相撲取り、俳優、ミュージシャン、芸能人などの大麻、覚醒剤、MDMAなど違法薬物の乱用問題や違法ドラッグ、危険ドラッグの弊害が社会問題化してきた。国民全体についての薬物乱用の動向についてどうなっているかを見てみることとする。 国立精神・神経センターでは厚生労働省の補助研究事業として、わが国の飲酒・喫煙・医薬品を含めた薬物使用・乱用・依存状況を把握するため2年毎に「薬物使用に関する全国住民調査」を行っている。対象は15歳〜64歳(2007年以前は65歳以上も)の全国住民5,000人であり、戸別訪問留置法による自計式調査である。回収率は59.0%(2007年)、64.3%(2009年)、63.0%(2011年)、59.0%(2013年)、61.7%(2015年)、58.1%(2017年)となっている。 ここではこの調査の結果から、薬物の乱用状況を図示した。違法薬物を1度でも使うと「乱用」であり、欲しくてたまらない状態は「依存症」である。ここで違法薬物とは、有機溶剤(シンナー、トルエン)、大麻(マリファナ、ハシッシ)、覚せい剤(ヒロポン、シャブ、エス、スピード)、ヘロイン、コカイン(クラック)、MDMA(エクスタシー、エックス)を指している。カッコ内は別名の例。2013年からは危険ドラッグ(脱法ドラッグ)も対象となった。 指標としては生涯経験率(これまで使用したことが1度でもある者の比率)を取り上げた。1年使用率ではサンプルが少なく誤差が大きいからである。いくら無記名、調査の秘密厳守とはいえ、こうした調査に皆が真実を記載するとは限らないので、実際の値はもっと高いのではと疑ってよい。ただ、毎回の調査でほぼ同様のバイアスがかかるので時系列変化自体は正しい姿が反映されていると考えられよう。調査では、乱用への勧誘や周囲に乱用者がいるかといった真実を答えやすい質問も行っており、全体として乱用や依存の状況や動向を把握しようとしている。 1995年以降の動向を見ると、いずれかの違法薬物の生涯経験率は2009年に最大となっており、薬物乱用が広がっているのではないかという懸念があったが、2011年〜17年には継続的に値が下がっている。 2013〜15年には、「危険ドラッグの乱用の根絶のための緊急対策(2014年7月)」が示すように、「合法ハーブ等」と称して販売される危険ドラッグが蔓延し、乱用者による犯罪や交通死亡事故を引き起こす事件が多く、深刻な社会問題となっていた。2015年の報告書のまとめではこう述べられている。「危険ドラッグの生涯経験者は減少し、過去1年経験者はいなくなった。使用者減少の背景には、指定薬物の対象物質の拡大(2,297物質、2015年5月時点)、指定薬物制度の強化(検査命令、販売・広告停止命令など)により、販売店や販売サイトが一掃されたことで、危険ドラッグの入手機会が減ったことが影響していると考えられる。社会問題化した危険ドラッグ問題は沈静化されつつあると判断できる」。 2017年には大麻が有機溶剤(シンナーなど)をはじめて上回って乱用薬物の中で最多となった。若年層に使用を容認する考えが広がり、規制が強化された危険ドラッグから移行する流れがあるとされる。「成分を濃縮した大麻ワックスも押収されており、厚生労働省の麻薬取締部は取り締まりを強化。音楽イベントの参加者が摘発されたケースもあり、警察によると大麻事件の摘発者も昨年三千人を突破した」(東京新聞2018.6.18)。 【過去の報告書要旨】 2013年報告書の本文では「わが国での違法性薬物の生涯経験率は図24(図録と同じ)に示したとおりであり、国際的に見た場合、むしろ奇跡と言って良いほど低い。しかし、30歳代に限れば、生涯経験率はそれなりに高くなるわけであり、有機溶剤で2.8%、大麻で1.8%、覚せい剤で1.1%、MDMAで0.7%、脱法ドラッグで1.1%、何らかの薬物では4.1%、有機溶剤を除く何らかの薬物では2.7%であり、単純に楽観視すべきではない」といっている。
2011年調査報告書要旨は結論として「2007年秋のリタリン問題、2008年秋の角界及び大学生による大麻乱用問題、2009年8月の芸能人によるMDMA、覚せい剤乱用問題の報道により、薬物乱用・依存問題に対する世論の関心が高まり、2009年調査では回収率が上昇すると共に、大麻、MDMAの周知度が急上昇したが、今回の2011年調査では、回収率の維持ができたとともに、これらマスメディア報道の影響が未だに影響を及ぼしている可能性を示唆する結果が多々見られる結果であった。ただし、2009年調査に比べて、生涯被誘惑率はすべての薬物で減少しており、生涯経験率も覚せい剤、MDMA以外の薬物では減少していた。乱用薬物から見たわが国の薬物乱用状況は、従来の有機溶剤優位型(途上国型ないしは我が国独自型)から欧米型(大麻優位型)に変化してきていることには変わりはない。時代と共に変化して行く薬物乱用状況を迅速に把握するために、本調査を継続的に実施して行くことが必要である」としている。 第2の図に大麻などの薬物乱用の国際比較を掲げた。生涯経験率は欧米先進国では20〜40%ににぼっているのと比較すると「奇跡的に低い」レベルにある(2007年報告書の表現)。ただ年齢別生涯経験率では大麻でも30〜40歳代では2%前後と平均の2倍となっており、楽観は出来ない状況である。 (参考) 薬物乱用の状況 (1987年6月設立の財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターのHPより)
(2008年10月14日収録、2010年9月16日更新、2012年10月11日更新、2014年6月11日更新、2017年3月19日更新、2018年6月19日更新、2022年9月27日更新)
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