イノベーションが持続的に起こる高度技術産業集積地域は、世界で、あるいは国内の中でも均一に分布しているわけではない。ハイテク地域、あるいは産業と大学や都市生活との融合の意味をもたせてテクノポリスとも呼ばれるこうした先進技術地域の世界的な分布を一望しうるデータがないかと探していたが、OECDの特許データを分析したデータ集(Compendium of Patent Statistics 2008)の中に見付けたので、これをもとに図録を作成した。

 データはPCT(特許協力条約)に基づく特許の国際出願数によっている。データの性格を理解しておく必要があるだろう。

 発明を保護する特許権は各国毎に生じ、各国毎に保護されることになっている(工業所有権の保護に関するパリ条約における「各国特許の独立」の原則)。ただ、例えば日本で出願した特許が認められて登録されるまでには時間がかかる。同じ特許を米国にも同時に出願すればよいわけであるが、半年出願が遅れた場合、その間に別の者が同じ特許を米国で出願してしまうと米国ではその特許をとれないことになる。そこでパリ条約では、特許に関する同盟を組んだ国同士なら、1年間の優先権を認めることにした。これは1年以内に米国にも出願し、日本で特許が認められれば、日本の出願日が米国においても有効となる仕組みである。

 ところが1年間の優先権では短すぎるという課題が生じた。出願人は日本で特許出願して認められてから他国(複数)にも出願しようとする。そもそも認められないような特許を他国に出願しても認められない可能性が高く、手間や特許出願手数料がムダになるからである。にもかかわらず特許を出願して1年以内に審査を通って認められることは期待できない。そこでPCT国際出願制度ができた。これにもとづき国際的に定められた手続きをすれば、1年の優先権が2年半(30か月)に延長できるのである。国際出願は所定の受理官庁(原則としてその国の特許庁)に提出される。そして複数の国を指定して国際出願を行った後にそれらの国での特許出願手続きに移行し、各国で認められればPCT国際出願日が各国の出願日と見なされるわけである。

 こうして、PCT国際出願されている特許のデータベースができることとなった。PCT国際出願が多くの国で普及したのでこのデータベースにより国際的な特許動向が分析できることとなったのである。PCT出願数は各国の発明活動の活発さをあらわす一つの指標となっている。

 PCT出願数からみた世界のトップ60地域のランキングについては、第2位のシリコンバレーを押さえて、東京が第1位となっているのが目立っている。

 トップ5位を掲げると、

1.東京(日本)
2.シリコンバレー(米国)
3.ニューヨーク周辺(米国)
4.ボストン周辺(米国)
5.ソウル首都圏(韓国)

であり、米国ではシリコンバレー以外にもテクノポリス地域が多く存在している点、韓国がヨーロッパの主要地域を押さえて世界ランキング5位に入っている点が注目される。

 日本は首都圏への集中が著しく、神奈川、埼玉、千葉といった周辺県を合わせると圧倒的な集積となっている。研究開発拠点は地方にあっても本社を居住地として発明の出願が行われる影響もあると考えられる。

 ヨーロッパでは、ドイツのシュトゥットガルト、ミュンヘン周辺、パリを中心とするイルドフランス、オランダの北ブラバンドなど複数のテクノポリス地域を頂点に多くの拠点が分布している。

 分野別のトップ地域を見ると、分野によって、イノベーションの拠点地域は、異なることがうかがわれる。

 情報通信分野では、主要なテクノポリスが顔を並べるほか、中国の広東省、イスラエルといった研究開発拠点も上位に食い込んでいる。

 ナノテクノロジーやバイオテクノロジーでは、東京を押さえてシリコンバレーが第1位となっている点が目立つ。また、環境分野を代表する再生可能エネルギーでは、デンマークが首位となっているのが目立っている。

 一方、自動車の排ガス分野では、シュトゥットガルト(ダイムラー、ポルシェ、ボッシュ)、愛知(トヨタ)、埼玉(ホンダ)といった欧州及び日本の自動車産業の主要集積地が上位を占めている。この分野で米国が顔を出していない点にはビッグ3の凋落がうかがえる。

 なお、地域名の原表示は図の表示の順に以下の通りである。
 シリコンバレー(San Jose-San Francisco-Oakland)、ニューヨーク周辺(New York-Newark-Bridgeport)、ボストン周辺(Boston-Worcester-Manchester)、ロサンゼルス周辺(Los Angeles-Long Beach-Riverside)、ミネアポリス周辺(Minneapolis-St. Paul-St. Cloud)、サンディエゴ周辺(San Diego-Carlsbad-San Marcos)、シカゴ周辺(Chicago-Naperville-Michigan City)、フィラデルフィア周辺(Philadelphia-Camden-Vineland)、ワシントン周辺(Washington-Baltimore-Northern Virginia)、デトロイト周辺(Detroit-Warren-Flint)、シアトル周辺(Seattle-Tacoma-Olympia)、ヒューストン周辺(Houston-Baytown-Huntsville)、ダラム周辺(Raleigh-Durham-Cary)、アトランタ周辺(Atlanta-Sandy Springs-Gainesville)、ダラス周辺(Dallas-Fort Worth)、ポートランド周辺(Portland-Vancouver-Beaverton)、デンバー周辺(Denver-Aurora-Boulder)、クリーブランド周辺(Cleveland-Akron-Elyria)、ロチェスター周辺(Rochester-Batavia-Seneca Falls)、フェニックス周辺(Phoenix-Mesa-Scottsdale)、オースチン周辺(Austin-Round Rock)、ハートフォード周辺(Hartford-West Hartford-Willimantic)、オンタリオ州(Ontario)、ケベック州(Quebec)、東京(Tokyo)、神奈川(Kanagawa)、大阪(Osaka)、愛知(Aichi)、埼玉(Saitama)、千葉(Chiba)、京都(Kyoto)、茨城(Ibaraki)、兵庫(Hyogo)、静岡(Shizuoka)、ソウル首都圏(Capital region (Seoul - Incheon- Gyeonggi-do))、忠清道(Chungcheong region)、広東省(中国)(Shenzhen - Guangdong)、シュトゥットガルト(Stuttgart)、ミュンヘン周辺(Oberbayern)、ケルン(Koln)、ダルムシュタット(Darmstadt)、デュッセルドルフ(Dusseldorf)、カールスルーエ(Karlsruhe)、フライブルク(Freiburg)、ラインヘッセン・プファルツ(Rheinhessen-Pfalz)、ニュルンベルク周辺(Mittelfranken)、チュービンゲン(Tubingen)、イルドフランス(ile de France)、ローヌ・アルプス地域圏(Rhone-Alpes)、南東イングランド(South East (England))、東イングランド(East of England)、ロンドン(London)、北ブラバント州(オランダ)(Noord-Brabant)、デンマーク(Denmark)、ヘルシンキ周辺(フィンランド)(Etela-Suomi)、ミラノ周辺(イタリア)(Lombardia)、ストックホルム(スウェーデン)(Stockholm)、シドニー周辺(New South Wales)、ビクトリア州(Victoria)、イスラエル(Israel)。
 分野別で上と重複しない地域は、いずれもドイツの3地域、すなわちヴェーザー・エムス(Weser-ems)、シュレースヴィッヒ・ホルシュタイン(Schlewig-Holstein)、オーベルプファルツ(Oberpfalz)である。

(2009年11月20日収録)


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