寿命が152年と最長のチョウザメは、卵巣卵の塩蔵品がキャビア(カスピ海産の製品が最高級品とされる)となる魚類であるが、サメという名がついているにもかかわらず、チョウザメ目チョウザメ科に属する硬骨魚であってサメ(軟骨魚)の仲間ではない。 図の中で第2位の寿命の動物も魚類に属するウナギである。一方、図の中で最短の寿命の動物も魚類のタツノオトシゴである。 水生の脊椎動物の世界は、寿命の点からは、陸生の脊椎動物の世界よりレンジが広いということになる。 ほ乳類の最長寿命動物はインドゾウの80年、鳥類の最長寿命動物は、それより短い65年以上のコンドル、爬虫類ではアオウミガメの37年、両生類ではヒキガエルの36年と、おおむね、後から進化した高等動物の方が寿命が長い傾向があるようだ。最長寿命動物より寿命の短い動物についても同様の関係が成り立っているように見える。 これは、下等動物は特殊な生活圏でのみ生き残れているのであって、寿命に制約のない一般的普遍的な生活圏からは排除されてしまっているからだともいえる。ところが上で見たように魚類の世界は下等動物だからといって寿命は短くない。 こうした点から、陸上では、ほ乳類と爬虫類が生活圏をめぐって競合することがありうるが、水中と陸上とではそうした競合が生じないので、両者は全く別の動物世界であるということがうかがわれる。 動物の寿命については、北極海に400歳のサメがいて「脊椎動物で最長寿」という報道がなされた。「グリーンランド近海の北極海などにすむニシオンデンザメは、最高で400年ほど生き、脊椎動物では最も長寿であることが分かったと、コペンハーゲン大などのチームが12日付の米科学誌サイエンスに発表した。成体になるまでに150年ほどかかり、寿命は最低で272年と判明。脊椎動物の中では150〜200年は生きるとされるホッキョククジラより長寿命で、これより長生きの動物は500年生きる二枚貝の一種ぐらいだという」(毎日新聞2016年8月12日)。 こうした動物種の間の寿命の傾向は身体の大きさとも関係している。 一般に、寿命など動物の時間現象は、身体の大きさ(体重)の1/4乗に比例するとされる。 「大きな動物ほど、何をするにも時間がかかるということだ。動物が違うと、時間の流れる速度が違ってくるものらしい。たとえば体重が10倍になると、時間は1.8(100.25)倍になる。(中略)寿命をはじめとして、おとなのサイズに成長するまでの時間、性的に成熟するのに要する時間、赤ん坊が母親の胎内に留まっている時間など、すべてこの1/4乗則にしたがう。日常の活動の時間も、やはり体重に1/4乗に比例する。息をする時間間隔、心臓が打つ間隔」(本川達男「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 」中公新書、1992年。下表参照)
上でふれた脊椎動物最長寿のニシオンデンザメは「北大西洋から北極海などの深さ100〜1200メートルに生息し、成体になると体長4〜5メートル。泳ぐスピードは時速1キロで、世界で最ものろい魚とされる」(同上)。 上では最も高等な動物は「寿命に制約のない一般的普遍的な生活圏」をもつとしたが、これは、身体の大きさに制約のない生活圏をもつことと同義である。他の動物より競争優位に立っている最も高等な動物は原理上は際限なく身体を大きくし寿命も最も長くなれる訳である。 ところで、いろいろな時間現象がこうした法則に従っているということは、体重にかかわりなく、一生の時間現象総量は同じということにもなる。 「寿命を心臓の鼓動時間で割ってみよう。そうすると、哺乳類ではどの動物でも、一生の間に心臓は20億回打つという計算になる。寿命を呼吸する時間で割れば、一生の間に約5億回、息をスーハーと繰り返すと計算できる。物理的時間で測れば、ゾウはネズミより、ずっと長生きである。ネズミは数年しか生きないが、ゾウは100年近い寿命をもつ。しかし、もし心臓の鼓動を時計として考えるならば、ゾウもネズミもまったく同じ長さだけ生きて死ぬことになるだろう。