スポーツ庁(以前は文部科学省)では、生徒・学生だけでなく成年層、高齢者層を含めて、体力・運動能力を毎年継続的に調査している。ここでは、新体力テストがはじまった1998年度から24年間の成年層と高齢者層の時系列変化をテストの合計点で追ったグラフを掲げた。

 得点基準が男女で異なるので同じ年齢層の男女の体力を合計点で比較することはできない(そういう意味ではこのデータを報道した新聞各紙が掲載した男女の推移を重ね描きしたグラフは誤解を招きやすいものだったといえる)。ただし、時系列比較は有効であるし、成年調査あるいは高齢者調査のそれぞれの中での年齢別の比較も可能である。

 長期的な傾向の分析に入る前に、コロナ年である2020年の特異な動きについて解説しておこう。

 2021年は、コロナ前の2019年と比較して、男女45歳以上の各年齢層、特に65歳以上で点数が低下した点が目立っている。

 しかし、2022年には、ほぼこうした特異な動きは消え、それ以前の傾向の延長線の動きとなっている。ただ、男性の65〜69歳だけは、なお、コロナの影響を引きずっているような動きであるが、むしろ就業率の上昇による運動不足の要因からかもしれない。

 コロナの影響で全国的に外出を控え、高齢層を中心に運動不足に陥っていた国民が多かったことがこうした点数低下を招いた可能性が高い。

 次に長期動向である。

 65歳未満の「成年」(グレーの線)について、年次を通した年齢差を見ると、男女とも若年層より中高年層の方が体力が落ちていっているのは当然であるが、男性の場合は、年齢に比例して落ちていくのに対して、女性の場合は40代後半から50代後半にかけての体力の低下が著しい点が目立っている。これは女性の更年期における変化の大きさを反映しているものと考えられる。

 もっとも50代後半の年次的な体力向上がそれより若い層と比較して大きいため、この20年間の当初期には非常に大きかった更年期を経る中での女性の体力低下は、以前ほど目立たなくなってきている。

 体力の時系列変化としては、男女の各年齢層で体力向上が一般的な中で、女性の30代後半の体力低下が目立っている。女性の40代後半も当初は体力が向上していたが、2000年代後半から30代後半と同じように体力低下が目立つようになっている。さらに2019年には40代後半や50代後半の女性の体力が大きく低下している。

 同時に実施されている運動習慣に関する申告調査からも裏づけられるように、こうした年代の女性は、仕事、出産、子育てで忙しくなっており、運動・スポーツなど体力の向上を図るチャンスが小さくなっているのが理由と考えられる。

「この世代は子どもの頃から体力低下の傾向があり、テレビゲームの普及による運動不足や、週休2日制の導入で体育の授業が減ったことなどが原因として指摘された。分析を担当した内藤久士・順天堂大教授(運動生理学)は「子ども時代に運動に親しまなかったため能力を高めきれず、苦手なままの人が多いのではないか」と指摘した」という(朝日新聞2019.10.13)。

 「高齢者」(ブラックの線)についても、「成年」と同じように、年齢比較上、上から下に歳を重ねるごとに体力が落ちていく状況は変わらないが、時系列的には、男女ともに体力向上が目覚しい点が目立っている。これは、健康づくりのための運動習慣が高齢者で普及してきているためであろう(図録2244参照)。

 体力テストの点数から見ると、男性については、70代前半の現在の体力はほぼ2000年代はじめの60代後半の体力に匹敵している。また女性の70代前半の現在の体力はほぼ2000年代半ば過ぎの60代後半の体力に匹敵している。すなわち、男性はほぼ20年では5歳若返り、また女性はほぼ10年で5歳若返ったといえよう。

 高齢者の若返りを「運動能力の向上」からでなく「具合の悪さの低減」の面から探った図録2129も参照されたい。極めて興味深いことに両者はコロナの影響を含めほぼ平行した動きを示している。

(体力・運動能力の個人間格差)

 次に問題なのは体力・運動能力の個人間格差である。

 例えば、体力が平均的に向上しているとしても、元気な高齢者と不元気な高齢者とに両極化していないかどうかが問題である。高齢者が平均的に元気になっているからといって、国民全体を対象に退職年齢を強制的に遅くしたり、年金の受給年齢を一律的に遅らせたりしたとするなら、不元気な高齢者にとってはたまったものではないからである。

 幸いにスポーツ庁は、高齢者の体力テストの結果について、ばらつきのデータを公表しているので、これを検証してみよう(下図参照)。

 図ではデータのばらつきを1つの指標であらわす時に使われる変動係数の毎年の推移を各5歳別の年齢層で追っている。

 変動係数の水準そのものは、成人テストでは、20代後半から50代後半へだんだんと高くなっている。また高齢者テストでは、60代後半より70代前半、70代前半より70代後半の方が大きくなっていることが分かる。これは、加齢に伴って個人間格差が広がる傾向にあることを示している。高齢者では前期高齢者より後期高齢者の方が元気な高齢者と不元気な高齢者とが分かれてくることを示している。

 ただし、例外となっているのは、女性の20代後半である。女性の場合は若いうちから個人間格差が大きいという状況になっている。

 変動係数の男女・年齢別の時系列変化を見ると、高齢者の場合は、いずれの層においても、傾向的に変動係数が低下し、ばらつきが小さくなってきていることが明らかである。すなわち、高齢者間の健康格差は縮小に向かっているのである。それにともなって、加齢に伴う健康格差拡大のテンポ自体も遅くなっている。つまり、全体として高齢者が若返っているといえる。

 成人の場合も、50代後半は高齢者と似た格差縮小に向かう動きとなっている。また男性の20代後半についても格差は縮小傾向にある。

 ところが、高齢層の動きとは対照的に、男女の中年層(および女性の20代後半)については、むしろ、個人間格差が広がる傾向にあると見られる。

 特に、女性の30代後半、40代後半、つまり女性の中年層は、体力が平均して低下傾向にあるばかりでなく、その中で個人間格差も大きくなるというダブルパンチに見舞われており、まことに憂うるべき状況にあるといえよう。

 要因としては、上で述べた点のほか、若い女性で格差が大きい点からはスマホ依存の運動不足が疑われるが、中年女性については、女性に多い非正規雇用の拡大が影響している可能性があろう。状況は深刻なので、対処方策を考えるためにさらに詳細な分析が望まれている。

 こうした中、コロナの影響がある2021年には一部にこうした傾向に反する動きが認められる。高齢層について、男性の25〜29歳や70〜74歳で格差が拡大しており、男性のこの年代ではコロナへの対応に個人差があったことがうかがわれる。しかし、2022年の結果を見るとそうした特異な動きは消失した模様である。


(2018年10月21日収録、2019年10月14日更新、女性30代後半の体力低下理由、2021年2月13日更新、10月19日更新、10月20日個人間格差、2022年10月15日更新、更新前は参照していた2020年参考値を除いた分析、2023年10月11日更新)


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