地震調査研究推進本部は1995年の阪神大震災が起きた後、創設された。関西で大きな地震が起こるとは思わなかったという声に応えて、注意喚起のためここで取り上げた予測地図が2005年に初めて作成された(東京新聞「こちら特報部」2016年6月18日)。2010年までは毎年更新、それ以降は活断層の評価を変更するごとに更新することとなったが、最近は実際に大きな地震が起こる度に地震予測にかかる知見が新たとなるため毎年のように更新されている。ただし最新版は2年後の2020年版である。 図に掲げた61地点の大地震確率の単純平均を算出してみると見直しの度に毎年上がっており、不気味な情勢変化となっていた。 従来から地震確率の低かった熊本で2016年4月に大きな地震が連続して起こり、2016年6月16日には確率0.99%の函館で震度6弱の地震が発生したことから、この地震確率はあくまで確率に過ぎない点が反省されている。日本には0%の地点はなく、そうであれば地震が全く起こらないと考えれる場所はないのである。また、地震確率の発表の効果として、地震確率の高い地域での防災への取り組み促進というより、低い地域での取り組み抑制という側面があるのではないかとも反省されている。 地震確率が高いのは、@活断層だけでなく地震が起こるプレート境界が複雑に重なっている首都圏、A南海トラフ巨大地震が懸念される西日本の太平洋岸、B千島海溝沿い巨大地震が懸念される北海道東部、などとなっている。 各地点の地震確率は地盤の固さと揺れの関係も考慮して計算されており、地盤の性質上、揺れが抑えられる東京都庁の確率は首都圏の中で相対的に低くなっている(東京新聞2018.6.27)。 250メートル四方ごとの確率や想定地震の内訳などはウェブサイト「地震ハザードステーションMAP」で確認できる。 なお、それぞれの確率がどの程度の確率かを判断するために、表示選択で、過去の地震動予測地図の公表時に参考資料として付されていた自然災害・事故等の30年発生確率の計算結果を示しておいた。 地震動予測については、予測後に発生した大地震の震源地を地図に落とし込むと、低確率の地域ばかりで起きたことが分かる(下図参照)。全国の確率は多くて10回以下の過去の記録を基に値を出しており、さまざまな不確かさを含む。こうした確率が、あたかも確実な数字のように独り歩きして、地域の防災対策の予算獲得や企業誘致の安心材料に使われ、場合によっては低確率地域での「油断」も生んでいる可能性があり、確率予測を続けるべきかの議論も起っている。 さらに東京新聞は、南海トラフ地震の発生確率が他地域と異なる「時間予測モデル」を使い高い確率となっているのは科学的というより、地域の防災対策予算獲得などの政治的動機によるのではないかと告発しているが、この問題が2024年3月には国会でも取り上げられた。東京新聞記事(2024.3.9)を以下引用する。 「政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が公表している「30年以内に70〜80%」とされる南海トラフ地震の発生確率が、信頼性の疑われる計算式「時間予測モデル」で算出されている問題が8日、国会で初めて議論された。問題を明らかにした東京新聞の報道を基に、参院予算委で日本維新の会の猪瀬直樹氏が質問し、地震本部トップの盛山正仁文部科学相が見解を明らかにした。 猪瀬氏は、時間予測モデルが地震保険料の算出には使われていないことを鈴木俊一金融担当相に認めさせ、「時間予測モデルを金融庁は信用していない。(地震本部は)モデルを検討し直すべきだ」と指摘した。盛山氏は「指摘の点や国会の議論に関しても、(確率を検討する)有識者の方々も含めて共有する」と答えた。 金融庁によると、保険料率の算出は、地震本部が示す発生確率を用いず、平均発生間隔などのデータを踏まえている。 本紙は2019年、時間予測モデルが科学的に問題があることを報じ、今年2月には地震学者が論文で「確率計算にモデルを使うべきではない」とまとめた。南海トラフ地震の確率は、他の地域で用いられている「単純平均モデル」で算出すると「20%」になる」。 2020年版によるコメント
