世界価値観調査では、シュワルツ(Schwartz)の価値理論にそって、以下のような設問を設けている。 設問の内容
(注)英語はSchwartzの10個の基本価値。日本の調査票ではさらに「L 無駄な出費を避け、必要なことだけにお金をかけること」が設けられているが国際比較はできない。
日本の結果を項目別の値の高い順(Fの値がある場合はEは省いて順位づけ)で示すと、JCAIFKGDHB となっている。上位3位は、上から環境配慮、安全確保、創造的・自分流である。下位2位は、下から裕福、刺激生活である。こうした順番で種々の価値を重視しているように見える。日本の特徴と共通な国を挙げてみると以下である。
裕福や刺激生活を重視していない点は世界共通のところがある。上位項目で日本との共通点が目立つ国はないようだ。図を見ても分かるとおり、世界的にはC(安全確保)、F(社会・周囲を助ける)、K(伝統・宗教・家族)を上位に挙げる国が多いが、日本はC(安全確保)は上位だがその他はそれほど上位に来ていない。 なお、それぞれの価値の相対的重視度から日本人の価値観の特徴を探り、自然環境重視の程度を各国比較した分析を図録9516に掲げているので参照されたい。 この設問は、項目間の順位を分析すると各国民の価値観を訊ねているようにも見えるが、同じ項目を各国間で比較すると、むしろ、そうした価値をどれだけ実現できているかについての意識、すなわち自負心の程度を調べる結果となっている。 例えば、「A 新しいアイデアを考えつき、創造的であること、自分のやり方で行うことが大切な人」に自分が当てはまると回答した割合の上位3位は、ナイジェリア、ガーナ、キプロスであり、下位3位は、日本、モロッコ、オランダである。米国人も44位と低い方である(下の図参照)。この結果から、上位3位の国民が「創造的・自分流」の価値観を強く抱いており、下位3位の国民や米国人にはそうした価値観が薄いと考えるのは、いかにも無理がある。むしろ、上位の国民はそうした価値に沿って行動している点に自負心をもっている程度が高く、逆に、下位の国民は、自負心が低い、あるいは自己評価が厳しいと考えた方が妥当である。上位の国では評価基準がそれほど高くないので誰でも自分がそうだと思えるのに対して、下位の国は評価基準が厳しいので自分はとてもその域に達していないと判断する人が多いのであろう。ある意味では、そうした価値観を強くもっているのは下位の国民なのである。 こうした見方で、AからKまでの11個の設問項目の結果を見てみると、日本はそのうち何と8項目で世界最下位となっている点が目立っている。日本人は世界の中でも「最も自負心が低い国民」、または「最も自分に厳しい国民」、あるいはさらに「最も控え目な国民」ということが出来るであろう。 日本人と最も良く似たパターンはオランダ人である。オランダ人の順位は日本に次ぐ2番目の低さを示しているのが5項目、日本を上回る最下位が1項目となっているのである。ドイツも日本、オランダと類似している。 ドイツ人は「E 周囲の人を助けて、幸せにすることが大切な人」に当てはまると答えた人がこの設問の回答国28か国中最も少ない。ドイツ人はこうした価値観が最も薄い国民とはいえまい。明らかにこうした価値観に対して自己評価が厳しい国民なのだと考えるのが妥当である。 逆に、自負心が強いことで目立っているのは、ナイジェリア、ガーナなどのアフリカ諸国、あるいはカタールなどの中東諸国、ブラジルなどのラテンアメリカ諸国である。概して先進国より途上国の国民の方が自負心が強いといえる。 自負心の強さという点で私が連想するのは、古代ローマの独裁者スラが自ら撰んだとされる次のような墓銘碑である(岩波文庫版河野与一訳プルターク英雄伝(六)p.210)。 「自分に善を施した友人も自分に悪を加えた敵も自分の方からした行いには及ばない」 大人になる過程で知らず知らずに秩序や道義の中で生きるようになる現代人にはとても吐けないセリフだと意表をつかれたことを思い出す。途上国には今でもこんな精神で生きている者が結構多いのかも知れない。日本人でも戦国時代のかぶき者の武将なら同じようなことを言ったかも知れないが、現代日本人はそんな世界から最も遠くにいるのである。 