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 13歳の英国人少年と15歳の母親から無防備な性交渉により2009年2月9日に子どもが誕生したことがテレビ・新聞で報じられた。父親となった「アルフィーくんは、地元紙サンのインタビューで「赤ちゃんを持つのはいいと思った。経済的にどうするかは考えなかった。(定期的な)小遣いはもらっていないが、父親がときどき10ポンド(約1300円)をくれる」などと語った」(ロイター2009.2.15)といわれ、育てる力のない子どもが子どもを生むという事態の奇妙さから報道されたのだと考えられる。

 さて、経済力のない子どもによる妊娠の場合、人工妊娠中絶に至っている場合が多いのではないかと推察されるが、英国では、未成年の中絶が問題になっているのであろうか。ここでは、国連の人口統計年鑑から、主要国の人工妊娠中絶の実施率を総数と20歳未満について算出し、比較したグラフを掲げた。

 数字は合法の件数と表記されている。日本において母体保護法(1997年以前の優生保護法)のよるもののみが合法であり、その他は犯罪となるが、これと同様な法規制が各国で行われており、こうした規制外の中絶は数字に含まれないととらえることができる。人工妊娠中絶に関する各国の制度とそれにもとづく報告・統計の方法は様々なので、交通事故や犯罪といったものに関する業務統計と同様、結果数字の国際比較については慎重を要する。

 人工妊娠中絶の総数については、女子人口千人対比でシンガポールの5.0件からロシア(注)の28.1件まで大きな違いがある。日本は、シンガポール、ドイツ、イタリアよりは高いが、他の7カ国よりは低く、やや低い部類に属するといえる。巻末コラムでもふれたように例えばドイツは日本より厳しい規制を課しているので合法件数が少なくなっている可能性がある。合法、非合法、グレーゾーンを合わせた人工妊娠中絶が国によってどの程度かの比較は難しい。

(注)ソ連時代に避妊法の選択肢が広がらず、中絶に依存する傾向があったため、「ソビエト後期、平均的なソビエトの女性は一生のうちに6回か7回中絶手術を受けていたと推測される」(ポール・モーランド「人口で語る世界史」、文藝春秋、原著2019年、p.206)。ロシアの中絶率が高いのはその影響が現在にまで及んでいるためとも考えられる。

 こうした前提をおいた上ではあるが、1950年代には100万件以上の中絶大国であった日本は、いまや、この点に関してことさら世界に対して恥ずかしいと考えることはないといってよかろう(日本における人工妊娠中絶の戦後の推移については図録2248参照)。

 未成年の人工妊娠中絶率については、日本は一時期、総数を上回っていたが、最近は、下回っている。主要国の中では、スペイン、英国、フランス(かつてはもっと多くの国)では、20歳未満の中絶率が総数を上回っており、その率も英国、スウェーデンでは女性人口千人対比で14-15件前後と高くなっている。特に英国は14歳以下の中絶が500人近くと多い点も問題の深刻さをうかがわせている。

 表示選択で更新前の図録を見れば、過去はもっと20歳未満の中絶率が高かったことが分かる。冒頭に掲げた英国の事例は未成年の中絶問題の大きさを示すものであったわけである。英国も2001年には14歳以下の中絶が2,157人にのぼっていた。

 なお、英国の北アイルランドは、コラムの記事のように、本土と異なり中絶が禁止されており北アイルランドを除いて算出すればもう少し高い値となる(更新前の図録では北アイルランドを除いた値が掲載されていた)。

 日本の中絶が世界の中でも少なくなったのは、ピルでなくコンドームによる避妊法が普及しているから(図録2304参照)だともいわれる。

 「避妊にコンドームが使われるのは、現在も日本が世界一である。かつては中絶王国といわれたのだが、2005年の中絶届け出数は29万件で世界でも少ない国になった。いっぽうピルの使用率が高い国で中絶数が多い。人口が日本の半分以下の英国(イングランド、ウェールズ)では19万件の届け出数がある。米国では中絶が禁止されている州がたくさんあり、米国全体での中絶数の公式発表数はないのだが、年間約130万件と推定されている。韓国では、...出生率低下の裏では人工妊娠中絶が多く、米国と同程度の数とのこと(『ニューズウィーク』誌2002年4月8・15日号)。つまり日本のコンドームは避妊、ひいては妊娠中絶の防止に効果があるのだ。...外国では処方箋なしでピルが買える。そこでは医師の指導もなく、ピルの「理想的使用」はまもられず、前述のように中絶率も高いのだ。英国ではピルは無料だが、現在10代の中絶の増加に悩んでいる。2004年、16〜19歳女性人口1000人あたりの中絶数は26.5である。同じ年、日本では15〜19歳女性人口1000人あたりの中絶数は10.5であった。」(井上栄「感染症―広がり方と防ぎ方」中公新書、2006年)

 中絶に関する考え方の違いに関する国際比較については図録2304に掲げたので参照されたい。

 なお、図の元データ、及び人工妊娠中絶の定義と各国制度についての解説を以下に掲げる。

 取り上げている国は、シンガポール、ドイツ、日本、イタリア、フィンランド、スペイン、ニュージーランド、英国、フランス、スウェーデン、ロシアの11カ国である。更新前2006年版国連統計の図録では、シンガポールはなく、カナダが加わっていた。