以下日経新聞の記事を掲げる(2021.3.27)。 政府の地震調査委員会は26日、全国各地で震度6弱以上の巨大地震に襲われる確率などを示した「全国地震動予測地図」の2020年版を公表した。今後30年間に強い揺れが襲う確率で、県庁所在地で最も高かったのは水戸市で81%で、徳島市と高知市が75%と続いた。太平洋に面した自治体で確率が高かった。 全国地震動予測地図は、過去に発生した地震の記録や地形が持つ揺れやすさの特徴などを数値で評価して確率を算出する。算出するのは2018年以来。20年版では、関東地方の地盤の詳しい調査結果を計算に反映させたほか、各地方の細かい地形の情報や東日本大震災の余震の記録も加えた。その結果、主に東北で高まった一方、関東では減少した都市が目立った。 東日本大震災の余震など、大きな地震が続く東北地方は県庁所在地6市の平均で約1.17ポイント増えた。仙台市は前回比1.5ポイント増の7.6%、福島市は同2.2ポイント増の9.3%だった。青森市を除く5市で確率が高まった。 発生確率が高まったのは、東日本大震災の余震のデータを計算に加えたのが大きな要因だ。18年版までは東日本大震災の余震データが不十分で、計算から除いてきた。調査委員会の平田直委員長(東京大学名誉教授)は「余震のデータが加わったので東北沖の地震活動が活発だとみられ確率が高まった」と話す。 関東地方は、地盤の固さを評価する手法に新たな計算方法を取り入れたことで、従来よりも地震で揺れにくいと評価された。 【過去年版のコメント】
2018年版によるコメント
政府の地震調査委員会は2018年6月26日、大地震の発生確率を予測した2018年版の「全国地震動予測地図」を公表した。約1週間前の6月18日には大阪府北部地震が発生し最大震度6弱を大阪府大阪市北区・高槻市・枚方市・茨木市・箕面市の5市区で観測し、死者4人、都市ガス供給停止などの大きな被害を出していたのでこの予測に対する注目度も比較的高かった。 同年9月7日に北海道胆振東部で大地震が発生し、厚真町では震度7を記録した。これにともない同町臨海部に立地していた苫東厚真発電所が緊急停止し、この石炭火力発電所が北海道内全体の約半分の電力を供給していたため、道内全体が翌日まで停電に追い込まれる事態となった。 観測された6弱以上の震度は次の通りである。震度7(厚真町)、震度6強(むかわ町)、震度6弱(日高町・平取町・札幌市東区)(NHKニュースウェッブ2018.9.7)。厚真町・むかわ町は胆振総合振興局、日高町・平取町は日高振興局、札幌市は石狩振興局の管内である。 表示選択の地図で見るとおり、震源である胆振東部は、胆振地区の振興局がある室蘭より札幌や岩見沢に近い。これら3都市の大地震発生確率は図録の通りそう高くなかった。今回の地震は未知の断層によって引き起こされた「逆断層型」の地震とされたこともあり(毎日新聞2018.9.7)、発電所の立地評価の困難性が再確認され、同時に、今回も関心が高まった地域別の大地震発生確率の予想の限界が、再度、確認されることとなろう。 予測地図公表時には以下のように報道された。 「今後30年以内に震度6弱以上の揺れが起きる確率は、昨年12月公表の千島海溝沿い巨大地震の長期評価を受け、北海道東部で大幅に上昇。南海トラフ地震の発生が近づいていると予想され、関東から四国の太平洋側は微増が続いた。 千島海溝沿いの根室沖でマグニチュード(M)8前後の巨大地震が30年以内に起きる確率は80%程度、南海トラフ沿いでM8〜9級地震が起きる確率は70〜80%とされ、非常に高い。 都道府県庁がある市の市役所(東京は都庁)や北海道振興局の所在地付近では、今後30年の震度6弱以上確率が釧路総合振興局(釧路市)で昨年の47%から69%に、根室振興局(根室市)で63%から78%に上がった。 全国トップは千葉市の85%で昨年と変わらず、横浜市の82%、水戸市の81%が続く。 大阪北部地震は地図作成基準日が1月1日のため反映されず、大阪市の確率は昨年と同じ56%。近くの断層帯との関係がはっきりせず、来年以降に公表する近畿などの活断層長期評価で検討する」(ヤフーニュース/時事通信2018年6月26日)。 大地震発生確率の高い地域 単位:%
