主要国の自殺率(人口10万人当たりの自殺数)について、20世紀初頭からの長期推移をグラフにした。データは厚生省資料OECD.Stat(オンラインデータベース)による。

 対象国は、日本、韓国、オーストラリア、米国、カナダ、フランス、ドイツ(西ドイツ)、イタリア、英国、ハンガリー、スウェーデン、ロシアの12カ国である。なお、以下で世界一とはこの12カ国中である。

 コロナ禍の世界的影響については2020年値が日韓でしか得られないので明確ではないが、日本は上昇、韓国は低下となっている。

1.日本の自殺率の長期推移

 日本の自殺率は1936年までは20人前後で緩やかな上昇傾向にあった。1937年の廬溝橋事件以降の日中戦争、そして太平洋戦争の時期には、急速に自殺率は低下し、戦前戦後を通じ最低レベルとなった。国家総動員法(1938年制定)下で自殺どころでなかったとも考えられる。

 終戦後、高度成長が本格化するまで日本の自殺率は25人と世界一となった。社会保障が整備される以前であることから高齢者の自殺率が高かったことと戦後の価値観の大きな転換の中で若者の自殺率が急増したことが原因である(図録2760参照)。1958年の自殺率25.7人は過去最高の値である。その後の高度経済成長の中で、1959年国民健康保険法施行、1961年国民皆年金などの社会保障制度の充実や1960年所得倍増計画に代表される経済成長目標の国民的普及により、自殺率は、15人前後への低下した。国民全体で明るい夢を抱いていた時代だったといえよう。

 その後、1973年のオイルショック前後から自殺率は上昇に転じた。余り注目されなかったが、1983年の景気後退は自殺率の急増(前年の17.5人から21.0人へ)を招いた(図録4400、図録2740-1参照)。現在から振り返るとこれは1998年の自殺率急増の先駆だったといえる。自殺率が高い時期がしばらく続いたが、1990年前後のバブル景気の中で、自殺率は再度低下した。

 1997年秋の三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と立て続けの大型金融破綻事件がきっかけとなり、98年の5月にかけて失業者が急増し、自殺率も、97年から98年にかけて18.8人から25.4人へと急増した。このときは自殺者数も前年の2万3千人台から、一気に、3万1千人台へと急増したこともあって、社会的に大きく注目を浴びた(図録2740参照)。

 長期的に観察すると、順位的に見て日本は戦前から世界の中でも基本的に自殺率の高い国であったのであり、@戦時期、A高度成長期、Bバブル期という3つの精神的高揚期に自殺率が低くなったと考えた方が自然である。@とBの時期の直後にはそれぞれの期の夢から醒めた反動として自殺率が急騰したと考えることができる(図録2758参照)。

2.国際比較(単年次の99カ国比較は図録2770参照)

 国際比較をすると、自殺率世界一の国も時代によって変遷している点が、まず、目立っている。第1次世界大戦まではドイツ、フランスが最も自殺率が高く、第1次と第2次の世界大戦のいわゆる「戦間期」には、ドイツが断然一位の国であった。ドイツの1次大戦後に成立したワイマール体制は社民党主導といいながら帝政派、右翼、旧軍、官僚組織を存続させ、ベルサイユ体制による国際圧力とあいまって、急速に右翼勢力の台頭を許し、1929年大恐慌による経済破局を経て、1933年にヒットラー内閣の成立に至った。ワイマール体制が社会の安定に失敗していたことはこの間の自殺率の急騰に如実にあらわれているといえよう。

 終戦直後から日本の高度成長期が本格化する以前には、日本が自殺率世界一となり、その後、日本に代わって、1960年代〜80年代までハンガリーが世界一の自殺率を長く継続した(その間、スウェーデンが欧米先進国の中では第1位となった時期もある)。

 もとから自殺率が低くはなかったロシアであるが、1991年のソ連崩壊後は、ロシアの自殺率が急増し、断然世界一となった。その後、プーチン政権下で資源収入などにより国情は安定し、自殺率も日本を下回るに至っている。

 ロシアの自殺動向については英国エコノミスト誌が世界的な自殺率低下に関する記事のなかで次のように紹介してる(The Economist November 24th 2018、p.56)

「ロシアでは飲酒と自殺は縦に馬をつないだ二頭立ての馬車のように同時に増減を繰り返してきた。アルコール消費は2003年から2016年にかけて半減した。このため、ロシア人の1人当りの飲酒量はフランス人やドイツ人より少なくなっている。ロシア人は健康的なライフスタイルを採るようになり、ビールのマーケットシェアは上がり、蒸留酒は下がっている。