日本人は何事に関しても、世界の中でも「最も自負心が低い国民」、または「最も自分に厳しい国民」、あるいはさらに「最も控え目な国民」だと上に述べた。どうやらそうした特性はかなり以前からものであるようだ。 兼好法師は「徒然草」の中で以下のように語っている(第167段)。 他に勝ることのあるは、大きなる失なり。品の高さにても、才芸のすぐれたるにても、先祖の誉にても、人に勝れりと思へる人は、たとひ言葉に出でてこそ言はねども、内心にそこばくの咎あり。慎みて、これを忘るべし。痴(おこ)にも見え、人にも言ひ消(け)たれ、禍をも招くは、たゞ、この慢心なり。一道にもまことに長じぬる人は、自ら、明らかにその非を知る故に、志常に満たずして、終に、物に伐(ほこ)る事なし。 日本人の自負心の低さは求道者的な職人気質から来ていると思われる。道を求めていると現状には満足できないからである。道を究めた人は物にほこることがないと兼好法師は述べている。自負心が高いのは「大きなる失なり」とも言っている。 この図録の内容に関し「日本人は自負心の低さが、現状に満足しない向上心を生み出しているのかとも思いました」と感想を述べた研究者がいるが、その通りなのだと思う。こうした日本人の国民性の由来が鎌倉仏教にあるという寺西重郎氏の説については図録9464a参照。 下に各設問の上位下位トップ国と特定国の順位の一覧表とAとHについての散布図を掲げた。 上位下位トップ国と特定国の順位
20代に関してこの調査結果を取り上げ、「世界一「チャレンジしない」日本の20代」と報じられている(ここ)が、それは妥当ではなかろう。もしチャレンジしない点を指摘するとしたら日本人全体なのである。日本の29歳以下の「まあ当てはまる」以上の割合を見てみると45.9%と国民全体の35.0%に対して1.31倍となっている。45.9%という割合は全体と同じく世界最低であるが、若者の対全体比率である1.31倍はむしろ世界第2位の高さなのである。日本人全体の自負心の低さ、あるいは控え目さの中で若者は、むしろ、相対的に積極的なのである。
内閣府は、日本、韓国、米国、英国、ドイツ、フランス、スウェーデンの7カ国の13〜29歳の男女を対象に「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」を2013年に実施しており(旧世界青年意識調査)、その結果が公表されている(ここ)。そこにあらわれている日本の青年の意識は、他国の青年と比較して、ほとんどすべての面で、意識が消極的で、誇りが薄く、生活の満足度が低いというものであり、図録への掲載のため見ては見たものの、「ほんとかいな」と疑われ、とても、図録に掲載することがためらわれるものばかりであった。この図録を作成して、はっきりした訳であるが、実は、若者の意識が低調なのではなく、日本人の意識が低調なのであり、若者の相対的意識はむしろ高いぐらいなのである。また低調というマイナス評価はいつでも控え目さ、あるいは自己評価の厳しさというプラス評価に引っくり返る性格のものなのである。意識調査分析の陥りやすいワナとして、自戒を込めてここで指摘しておく。 対象国は世界60カ国であり、英語名のABC順に、アルジェリア、アゼルバイジャン、アルゼンチン、オーストラリア、バーレーン、アルメニア、ブラジル、ベラルーシ、チリ、中国、台湾、コロンビア、キプロス、エクアドル、エストニア、ジョージア、パレスチナ、ドイツ、ガーナ、香港、インド、イラク、日本、カザフスタン、ヨルダン、韓国、クウェート、キルギス、レバノン、リビア、マレーシア、メキシコ、モロッコ、オランダ、ニュージーランド、ナイジェリア、パキスタン、ペルー、フィリピン、ポーランド、カタール、ルーマニア、ロシア、ルワンダ、シンガポール、スロベニア、南アフリカ、ジンバブエ、スペイン、スウェーデン、タイ、トリニダードトバゴ、チュニジア、トルコ、ウクライナ、エジプト、米国、ウルグアイ、ウズベキスタン、イエメンとなっている。 (2016年3月23日収録、3月24日分析補訂、2023年1月6日徒然草引用)
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