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 大田経済財政相が、2008年通常国会で行った経済演説で、「2006年の世界の総所得に占める日本の割合は24年ぶりに10%を割り、1人あたり国内総生産(GDP)は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で18位に低下した」と日本経済の凋落ぶりを訴え、「残念ながら、もはや日本は「経済は一流」と呼ばれる状況ではない」と言及した点が話題となった。

 ここでは経済財政相が言及した内閣府の国民経済計算の報告書がOECDのSNAデータベースを参照しているのとは異なり、IMFのデータベースを使って、シンガポール、台湾などを含む先進国経済(Advanced economies)における日本の1人当たりのGDPの世界ランキングの推移をグラフにした。

 これを見ると日本のランキングは2000年の2位からつるべ落としに低下し、2007年に20位となっている(上記報告書では1993年に2位とピークに達した日本が2004年12位、2005年15位、2006年18位に低下してきているとしており、若干、ここでの順位とは異なっている)。

 実はこうした順位は為替レートで換算した1人当たりGDPをもとにしており、円高か円安かで大きく順位はぶれる。2000年代に入ってからの順位低下は円安傾向の影響が大きい。図にあるとおり1980年代に日本は17位から3位にまで上り詰めたがこれも当時円高傾向が続いていた影響も大きい。図録5070で見るとおり、為替レートは2000年代に入ってしばらく特にOECD諸国の多くの国との比較で意味を持つ対ユーロで円安傾向にあった。2009〜12年は円高傾向となり順位も上がっている。2013年以降はアベノミクスにより円安となり、その結果、再び、ランキングが下がっている。2022年にはさらなる円安を背景に24位へと低落し、過去最低の順位となった点が目立っている。

 もちろん、同じ所得で世界の商品をどれだけ実際に買えるかという考え方からすれば、為替レート・ベースの比較は大きな意味を持っている。しかし、実際に消費している商品の量が為替レートで大きく変動するわけではないので、豊かさの指標としては為替レート・ベースの比較には限界がある。これを克服しようとして開発されている指標がPPP(purchasing power parity、購買力平価)ベースのGDP比較である。これは一定の商品群を入手するのに各国の通貨でいくらあればよいかを調査して、これをもとにGDPを比較した指標である。

 同じくIMFのデータでPPPベースの1人当たりGDPのランキングを第2の図に掲げた。これを見ると1980年代の後半から日本の経済力は18位以下から10位にまで上昇したが、その後、1990年代の失われた10年といわれる時期に、再度低下し、1999年には18位、2002年に22位となり、その後、ほぼ21〜22位で推移していた。2017年以降さらに低下し、2021〜22年には26位となっている。為替レートの影響を除いて観察すると日本経済の状況はこのような推移を辿っていることが理解される。

 PPPベースであるとシンガポール、香港、台湾といった東アジア諸国が日本を上回る高い順位を続けるようになったのが印象的である。表示選択で東アジア諸国を色分けしたグラフを見れるが、コメントについては図録4543に掲げた。

 為替レート・ベースであると米国はドル安・ドル高の影響でランキングはかなり変動しているが、PPPベースであると一貫して世界4〜5位を維持し、安定した経済力を保っていた。ただし、2015年以降は7位にまで低下。

 ドイツはどちらの指標も日本とどっこいどっこいの状況が続いている。日本が経済一流ではないとしたらドイツもまた同じというべきだろう。もっともドイツは近年やや上向きである。

 特異な動きを見せている国としてアイルランドを緑の線で示した。20位以下の水準から、2000年代の半ば頃には世界第4〜5位にまで上昇した(図録4510参照)。

 2020年にアイスランド、イタリア、スペインはかなり順位を下げているが、コロナ禍の影響がこれらの国で特に大きかったためと考えられる。

 先進経済の動きをトータルに見るとドラッガーの言うところの「小国の成功物語」がうかがえよう。

「通貨と情報がグローバル化したことにより、極めて小さな経済単位であっても、経済的には生存できるようになっている。大きかろうが、小さかろうが、あらゆる国が、通貨と情報については、同一の条件で等しく機会を享受することができる。事実、最近30年間における真の「成功物語」は、極めて小さな国の物語である」(「ポスト資本主義社会」ダイヤモンド社、原著1993年、p.260)。