 自殺と飲酒は同時進行であるがともに社会的な混乱が原因であろう。ソ連崩壊前にも、しかし、少なくともある程度はアルコールは自殺にむすびついていた。1985年にゴルバチョフ氏はアルコールの生産と流通に厳しい規制を課した。ウォッカの売り上げは1984年から86年にかけて半減した。その時期、男性の自殺率は41%低下し、女性の自殺率も24%低下した。ソ連の崩壊でアルコールの国家独占は廃止され、規制は崩れた。アルコール消費と自殺はともに激増した。

 国家の介入は多分部分的には最近の自殺率の低下を説明する要因となっている。2006年にアルコールの生産流通に対する新制度が価格を上昇させた。統計分析によれば、こうした規制が男性の自殺率を9%程度下げ、年4000人の命が救われている。スロベニアにおいては2003年に同様の政策が採用され、10%程度の下落にむすびついている」。

 米国、英国、カナダ、オーストラリアといったプロテスタント国、及びイタリアは、以上の国々と比較すると、比較的低い自殺率水準で推移している。

 米国は自殺率が低い反面、ほとんど自殺行為ともいうべき極端な肥満によって多くの人間が命を落としている状況については、図録8800参照のこと。もっとも、近年、米国の自殺率はOECD諸国の中で例外的に上昇している。銃器による自殺が多い点がこれと関連して言及されることが多い(図録2747参照)。

 日本の高度成長期には自殺率が急減したのと対照的にドイツやスウェーデンでは1960年代〜70年代に自殺率が上昇している。スウェーデンでは戦後、1970年まで自殺率が上昇したが、これは、高度経済成長を実現するため女性の就業を急拡大させたため女性を家庭から奪われ、「家庭の崩壊」が進んだためといわれる(同時期、離婚率、犯罪率も上昇)。その後、家庭機能の劣化を国家の福祉政策により埋めるスウェーデン・モデルが確立し、再度、自殺率は減少していったとされる(北岡孝義「スウェーデンはなぜ強いのか」(2010年、PHP新書)、図録1505参照)。

 ヨーロッパ主要国、ドイツやスウェーデンの自殺率が、その後、低下傾向を辿る中でフランスの値の相対的な高さが目立つようになっている。2009年9月には、フランステレコムで前年2月以降の自殺者の数は23人に上ったことが大きなニュースとなり、パリにあるオフィスの顧客サービス部署の4階から飛び降りて自殺した23人目のステファニーさんが自殺の理由として父親宛のメールで「部署の再編成が許せない。新たな上司のもとで働くくらいなら死んだほうがまし」と述べたことが報じられた(AFPBB News 2009.9.19)。英エコノミスト誌も、驚くべきは同社の自殺率は国全体と同じ水準であり、労働時間が短く労働者保護も手厚いフランスで何故高い自殺率?やはり職場の不安定、人間関係の崩壊が原因かと論評している(October 10th 2009)。フランスの労働時間は図録3100、フランスのメンタルヘルスやストレスが深刻な状況は図録21403274参照。ただし、2010年代に入ってフランスの自殺率は低下傾向にある。

 韓国の自殺率は低い水準であったが、1990年代に上昇しはじめた。特にアジア通貨危機後の1998年に急増し、その後、落ち着いたが、最近、再度、上昇が続き、ついに日本を抜き、そして、2007年からはOECD諸国最高値を示すこととなった。合計特殊出生率の急落とともに社会の変化が急であることがうかがわれる(合計特殊出生率の急落は図録1550参照。2010年の俳優パク・ヨンハの自殺を巡るコメントは図録2770参照)。

 なお、2012年の急落は韓国政府が猛毒の除草剤「パラコート(グラモキソン)」の販売を制限したためという。「保健福祉部(省に相当)によると、11年11月に農薬の製品登録が取り消されたことから、12年の農薬服毒自殺者は前年に比べ18.5%減少した」(livedoor-朝鮮日報2017.5.19)。「韓国では2011年にパラコートが禁止されたが、その後2年間の自殺減少の半分はそのためだと見なされている」(The Economist November 24th 2018)。

 しかし、その後も韓国の自殺率は低下傾向にある。

 各国の自殺率はその国固有の事情で変動を繰り返しているが、ほとんどの国でシンクロナイズした減少傾向が見られる時期がある。すなわち1914年〜18年の第1次世界大戦、及び1939年〜45年の第2次世界大戦の時期である。世界大戦が各国社会に対して共通の大きな影響を及ぼしていたことが如実にうかがわれるデータである。

(2005年10月29日収録、2006年9月26日日本・韓国更新、2009年11月11日更新、2011年8月26日更新、2013年1月17日更新、日本の自殺率の長期推移についてのまとめコメント追加、2014年2月12日更新、6月13日ロシア更新、2015年3月28日更新、10月16日更新、2017年5月19日更新、韓国コメント更新、2018年4月20日更新、2019年2月22日更新、2月23日英エコノミスト誌によるロシアの自殺動向、2月24日韓国パラコート禁止の効果、2021年1月15日更新、10月16日更新、2023年2月7日更新)


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