温泉宿泊施設の宿泊能力と実際の宿泊客数の推移を図に掲げた。宿泊能力は戦後から2006年の143万人のピークまで増加、宿泊客数は1992年の1億4,300万人(全国民が1年に1回以上温泉宿泊旅行をしたという勘定)のピークまで増加、その後、横這いないし停滞傾向にある。

 戦後の推移を概観すると、宿泊客数が大きく伸び、これに追いつくように宿泊能力が拡大するという動きが、大きく2回起こったことが図からうかがえる。棒グラフと折れ線グラフは目盛りがちょうと100倍違うので、2つが近接すれば宿泊能力1人あたり延べ100人の宿泊客(つまり稼働率100/365日=27%)の水準である。折れ線グラフが棒グラフを上回るほど稼働率がよく、儲かっていたと見られる。

 1回目は高度経済成長期の1960年代の旅行ブームにともなう宿泊客数の増加である。特に1961年はレジャーブームの年であり、スキー客、登山客とともに温泉宿泊客も大きく増加した。この時期の典型的な温泉旅行パターンは会社の慰安旅行である。こうしたブームに対応して宿泊能力も拡大したが、1973年のオイルショックを境に、宿泊客は停滞し、稼働率は落ちた。

 2回目は1985年頃からの温泉ブームである。この時は、OL・女子大生など女性客の少人数旅行がブームとなり、露天風呂に人気が出た。テレビでの秘湯ブーム(1982年)も追い風となった。1988〜89年竹下内閣の「ふるさと創生1億円事業」がこのブームを受けた温泉施設整備を促進した。こちらのブームはバブル経済の崩壊で沈静化したが、その後もバブル期のリゾート開発ブームの余勢で施設能力は拡大を続けたので、稼働率は2000年頃から27%を下回り、最近は最悪の稼働率状況となっている。外国人観光客の増加もこうした状況の挽回には至ってないようである。2011年は東日本大震災の影響もあって減少したが、2012年、13年と2か年続けて対前年増となっている。これは、震災の影響からの回復か、それとも外国人客の影響だろうか。

 近年も温泉ブームがまきおこっているが、これは都市温泉など日帰り温泉施設の充実が中心であり、温泉宿泊施設にとってはむしろ競合の側面が否めないと考えられる。

 以下には東京新聞大図解に掲載された「文人の愛した温泉」を表にまとめた。都市温泉では味わえない温泉情緒の一部をなすこうした歴史文化的側面が第3の温泉ブームにつながるかは定かでない。

文人の愛した温泉
  地域 市町村 温泉 旅館 文人 温泉関連作品、備考
1




登別市 登別温泉   与謝野晶子 全国100以上の温泉を訪問、旅稼ぎ
2 風間浦村 下風呂温泉郷 長谷旅館 井上靖 「海峡」
3 湯沢市 秋の宮温泉郷稲住温泉 稲住温泉 武者小路
実篤
家族とともに疎開
4 花巻市 花巻温泉郷大沢温泉 大沢温泉 宮沢賢治 水車から湯船にゴミを流す学生時代のイタズラ
5 花巻市 花巻温泉郷鉛温泉 藤三旅館 田宮虎彦 「銀心中」
6 川崎町 青根温泉 湯元不忘閣 山本周五郎 「樅の木は残った」
7 鶴岡市 あすみ温泉 瀧の屋 横光利一 「夜の靴」
8 いわき市 いわき湯本温泉 新つた 野口雨情 芸妓置屋で暮らし入浴と食事を報酬に宿の帳簿付けを手伝う
9




塩原市 塩原温泉郷福渡温泉 和泉屋旅館 山岡荘八 「徳川家康」執筆開始
10 渋川市 伊香保温泉 千明仁泉亭(ちぎらじんせんてい) 徳富蘆花 「不如帰」、伊香保温泉街には徳富蘆花記念文学館、竹久夢二伊香保記念館がある
11 厚木市 七沢温泉 福元館 小林多喜二 特高の目を逃れ「オルグ」を執筆
12 湯河原町 湯河原温泉 伊藤屋 島崎藤村 夫婦でくつろぐ
13 湯河原町 奥湯河原温泉 加満田(かまた) 小林秀雄 「ゴッホの手紙」、文壇史上初の”缶詰”のもとに執筆。小林の他、水上勉、石川達三も定宿利用
14 甲府市 甲府湯村温泉郷 旅館明治 太宰治 「正義と微笑」「右大臣実朝」
15 身延町 下部温泉 古湯坊 源泉館 井伏鱒二 趣味の川釣りの拠点として利用
16 山ノ内町 角間温泉   林芙美子 家族と疎開、「ようだや」で執筆
まえ
がき
山ノ内町 上林温泉 山の湯 壺井栄 「二十四の瞳」執筆
17 松本市 白骨温泉 湯元斎藤旅館 中里介山 「大菩薩峠」
まえ
がき
松本市 上高地温泉 上高地温泉ホテル 高見順など 高見順、尾崎一雄、斎藤茂吉らが訪問
18 湯沢町 湯沢温泉 高半 川端康成 「雪国」
19
熱海市 熱海温泉   尾崎紅葉 「金色夜叉」、海岸には”お宮の松”、”貫一・お宮の像”
まえ
がき
伊豆市 修善寺温泉 新井旅館 芥川龍之介
ほか
芥川龍之介、岡本綺堂、船橋聖一らが滞在
20 伊豆市 天城温泉郷湯ケ島温泉 白壁荘 井上靖 幼少期から親しむ
21 伊豆市 天城温泉郷湯ケ島温泉 湯本館 川端康成 「伊豆の踊子」、取材地・執筆地
22 河津町 湯ケ野温泉 福田家 川端康成 「伊豆の踊子」
23 伊豆市 土肥温泉 玉樟園新井 花登筺 「細うで繁盛記」
24



能美市 辰口温泉 まつさき 泉鏡花 「海の鳴る時」
追加 加賀市 山代温泉 吉野屋ほか 北大路
魯山人
逗留して風流人と交流、香箱ガニや甘海老、くちこ、鴨、猪などの味を覚える
25 高山市 奥飛騨温泉郷新穂高温泉 中崎山荘 井上靖 「氷壁」、新田次郎「白い壁」にも登場
26 あわら市 芦原(あわら)温泉   水上勉 「越前竹人形」
27 菰野町 湯の山温泉 寿亭 志賀直哉 「菰野(こもの)」
28 西尾市 吉良温泉   尾崎士郎 「人生劇場」
29 豊岡市 城崎温泉 三木屋 志賀直哉 「城の崎にて」、「暗夜行路」
30






山口市 湯田温泉 西村屋 中原中也 生家近傍。結婚式を挙げる
31 松山市 道後温泉 道後温泉本館 夏目漱石 「坊ちゃん」
32 玉名市 小天温泉 前田家別邸 夏目漱石 「草枕」
まえ
がき
阿蘇市 阿蘇内牧温泉 養神館 夏目漱石 「二百十日」
33 別府市 別府温泉   三島由紀夫 新婚旅行で”地獄めぐり”
34 別府市 別府温泉   田山花袋 「温泉めぐり」、文壇随一の温泉通の全国温泉紹介
 (注)山代温泉は当図録で追加
 (資料)東京新聞大図解「文人の愛した温泉」2011年12月25日

(2012年3月10日収録、2015年3月12日更新、2021年12月9日更新)


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