2017年版によるコメント
「政府の地震調査研究推進本部は27日、特定の地点が30年以内に地震に見舞われる確率を示す「全国地震動予測地図」の2017年版(1月1日時点)を公表した。建物が倒壊し始めるとされる震度6弱以上では、千葉、横浜、水戸市役所がいずれも8割を超えるなど、関東、東海から近畿、四国にかけての太平洋側が引き続き高かった。 地図は、地震の起きやすさと地盤の揺れやすさの調査を元に作製した。30年以内の確率で、0.1%以上3%未満は「やや高い」、3%以上は「高い」とされる。昨年6月に公開された16年版と比べ、確率が全国で最も増えたのは、山口県山陽小野田市付近で、3.6ポイント増の17.1%。最も減ったのは岡山県井原市付近で、0.65ポイント減の9.56%。いずれも、中国地方の活断層を7月に再評価したデータを反映した。 太平洋側では南海トラフ地震など海溝型地震の確率が微増。市役所の所在地でみると、千葉85%、横浜・水戸81%、高知74%、徳島72%、静岡69%の順に高かった。 一方、熊本市役所は、熊本地震を引き起こした布田川断層帯・日奈久断層帯に依然、強い揺れを起こす恐れがある区間が残っているため、昨年と同じ7.6%だった。 平田直・地震調査委員長(東京大教授)は「自分の所は安全だと思わず、日本はどこでも強い揺れにあう可能性が高いと考えて欲しい」と呼びかけている」(朝日新聞2017年4月28日)。 250メートル四方ごとの確率や想定地震の内訳などはウェブサイト「地震ハザードステーションMAP」で確認できる。 大地震発生確率の高い地域 単位:%
2016年版によるコメント
「政府の地震調査研究推進本部は10日、今後30年以内に強い地震に見舞われる確率を示す「全国地震動予測地図」の2016年版を発表した。建物倒壊が始まるとされる震度6弱以上の確率では、太平洋側の南海トラフ巨大地震の震源域周辺で、前回の14年版に比べ最大2ポイント程度上がった。 確率はすべて今年1月1日時点。4月の熊本地震の被災地では被害の大きかった益城町で8%と比較的低かったが、マグニチュード(M)7.3の大地震が起きた。同本部地震調査委員長の平田直・東京大教授は「他より確率が低いといって安心できない。危険情報として考えるデータにしてほしい」と話す。 地図は地震の起きやすさと地盤の揺れやすさの調査をもとに作製。3%以上は「高い」、0.1%から3%未満は「やや高い」とされる。南海トラフなどのプレート境界で起こる地震は内陸の活断層の地震より繰り返す間隔が短く、太平洋側の確率が高くなる。 太平洋側では、巨大地震が起きず前回から2年経過した分、地震を引き起こす海側と陸側のプレート境界のひずみが増え、確率が上昇。静岡市で68%など確率が2ポイント高まった。 主要都市では札幌市0.92%、仙台市5.8%、東京都47%、横浜市81%など。14年版とはプラスマイナス1ポイント以内になっている。」(朝日新聞2016年6月11日) 2014年版からの変化としては、長野の13%から5.5%への大きな低下が目立っている。これは「活断層「糸魚川−静岡構造線断層帯」の調査結果を反映させたため、松本市周辺など長野県中部で確率が上がり、それ以外は下がった」という事情による(東京新聞2016年6月11日)。 各地点の地震確率データの捉え方については以下の記事を参照。 「都道府県庁所在地の代表地点で最高だった千葉市の85%というと、約35年以内に1回程度の割合。ただし、85%は千葉市役所周辺の確率。市内でも数値は大きく異なる。函館市も事情は同じで、0.99%は渡島総合振興局の建物がある周辺の数値。政府地震調査研究推進本部の担当者は「震度6弱を観察した地点は3〜8%ぐらいだった」と説明した。 250メートル四方ごとの確率や想定地震の内訳などはウェブサイト「地震ハザードステーションMAP」で確認できる。ホームページの左上の欄に知りたい場所の住所を入力すれば、その地点の情報が得られる」(東京新聞「こちら特報部」2016年6月18日)。 大地震発生確率の高い地域 単位:%
