがけない幸運がやってくる
• 柵を開けたままだと豚は逃げ出す（オランダ）：不注意から災害がおきる
• オオカミを牧童にし、豚を野菜畑の番にする（ウクライナ）：絶対にダメだとわかっている事をさせる
• 豚が飛ぶとき（米国）：絶対にありえないこと
• 坂を転げ落ちる豚よりも醜い（アルゼンチン）：非常に醜いこと

　また、フラナリー・オコナー「不意打ちの幸運」で 主人公の中年女性が吐く憎まれ口に「豚小屋から一度も外に出たことがないみたいに間が抜けているんだから」とあり、すごい表現だと驚いたのを思い出す。

　猿などと同様、熊も昔から山にいたのに、ことわざとして取り上げられないで来ているのは何故であろう。ただ恐ろしいだけで、行動に愛嬌がなく、茶化した表現もする気にならなかったからなのだろうか。芭蕉や蕪村などの俳句にも熊は登場しない。古典文学全体でも熊はほとんど出てこないらしい（ここ）。

　ヒグマを「キムンカムイ（山の神）」と呼び、狩りでヒグマを仕留めた時、また、育てた仔グマを殺してその魂を故郷である神の国に送り届ける時に、クマの霊送り（イヨマンテ）を行うなど特別の存在として接していたアイヌの人々にとっても、特に熊に関することわざはないようである。

　不思議なことである。

　生成AIのGrokで「なぜ熊のことわざがないのか」と聞いて見ると次ののような回答となった。

　まず、「日本に「熊のことわざ」がほとんどない理由、めっちゃ面白い疑問ですよね。実はちゃんと理由があって、以下が主なポイントです」と親しみやすい出だしで答えてくれる。

　いくつかポイントを指摘し、その結論としては、「熊は「可愛いキャラ」でも「狡猾なトリックスター」でもなく、ただただ「ヤバい神聖な殺し屋」だったから、 日本人のことわざ文化に取り込まれにくかったんです。だから「兎は逃げ足が速い」「狐は人を化かす」みたいな軽い教訓は生まれても、 「熊は……とにかく関わるな！」で終わっちゃう（笑）」

　そして最後に、熊を含んでいて、今後生まれることわざの提案までして締めてくれる。

「もし「熊のことわざ」を無理やり今作るとしたら…… 「熊の前で自撮りするな」（＝調子に乗るな、死ぬぞ） とかになりそうです（現代版）」。