 ドラッガーが例として具体的に挙げているのは、オーストリア、フィンランド、スウェーデン、スイス、香港、シンガポールなどである。「今日では、小国であっても、(EUなどの)経済地域に参加することによって、二つの最高の利点を享受することができる。すなわち、文化と政治における独立と、経済における統合の効果である。極小国であるルクセンブルクが、ヨーロッパの中で、最も熱心な「ヨーロッパ的ヨーロッパ人」であるのは。偶然ではない」(同上、p.261)。特にPPPベースの順位変動を見ると、ドラッガーがこう記述した1993年以降、当時はそれほどでもなかったアイルランド(注)を含め、「小国の成功物語」はさらに顕著となったといえよう。

(注)玉木俊明氏「世界史最前線」(JBpress2020.12.11)によれば、アイルランドの躍進の経緯は次の通りである。

 1970年代から1980年代初頭にかけてのアイルランドは失業率が高く、1845〜49年の大飢饉の後ほどではないとしても、他国へと移住する人が多い国だった。しかし、1987年に大きな転換があった。失業率18%で移民も多いという悪循環を変えるためにアイルランド政府は歳出を削減し、他国の企業を誘致しやすい環境を整えた。目玉は12.5%という低い法人税率の適用であり、これが、決定的に重要な政策になった。アイルランドはさらに教育に力を入れ、高度な教育を受けた労働者を増やそうとした。

 これらの施策によって、世界から「ケルトの虎」と呼ばれるほどの強い経済力を備えたアイルランドが新たに生またのである。1990年代初頭には、アイルランドのGDPが急激に上昇しだす。経済成長の大きな柱は「外国からの直接投資(FDI)」だった。法人税率が低いだけではなく、企業活動への規制が少なく、十分なインフラがあり、高い教育を受けた若い労働力を確保できたからである。

 低い法人税率や海外企業への課税の国内事業限定、そして研究開発(R&D)、知的財産、無形資産への税金控除から、さらに、同じタックスヘイブンであってもカリブ海の島国とは異なり多くの優秀な人材を比較的安価に雇えることから、世界的な製薬企業やGAFAなどIT企業が、本社機能や知的財産管理の子会社を置くようになった。

 玉木氏はこうした恵まれた経済環境も曲がり角に来ているという。「GAFAの租税回避はアメリカなどからは目の敵にされました。ついにはアメリカやEUの圧力もあり、アイルランドの現行の税制は2020年で終了します。グーグルも、批判を受け、この「ダブル・アイリッシュ・ダッチ・サンドイッチ」の手法(アイルランドの2つの子会社とオランダのペーパーカンパニーを利用した「節税」の手法)を2019年末までに止めています。世界でも指折りの富める国になったアイルランドも、新たな国家戦略を探さなければならなくなっています」。

 なお、成長会計によるアイルランドの成長の要因分析については図録4510参照

 なお、小国の1人当たりGDPが高くなっているひとつの理由は、ルクセンブルクやスイスといったヨーロッパの小国の場合、1を越える昼夜間人口比率だからである。GDP(国内総生産)はGNP(国民総生産)と異なり基本的に昼間の生産活動によっているが、1人当たりのもととなる人口は夜間人口なので昼夜間人口比率が1以上の場合、その分、1人当たりGDPが高くなるのである。

 スイスの場合、EUとの間で2002年6月に「人の移動の自由に関する協定」が発効されると、高給を求める越境通勤者が著しく増加し、今日では27万人以上のヨーロッパ人がスイスで働く為に国境を越え通勤しているという(1週間に1度帰国するという条件で労働許可)。連邦統計局の調べによると、越境労働者で最多はフランス人(14.3万人)、次に多いのはイタリア人で(6.2万人)、続いてドイツ人(5.6万人)、オーストリア人(8,100人)となっている(注)。ルクセンブルクの場合、越境通勤の程度はスイスよりさらに進行していると思われる。

(注)http://gaipro.com/recruit/post_149.html

(2008年5月20日収録、2009年11月10日更新、2011年10月7日更新、世銀データからIMFデータに変更、2012年11月27日更新、2013年9月10日最新年国名表示、10月9日更新、2014年10月8日更新、OECD高所得国ベースからIMF先進経済国ベースに対象国を拡大、10月9日アイルランド再度表示、2015年10月14日更新、ドラッガー引用、2016年12月12日更新、2018年3月6日更新、4月4日越境通勤のコメント、11月24日更新、2019年10月29日更新、2020年10月17日更新、12月12日アイルランド躍進の経緯、2021年10月13日更新・英国オレンジ線、10月25日表示選択で北欧諸国、フランス・南欧諸国を追加、2022年10月12日更新、2023年10月10日更新)


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