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さて、経済力のない子どもによる妊娠の場合、人工妊娠中絶に至っている場合が多いのではないかと推察されるが、英国では、未成年の中絶が問題になっているのであろうか。ここでは、国連の人口統計年鑑から、主要国の人工妊娠中絶の実施率を総数と20歳未満について算出し、比較したグラフを掲げた。 数字は合法の件数と表記されている。日本において母体保護法(1997年以前の優生保護法)のよるもののみが合法であり、その他は犯罪となるが、これと同様な法規制が各国で行われており、こうした規制外の中絶は数字に含まれないととらえることができる。人工妊娠中絶に関する各国の制度とそれにもとづく報告・統計の方法は様々なので、交通事故や犯罪といったものに関する業務統計と同様、結果数字の国際比較については慎重を要する。 人工妊娠中絶の総数については、女子人口千人対比でシンガポールの5.0件からロシア(注)の28.1件まで大きな違いがある。日本は、シンガポール、ドイツ、イタリアよりは高いが、他の7カ国よりは低く、やや低い部類に属するといえる。巻末コラムでもふれたように例えばドイツは日本より厳しい規制を課しているので合法件数が少なくなっている可能性がある。合法、非合法、グレーゾーンを合わせた人工妊娠中絶が国によってどの程度かの比較は難しい。 (注)ソ連時代に避妊法の選択肢が広がらず、中絶に依存する傾向があったため、「ソビエト後期、平均的なソビエトの女性は一生のうちに6回か7回中絶手術を受けていたと推測される」(ポール・モーランド「人口で語る世界史」、文藝春秋、原著2019年、p.206)。ロシアの中絶率が高いのはその影響が現在にまで及んでいるためとも考えられる。 こうした前提をおいた上ではあるが、1950年代には100万件以上の中絶大国であった日本は、いまや、この点に関してことさら世界に対して恥ずかしいと考えることはないといってよかろう(日本における人工妊娠中絶の戦後の推移については図録2248参照)。 未成年の人工妊娠中絶率については、日本は一時期、総数を上回っていたが、最近は、下回っている。主要国の中では、スペイン、英国、フランス(かつてはもっと多くの国)では、20歳未満の中絶率が総数を上回っており、その率も英国、スウェーデンでは女性人口千人対比で14-15件前後と高くなっている。特に英国は14歳以下の中絶が500人近くと多い点も問題の深刻さをうかがわせている。 表示選択で更新前の図録を見れば、過去はもっと20歳未満の中絶率が高かったことが分かる。冒頭に掲げた英国の事例は未成年の中絶問題の大きさを示すものであったわけである。英国も2001年には14歳以下の中絶が2,157人にのぼっていた。 なお、英国の北アイルランドは、コラムの記事のように、本土と異なり中絶が禁止されており北アイルランドを除いて算出すればもう少し高い値となる(更新前の図録では北アイルランドを除いた値が掲載されていた)。 日本の中絶が世界の中でも少なくなったのは、ピルでなくコンドームによる避妊法が普及しているから(図録2304参照)だともいわれる。 「避妊にコンドームが使われるのは、現在も日本が世界一である。かつては中絶王国といわれたのだが、2005年の中絶届け出数は29万件で世界でも少ない国になった。いっぽうピルの使用率が高い国で中絶数が多い。人口が日本の半分以下の英国(イングランド、ウェールズ)では19万件の届け出数がある。米国では中絶が禁止されている州がたくさんあり、米国全体での中絶数の公式発表数はないのだが、年間約130万件と推定されている。韓国では、...出生率低下の裏では人工妊娠中絶が多く、米国と同程度の数とのこと(『ニューズウィーク』誌2002年4月8・15日号)。つまり日本のコンドームは避妊、ひいては妊娠中絶の防止に効果があるのだ。...外国では処方箋なしでピルが買える。そこでは医師の指導もなく、ピルの「理想的使用」はまもられず、前述のように中絶率も高いのだ。英国ではピルは無料だが、現在10代の中絶の増加に悩んでいる。2004年、16〜19歳女性人口1000人あたりの中絶数は26.5である。同じ年、日本では15〜19歳女性人口1000人あたりの中絶数は10.5であった。」(井上栄「感染症―広がり方と防ぎ方」中公新書、2006年) 中絶に関する考え方の違いに関する国際比較については図録2304に掲げたので参照されたい。 なお、図の元データ、及び人工妊娠中絶の定義と各国制度についての解説を以下に掲げる。 取り上げている国は、シンガポール、ドイツ、日本、イタリア、フィンランド、スペイン、ニュージーランド、英国、フランス、スウェーデン、ロシアの11カ国である。更新前2006年版国連統計の図録では、シンガポールはなく、カナダが加わっていた。 人工妊娠中絶の定義と各国制度についての解説
(2009年3月11日収録、2018年5月19日更新、5月27・28日アイルランド事例等、2020年2月11日ロシアの(注)、2022年6月14日更新)
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