【コラム】エマニュエル・トッドの家族システム分類 独立ページ表示

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【外婚制共同体家族】
  • ユーラシアの大部分(ロシア、中国、ベトナム、インド北部など)、ロシア・ウクライナ・ベラルーシにつしては(注2)参照
  • バルト三国(注3)
  • 東欧(セルビア、ハンガリー)
  • フィンランド
  • イタリア・中部トスカナ
  • フランス・中央山塊北麓(オーヴェルニュ地方・首府クレルモンフェラン)
 (以上2地域は両国共産党の支持基盤)
  • インド南部ケララ州カースト集団ナーヤル
  • キューバ黒人家族
 (以上2集団は母系の共同体家族の例)(注4、p.282)

これら地域の多くで、権威と平等という価値に対応する近現代イデオロギーとしての共産主義が支配的となった。共産化が内発的でなかったポーランド、チェコはここに属さない。
【平等主義的核家族】
  • パリ盆地など北フランス
  • イベリア半島(北縁を除く)
  • イタリア(中部トスカナを除く)
  • ギリシャ
  • ポーランド「ポーランド人は最も個人主義的な国民」(p.139)このため18世紀に国家統一が崩れ、ポーランド分割を招いた(p.142)
  • ルーマニア(非マジャール地域)
 ↓スペイン・ポルトガルの移民
  • ラテンアメリカ
(ヨーロッパ以外)
  • エチオピア








【直系家族】
  • ドイツ、オーストリア、チェコ
  • イタリア・ヴェネト地方
  • スロベニア、クロアチア一部
  • スウェーデン、ノルウェー
  • スコットランド、アイルランド、フランス・ブルターニュ半島先端
  • 南フランスからカタロニア、ガリシア
  • カナダ・セントローレンス河口
(ヨーロッパ以外)
  • 日本、韓国
  • ユダヤ人、ジプシー(ロマ)
  • ルワンダ「ルワンダの家族構造はドイツの不平等的システムであり、移行危機期においてはジェノサイドの企てに乗り出す傾向がある」(p.114〜5)
  • カメルーンのバミレケ人
  • 親が子どもを常に監視、教育熱心→早い識字化(日本、ドイツ、スウェーデン)
  • 直系家族の国の特徴は「歩行者が律儀にも赤信号で止まる」(p.134)
  • フランスではこの地域の差異主義が国の普遍主義的拡散から守った(「移民の運命」p.305〜7)
【絶対核家族】
  • イングランド
  • オランダ中心部
  • デンマーク
  • フランス・ブルターニュ地方東部
 ↓イングランドとオランダの植民
  • 北米、オーストラリア、ニュージーランド
  • 南アフリカ

「絶対」というのは、「遺言の内容が絶対的に自由なので、親は子供たちへの遺産の配分を自分の意のままにできる」(p.74)からであるが、「1組のカップルとその子供たちから成るグループを超える親族網の機能が消滅している」(p.292)ことを示す場合もある(注4)
(注)バーレーンは「本来の住民については、出生率が最も急速に低下した国」(p.80)シーア派住民が多いため「近隣諸国より急速に変貌」(p.89)
(注2)下図「欧州における家族類型」に見るように、ウクライナはロシアと異なって核家族タイプとされる。「ロシアのような共同体家族の社会は、平等概念を重んじる秩序立った権威主義的な社会で、集団行動を得意とします。こうした文化が共産主義を受け入れ、現在のプーチン大統領が率いる「ロシアの権威主義的民主主義」の土台となっているわけです。(中略)他方、ウクライナ社会は、かつて共産主義を生みだしたロシア社会とは異なります。断片的なデータしかないのですが、おおよそ核家族構造を持っていて、個人主義的な社会です。(中略)その意味で、プーチンが「ロシア人とウクライナ人の一体性」を言うのに対して、ウクライナ人が「自分たちはロシア人とは違う」「小ロシア(ウクライナ)と大ロシア(ロシア)とは違うのだ」と主張しているのは、筋が通っています。ウクライナの核家族は、ロシアの家族システムとは異なるからです。むしろ核家族は、イギリス、フランス、アメリカのような自由主義的な国家に見られる家族システムです。その点だけを取り出せば、ウクライナを”西側の国”とみることもできるでしょう」(エマニュエル・トッド「第三次世界大戦はもう始まっている」文春新書、2022年、p.38)。
 ベラルーシはウクライナと異なり、ロシアと同様に共同体家族の国であり、そうした社会が「ヨーロッパ最後の独裁者」とルカシェンコ大統領を支えている(同上書、p.48〜49)。
(注3)バルト三国は外婚制共同体家族の地域であり、1917年10月革命においてラトビア銃兵が決定的な役割を果たした。そのためレーニンからの信頼を得て共産党の政治警察の創設にラトビア人活動家が積極的に関与したとされる(同上書、p.47)
(注4)エマニュエル・トッド「我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上」文藝春秋、原著2017年
(資料)エマニュエル・トッド(2011)「アラブ革命はなぜ起きたか」石崎晴己訳・解説、藤原書店


