年末恒例のNHK紅白歌合戦の平均視聴率の推移を示した。1989年以降は紅白歌合戦自体2番組に分かれたので2部の方の平均視聴率で判断した。

 NHKホールで3年ぶりの有観客となった2022年の「第73回NHK紅白歌合戦」は第2部(午後9時)の平均世帯視聴率が、関東地区で35.3%(関西地区36.7%)だった。過去最低だった前年の34.3%から1ポイント上げたがワースト2。出場歌手は、韓国の人気グループなど若者層を意識した初出場組を大量に投入。その一方で、中高年層を意識した松任谷由実(68)、加山雄三(85)、安全地帯、桑田佳祐(66)率いる“同級生バンド”らも特別枠で投入。歌手活動休止前ラストの氷川きよし(45)も話題になった。しかし、大幅な視聴率アップでの“大台”となる40%超えどころか微増にとどまった。

 テレビ番組に詳しいコラムニストの桧山珠美さんは「特別企画は八つにもなったうえ、その出演者の方が(若者狙いの正規の出場歌手より)格上に見え、付録の豪華さで購入させる雑誌のような印象だ。特別企画やゲストのトークが増えた結果、最も重要なはずの歌を聴く時間が削られている」と指摘する(読売オンライン、2023.1.5)。

 現行の視聴率測定方法では、録画やスマホなどの配信視聴がカウントできておらず「音楽のCD売り上げ枚数を比べるようなもので、過去との比較にさほど意味はない」(民放関係者)との声もある。

 2021年大みそかの紅白歌合戦第2部の平均世帯視聴率は過去最低の34.3%となった。別調査によるとテレビを見ている人たちの中では、「紅白」視聴の占有率が格段に高まっていたという。つまり、大晦日の夜テレビをつけず、ネット動画視聴など他のことをする人が増えたために視聴率が下がってしまったというのが真実のようだ。

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため史上初の無観客開催になった2020年大みそかの紅白歌合戦第2部の平均世帯視聴率は昨年より3.0%ポイント増の40・3%だった。視聴率が下がらなかったのは、無観客に対応した演出の工夫のほか、コロナ対策で居宅者が多かったことが影響していると考えられる。

 「コロナ禍でステイホームが呼び掛けられた。公共交通機関の終夜運転もなく、初詣に出掛ける人も少なかったことから、総世帯視聴率(HUT)がアップしたとみられる。実際に、裏番組も日テレが1・6ポイント、テレ朝1・7ポイント、フジテレビ2・1ポイント、テレビ東京0・1ポイントそれぞれアップするなど、各局とも前年を上回っている。テレビを付けていた世帯の全体的な増加が、紅白の数字も押し上げたといえそうだ」(日刊スポーツ2021.1.3)。

 令和初なる2019年の紅白の2部(後半)は37.3%と過去最低となった。

 平成最後となる2018年の紅白の2部(後半)は41.5%と2年ぶりに40%台を回復した。これは、シンガー・ソングライター、米津玄師(27)のテレビで初めての歌唱、北島三郎(82)の5年ぶり復帰に加え、フィナーレにおけるサザンオールスターズの桑田佳祐(62)と松任谷由実(64)との印象深い共演が反響を呼んだため。

 2017年の2部(後半)は39.4%と2015年の39.2%、2004年の39.3%に次ぐ歴代ワースト3位となった。18年9月に引退する安室奈美恵(40)のラスト紅白など話題は多かったが、40%の大台に届かなかった。

 過去を振り返ると、1963年には81.4%とピークの値をしるしたが、その後も、1984年までは80%前後の高い値を維持していた。国民の多くが年越しとともにこの番組を見ていたといえる。紅白歌合戦の視聴率は他の高視聴率番組と比較しても図抜けた高さをもっていた(図録3964a)。

 1970年代には紅白と並ぶ大みそかの国民的番組となったレコード大賞に出演した歌手が番組終了後に大急ぎで紅白の会場へ向かう様は年末の風物詩となった。

 こうした状況が変化したのは1985〜1990年の時期であった。平均視聴率のレベルは70〜80%の水準から50%前後の水準へと急落したのである。

 バブルへと向かう1980年代には、テレビは一家に一台というより一人に一台でも驚かれない時代となり、娯楽の好みも大みそかの過ごし方も“個人化”が進んだ。大みそかに家族みんながテレビを前に勢揃いして料理をつつきながら一年の思いを語らい同じ番組を観る、という「絵」はまさに絵に描いた餅になっていった。豊かさを手にした日本人にとって賞レースものの代表である日本レコード大賞への関心は低下、歩調を合わせるように紅白も次第に迷走を始める。