2012年版によるコメント
この予測は毎年更新されることになっているが、東日本大震災が実際に起こったことによる影響を見込むため2年ぶりの公表となった。 基本パターンは静岡、三重がそれぞれ首位、2位である点など2010年版の予測と同じであるが、東日本大震災の影響を取り入れ、余震の可能性を考慮したため、東京で19.6%→23.2%と確率が上昇したほか、水戸市で31.3%→62.3%、千葉市63.8%→75.7%など関東地方を中心に大幅に確率が上昇した地域がある。 大地震発生確率の高い地域 単位:%
この予測値をどう考えたらよいのかについて報告書は最後のしめくくりでこういっている。「確率論的地震動予測地図について注意が必要なのは、たとえ確率値が低くても、それは地震が起きないということを意味するものではないということである。たまたま活断層が見つかっていないなど、情報不足によって現時点では確率が低くなっているという可能性もある。また、平均活動間隔の長い活断層で発生する地震の発生確率は、地震発生直前においてさえも低い。これに加え、ある地点の地震発生確率が低かったとしても、そのような地点が沢山あれば、そのうちのどこかで地震が発生することになる。そして、ひとたび地震が発生すれば、地震の規模によっては、大きな被害が生じることになることに注意が必要である。このような、確率が低い領域における地震動ハザードをいかに表現するかについては、今後十分に検討を行う必要がある。」
2010年版によるコメント
東海・東南海・南海地震は、南海トラフに沿って発生する危険性が大きい一連のプレート境界地震であるが、今後、30年以内の発生確率がそれぞれ87%、60〜70%、60%程度と予測されている(同資料)。 図の中で発生確率が高い地域は、高い順10位までは、静岡、津、奈良、横浜、根室、高知、千葉、徳島、大阪、甲府となっているが、こうした予測には、東海・東南海・南海地震による影響が色濃くあらわれているといえよう。 逆に最も大地震に襲われにくい都市は、県庁所在地の中では、盛岡市であり、これに福島市が続いている。北海道支庁まで含めると上川支庁が最も大地震が起こりにくい。 もっとも2011年3月の東日本大震災では仙台、福島、水戸の震度は6弱だった。図上で他都市より確率が低いからといって地震に見舞われない訳ではない。 30年確率といってもピンとこないので、参考までに、大地震以外の自然災害、あるい事故、病死等の30年確率を参考図に示した。 各県庁所在都市及び北海道支庁の大地震発生確率の単純平均は、21.8%であるが、これは、30年間に交通事故で負傷する確率よりやや低い程度である。最も確率の低い県庁所在地盛岡市の大地震確率0.7%は、ほぼ、30年間に自殺してしまう確率と同等である。 なお、参考図から分かることは、よく言われることであるが、「航空機事故で死亡する確率」は「交通事故で死亡する確率」よりずっと低い。データ的には前者の確率は後者の確率の100分の1である。 最後に、上掲の地域別大地震確率データのもとになった「確率論的地震動予測地図」を以下に掲載する(より明解な図は、地震調査研究推進本部のホームページ)。 (2006年9月27日収録、2012年1月18日更新、12月22日更新、2016年6月11日更新、6月18日コメント追加、2017年4月28日更新、2018年6月26日・27日更新、9月7日北海道胆振東部地震、北海道地区区分図、9月11日北海道胆振東部地震の各地域震度、2021年3月27日更新、2022年3月27日地震発生のメカニズム図、10月23日確率予測を続けるべきかの議論、2024年3月9日国会で取り上げられた南海トラフ地震確率過大評価問題)
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