小さい動物では、体内でおこるよろずの現象のテンポが速いのだから、物理的な寿命が短いといったって、一生を生き切った感覚は、存外ゾウもネズミも変わらないのではないか。」(同上) こうした体重と比例する寿命の長さは次にような脈絡で生じるとも言える。すなわちハツカネズミのような小さいネズミは早く成長してたくさん子どもを産み天敵に食われてもそれ以上に子孫を残すことによって存続を確保する。寿命は短くても回転数で稼ぐのである。からだが大きい中型・大型のネズミは独特の身を守る形態(ハリネズミの針のような毛)や生活環境の多様化(ビーバーの水上暮らし)で天敵から身を守り、長生きして子孫を残す戦略をとる。 ところが例外も生じる。無毛で出っ歯のハダカデバネズミは頼りない小さなからだにもかかわらずネズミの中で最も長寿である。理由としては、@アフリカの乾燥した地域にアリの巣のような穴を掘りめぐらして一生を過ごすので天敵が少ない。A深い穴の中で100匹程度が集団生活を送っていることから生じる酸素が薄い状態にからだが適応しており、体温が非常に低く(32度)、省エネ、少食の生活を実現している。B代謝の副産物である活性酸素が少ないため、老化が遅く、がんにも全くならない(この点がヒトの長寿化への応用という観点から大いに注目されている)。C哺乳類としては珍しくミツバチやアリのような真社会性の生き物であり(女王以外のメスは女王ネズミの発するフェロモンで排卵が止まり「働きネズミ」となるが、女王ネズミが死ぬと代わりのメス1匹が女王ネズミとなる)、護衛係、食料調達係のほか、ゴロゴロして子どものネズミを温め体温の低下を防ぐだけの布団係もいるなど分業制が徹底していて、その結果、仕事が効率化し1匹当たりの労働量が少なく、ストレスも軽減されている(ネズミの寿命差については小林武彦「生物はなぜ死ぬか」による)。 ハダカデバネズミが老化しにくいのは、DNAが傷つくことによって増殖を止めてしまう老化細胞が生じると、体内にため込んだセロトニンが分解されて過酸化水素が作られ、これによって除去されるからである。これによってがんなどの生活習慣病がほとんど発症しないという(東京新聞「不老不死に挑む」4、2024.1.28)。 上の表の脊椎動物の寿命と体重の関係式に日本人の男女30歳代の体重の平均値61.5s(図録2182)をあてはめると、寿命は26年6カ月となる。実際の寿命は、平均寿命でさえ、この理論値の3倍以上であり、動物種ごとのバラツキというより、人間の寿命は動物としての寿命に人間ならではの寿命の追加分を加えたものと考えるべきであろう。 動物が身体の新機能として、進化上、獲得するものを人間は道具・機械・薬品といった外部の新機能として開発し利用する。そういう意味で動物の進化は人類史の発展に相当している。その分、人間の法則は動物の法則をうちに含んで、同時に、それを乗り越えているといえる。人間ならではの寿命の追加分はこうしたことから生じているに違いない。人間が動物に近かった原始時代の平均寿命は動物の法則に即していただろう。上のハダカデバネズミとは異なる経路の長寿命と考えられる。 ほとんどの動物と異なり、ヒトは生殖が可能でなくなった老後を有する。小林武彦「生物はなぜ死ぬか」がベストセラーとなり、野生動物に老後はなく、ヒトだけが老いる点が関心を呼んでいる。下図は哺乳動物の老後期間を示したグラフである。ヒトだけ老いるのは、老いた人がいた方が集団として進化に有利だったからであり、おそらく600万年前にヒトとチンパンジーが分かれた後からであるとされている。ヒトは体毛がなくなり、赤ちゃんが母親に自力でしがみつけなくなり、祖父母が子育てに有用となった点、そして何より利他的なシニアには集団をまとめる力があり、また集団が生き残るための経験が豊富である点が大きいと考えられている(東京新聞2023.10.5)。 (2011年8月18日収録、2016年9月7日ニシオンデンザメ記事、2023年10月5日老後コメント・図、10月21日ネズミの寿命差、2024年1月29日ハダカデバネズミ画像等)
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