人工妊娠中絶の定義と各国制度についての解説
人工妊娠中絶とは(平凡社大百科事典2000)

 「人工妊娠中絶という言葉は、一般には堕胎と同義に用いられることが多いが、母体保護法の定義によれば、人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児およびその付属物を母体外に排出することである(2条2項)。胎児が母体外で生命を保続することのできない時期は、厚生事務次官通知で定められている。1953年の通知では、通常妊娠8ヵ月とされていたが、医療の進歩により極小未熟児が生存可能となってきていること等を考慮して、76年には1ヵ月早められ7ヵ月未満に、79年からは満週数で表されて妊娠満23週以前とされ、さらに91年からは満22週未満に短縮された。母体保護法は、次のいずれかに該当する者に対し、本人および配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む、以下同様)の同意を得て、都道府県医師会の指定する医師が人工妊娠中絶を行うことを認める。(1)妊娠の継続または分鞄が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの、(2)暴行もしくは脅迫によってまたは抵抗もしくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの。1996年の改正によって、優生学的理由による人工妊娠中絶を認める規定は削除された」。

届出の義務

 人工妊娠中絶を行った医師は「その月中の手術の結果を取りまとめて翌月十日までに、理由を記して、都道府県知事に届け出なければならない」とされる(母体保護法25条)。届出義務違反は罰金刑が課せられる。知事への届出は実際は政令により「医師の住所地の保健所長を経由」して行うとされている。

海外の制度(平凡社大百科事典2000ほか)

 「厳格な禁止が危険なやみ堕胎を生んできたため、各国は一定の場合に人工妊娠中絶を合法化する方向に動いてきた。1970年代中ごろには、オーストリア(1974)、フランス(1975)、西ドイツ(1976)、イタリア(1978)と、それまで厳格に人工妊娠中絶を禁止しつづけてきた西欧諸国が、相次いで大幅に禁止を緩和した」。

 人工妊娠中絶を合法化する立法は、大きく二つの型、すなわち適応規制型と期限規制型に分かれる。

 「一定の理由がある場合(適応)の人工妊娠中絶を合法化する適応規制型」については、適応の種別としては、@医学的適応(母体保護)、A胎児適応(障害)、B倫理的適応(強姦等)、C医学・社会的適応(多産等)、D社会的適応(貧困、経済的理由による保育困難)がある。日本は適応規制型であり@Bを条件としているが@にDを重ね合わせているので拡大解釈により、「現実には法律の規定する範囲を越えて多数の人工妊娠中絶が行われ、刑法の堕胎罪規定は空文化している」といわれ、経済的理由の削除が国会でも議論された。母体保護法の前身である優生保護法がもともとは目的としていたAの理由は1996年の改正によって、削除された。

 「他の一つは、妊娠初期一定期間内の人工妊娠中絶を理由を問わずに合法化する期限規制型である。たとえば、フランスは妊娠10週以内、イタリアは90日以内の人工妊娠中絶を合法化している。1970年以降は、この型の立法が多い」。

 「ドイツでは、1990年の統一後、92年に妊娠12週以内の人工妊娠中絶を合法化する法律が制定されたが、連邦憲法裁判所で違憲とされ、95年になってようやく新法が成立した」。12週以内で@Bあるいはカウンセリングを受けるという条件下のみということなので23週未満としている日本より結果としては厳しい。

 なお、中絶を禁止している国もある。マルタは全面禁止、アイルランドと英領北アイルランドは「母親の生命が危険な場合」に限定(北アイルランドは英国本土の合法化は非適用)。スペイン、ポルトガル、ポーランドは母親の健康状態や性犯罪による妊娠などの場合に認めている。米国では最高裁の判決で中絶の合法性は確認されているが、南部を中心に州法で規制を強める動きがトランプ政権下で活発化しているという(東京新聞2018.5.28)。

 アイルランドでは2018年5月に人工中絶の合法化の是非を問う国民投票が行われ、賛成66.4%、反対33.6%と国民の3分の2の支持で合法化の方向に向かうことになった(東京新聞2018.5.28)。カトリック国のアイルランドでは、他の西欧諸国とは逆に、1983年の憲法改正で「母体と共に胎児にも生存権がある」として中絶禁止を明文化し、中絶は最長で禁錮14年の刑が科されていたが、2013年には複数の医師が妊婦に生命の危険があると判断した場合には中絶が認められた。「しかし、16年の合法的な中絶は25件で、レイプ被害者の中絶が認められないなど問題が指摘されていた。中絶を必要とする女性は海外で手術を受けており、16年だけで3265人が英国で手術を受けている。渡航資金がない女性が中絶できないなどの問題もあった」(毎日新聞2018.5.27)。

(2009年3月11日収録、2018年5月19日更新、5月27・28日アイルランド事例等、2020年2月11日ロシアの(注)、2022年6月14日更新)


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