 この時期は、また、いわゆるバブル経済が頂点に達しようとしていた時期である(図録5075「株価」、図録2173「塩分摂取量」、図録2670「ディスコなどバブルの象徴」)。日本人は浮かれてしまっていて年末に家族そろって紅白歌合戦という雰囲気とは疎遠になったのであろう。

 それでは、バブル崩壊で、再度、紅白がよく見られるようになったかというとそういう訳ではない。1990年代はほぼ50%前後の水準で推移、2000年代に入ると40%前後へと低下するなど長期的に視聴率は低迷した。

 2010年代に入るとやや回復傾向が認められ、2013年には44.5%と45%水準にまで戻している感じである。2011年の東日本大震災が家族の絆を再確認する効果をもたらした影響かもしれない。しかしこれも一時的現象だったようであり、14年から低下傾向となり15年には39.2%と過去最低となっている。

 参考までに以下にNHK紅白歌合戦の歩みを年表風にまとめた。

NHK紅白歌合戦の歩み
年次 主な出来事
1945 前史 大みそか、紅白歌合戦の原型となる「紅白音楽試合」がラジオで放送(GHQの検閲で「合戦」という好戦的とみなされた言葉を禁止され「試合」に)
1951 1 1月3日、男女7組ずつの出場、ラジオ放送でスタート。会場はかって存在したNHK東京放送会館(千代田区内幸町)のスタジオ
1952 2 1月3日開催。松島詩子が交通事故、急きょ越路吹雪が代打出場
1953 3 1月2日開催。2月の放送開始に向け、テレビカメラも設置
  4 この年2回目の開催。この回から大みそか開催、テレビ中継始まる。会場は日本劇場に
1954 5 美空ひばり、春日八郎初出場。トリは渡辺はま子と霧島昇。ひばり、雪村いづみ、江利チエミの三人娘が話題
1955 6 民放が同時間帯に歌合戦を放送
1961 12 坂本九、大ヒット曲「上を向いて歩こう」で初出場
1964 15 カラー放送開始
1963 16 視聴率最高値の81.4%を記録
1966 17 ビートルズ来日でグループサウンドブーム。ブルー・コメッツ初出場
1973 24 美空ひばりが出場を辞退、島倉千代子がトリに。会場がNHKホールに(現在まで継続)
1975 26 ブラジルへ衛星中継開始
1978 29 初のポップス系トリ。沢田研二「LOVE(抱きしめたい)」、山口百恵「プレイバックPart2」
1981 32 日本野鳥の会による客席投票のカウント始まる
1984 35 都はるみ「引退宣言」でトリ
1985 36 小林幸子、十二単で歌う(この頃から衣装が派手に)
1989 40 2部構成始まる。40回記念で4時間25分に拡大
1992 43 この年から2009年まで小林幸子と美川憲一との派手な衣装対決が紅白恒例の話題にひとつとなる
1993 44 藤山一郎さんの死去で、「蛍の光」指揮は宮川泰さんに
2005 56 総合司会にみのもんた起用、紅白の「民放化」のあらわれ
2006 57 フィナーレ「蛍の光」指揮は3代目、平尾昌晃さんに
2007 58 AKB48が初出場
2010 61 NHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」主演松下奈緒が紅組司会。以降、朝ドラ又は大河ドラマの主演女優の司会が定番化(民放化から離れ、NHK色強める)
2011 62 東日本大震災被災地を歌で元気づけるため東北出身の歌手ら登場
2012 63 美輪明宏「ヨイトマケの唄」で初登場
2013 64 北島三郎、「まつり」で大トリ、紅白から卒業
2014 65 サザンオールスターズが特別枠で31年ぶりに生中継サプライズ出場
2018 69 フィナーレでサザンオールスターズの桑田佳祐と松任谷由実による“奇跡”の共演
平尾昌晃さんの死去で、「蛍の光」指揮は都倉俊一さんに
2020 71 新型コロナウイルス感染拡大防止のため史上初の無観客開催になる
2021 72 改修中の渋谷・NHKホールに代わり、有楽町・東京国際フォーラム「ホールA」をメインステージとして放送
2022 73 NHKホールで3年ぶりの有観客開催
(資料)東京新聞2014年12月22日など

(2014年8月8・9日収録、12月22日年表追加、2015年1月2日更新、2016年1月2日更新、2017年1月2日更新、2018年1月2日更新、2019年1月2日更新、1月23日歩み表更新、2020年1月2日更新、2021年1月2・3日更新、2022年1月2日更新、1月4日コメント・歩み表補訂、2023年1月2日更新、1月3日・1月5日コメント補訂)


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