 トッドは上に掲げた4分類にその他3分類を加えて、家族構造を以下のような7つに分類している(中條健史氏の整理による)。
権威主義的家族(直系家族)
ある家族の子どものうち一人が跡取りとなり、全ての遺産を相続する家族制度をベースとしている。こうした家族形態は、親子関係が権威主義的であり、兄弟関係が不平等主義的となる。従って「権威主義的家族」の下では、権威と不平等という価値観を内面化する人間が育つ。そして、彼らは人間の不平等性や差異を認識し、ひいては「国民」の不平等性をも無意識の中に確信するようになる。
平等主義核家族
子どもたちは成人或いは結婚後に独立した世帯を持つようになり、遺産相続は兄弟間で平等に行われる。この形態では、親子関係は自由主義的で、兄弟関係は平等主義的となる。ここで人々が内面化する価値観は自由と平等の 2つで、フランス革命とそれを推進したパリ盆地の農民の家族制度との関連をトッドは指摘している。そこでは、人間及び「国民」の平等性、普遍性という観念が生まれる。
絶対核家族
子どもたちは独立してゆくが、主に遺言によってなされる遺産相続は、平等というよりむしろ親の意思によって決定される。ここでの親子関係は自由主義的であり、兄弟関係は平等への無関心によって特徴付けられる。トッドによれば、こうした形態はヨーロッパ特有のもので、こうした家族制度の中で育つ人間は、自由という価値観を内面化する一方、平等には無関心である。従って、人々は銘々の「違い」を前提とするため、差異主義的な発想(例えば「国民」と「国民」の違い)を抱くようになる。
外婚制共同体家族
子どもは成人・結婚後も親と同居し続けるため、家族を持つ兄弟同士が一人の父親の下に暮らす巨大な家族形態が生まれる。遺産は平等に分配され、権威主義的な親子関係と平等主義的な兄弟関係がそこにはみられる。ここで人々が内面化する価値観は、親子関係に基づく権威と、兄弟関係に基づく自由である。トッドは、こうした価値観が当該地域での共産主義を支えていると指摘する。
(ヨーロッパには存在しない残りのカテゴリー)
内婚性共同体家族
主にアラブ・イスラム圏に分布している。いとこ婚を許容するイスラム教教義によって展開されるこの家族形態では、「外婚制共同体家族」と同様に平等と共同体主義を根底に持つことから、普遍主義的人間観を持つ人間が育つ。そして、「異なる」集団を比較的同化しやすい能力を持つことから、自らの地域を拡大、所謂「帝国」化する傾向が生まれる。
非対称共同体家族
インド南部を領域とする、カースト制を支える家族形態である。母系的内婚が優先され、父系での内婚が禁じられているこの家族制度では絶対的な差異という価値観が共有され、それがカースト制の土台となっている。また女性の地位が比較的高く、識字率も非常に高い。
アノミー的家族
ビルマ、タイ、カンボジア、ラオス、マレーシア、フィリピンなどの東南アジア諸地域、及びインディオの家族形態であり、親子関係と兄弟関係が共に不安定なため、人々は共同体主義と個人主義の迫間で生きることになる。このことは政情不安にも繋がり、トッドはポル・ポト率いるクメール=ルージュによるジェノサイドがこれに関連する現象と指摘している。

 トッドは、さらに、単なる分類論から歴史的発展論へと論旨を展開している(上図「ユーラシア大陸の主な家族類型」参照)。

 すなわち、家族システムの世界分布を説明するため、柳田国男が提唱した「方言周圏論」(図録7720参照)、中尾佐助がナットウのアジア分布を説明するため採用した「エージ・アンド・エリアの仮説」(図録0432参照)と同様の理論展開を行っている。

 「方言周圏論」とは、方言の語や音などの要素が文化的中心地から同心円状に分布する場合、外側にあるより古い形から内側にあるより新しい形へ順次変化したと推定するものである。すなわち上の「ユーラシア大陸の主な家族システム」の分布図から、核家族が人類の原初的な家族システムであり、直系家族、さらに共同体家族が歴史的に新しく登場し、原初的なシステムが大陸の縁辺に残存しているととらえているのである(エマニュエル・トッド「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」)。

 熊野聰「ヴァイキングの歴史」(創元社)によれば、ヴァイキングに特徴づけられる北欧初期社会は、「国家や共同体から与えられたり保護されたいするのではなく、農民自身が武装によって守り、農民自身が労働し、用益することを通じて所有される農場」(p.273)を基礎に不足する労働力を奴隷で補完する農民社会だった。 「ヴァイキング船と古典古代のガレー船の違いは、社会の違いをよく反映している。どちらも帆と櫂によって進むが、ガレー船は甲板によって船が二つの身分に分割されている。船倉には櫂で漕ぐ下層民、囚人、奴隷がおり、甲板上で戦う戦士は、自由な土地所有者である。ヴァイキング船は固定した甲板をもたず、漕手の座るべきベンチさえない。漕手は各自の食糧、衣類、武器などを入れた荷物箱をおいて、それに腰かけて漕いだ。漕手がすなわち戦士だった。彼らは奴隷を所有もするが、みずからも勤労する自由な小土地所有者なのである」(p.274)。なお、奴隷は戸主がヴァイキングに出掛けて不在の時、家や農牧業を家族とともにまもるために必要だった。

 「北欧初期社会は、北欧中世に非村落的、非封建的性格を与えた。そのことは今度は、北欧近代の特質形成に作用したに違いない。(中略)もちろん1個人の独立をさす現代の個人主義と、経営体としての家を単位とするヴァイキング社会の個人主義はストレートに同じなのではない。しかしアジア的共同体とも、中世西ヨーロッパの村落および都市共同体とも異なる、独立した主体の連合としてのゲルマン的共同体の伝統は、今日のスカンディナヴィア型個人主義の原型ではないか」(p.276〜277)。

 北欧諸国は、もっとも原始的な社会の個人主義的な特質を保持しているからこそ現代社会にもっとも適合的だという考え方であり、エマニュエル・トッドが前掲書で繰り返し米国や英国の先進性の根拠を古い家族システムの保持に求めているのと同様の論旨だととらえられよう。

(2022年6月18日作成、6月19日各分類の解説追加、11月9日「ユーラシア大陸の主な家族システム」分布図、12月28日インド・ケララ州、キューバの例、表内絶対核家族解説、12月15日「欧州における家族類型」分布図追加、2023年2月6日熊野聰氏引用)