ロシアの民間軍事会社ワグネル創設者、エフゲニー・プリゴジン(Yevgeny Prigozhin)氏の反乱宣言から2カ月となる8月23日、プリゴジン氏の名前が乗客名簿にある同氏のプライベートジェット機が墜落した。ともにワグネルを創設したGRU麾下の特殊部隊(スペツナズ)出身のドミトリー・ウトキン氏も同乗していた。事故の詳細は依然不明だが、プーチン政権は「裏切り者」を許さないと言われており、プリゴジン氏が「粛清」されるとの見方は根強くあり、その通りとなった模様。

 プーチン大統領と同じサンクトペテルブルクで1961年に生まれたプリゴジン氏(62)は1980年代には強盗・詐欺などの罪で9年間服役している。1990年にはホットドッグ・チェーンを立ち上げ、レストランやケータリング事業(学食や軍)がプーチンの外国の高官との夕食会をもてなしたことから「プーチンのシェフ(料理人)」とも呼ばれるようになった(注)。その後、2014年にウクライナのドンバス戦争に戦闘員を派遣するために民間軍事請負業者ワグネル・グループを設立。中南米やアフリカ諸国にも傭兵を派遣するなど様々な活動に関わるようになった


(注)小泉悠氏の文春オンライン記事によると以下である。「プリゴジン氏は「プーチンの料理人」で、プーチン氏が大統領になった2000年以降、プリゴジン氏のレストランに行くようになったというのが公式的な説明だったんです。それが今回のテレビ放送では、1990年代から関係があったことをみずから明かしている。プリゴジン氏は「ホットドッグ屋で身を立てた」と言われていますが、おそらくそれは嘘で、本当はサンクトペテルブルグの闇カジノでのし上がったようです。そして当時のサンクトペテルブルグ市闇カジノ撲滅委員会の委員長が、プーチン氏だった。推測するに、このときから2人の関係はズブズブだったのだと思います。だからこそ、プリゴジン氏は闇カジノで半グレのように儲けることができたのではないでしょうか。このあたりの関係をプーチン氏は認めているわけではありませんが、今回のあいさつでも「昔から関係があった」と認めています」。

 図には、アフリカ諸国での軍事、経済、政治の各分野で暗躍するワグネル・グループの状況を示した。

 2022年2月にはじまったロシアのウクライナ侵攻に部隊を派遣したが、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長らロシア軍と対立。二人の解任を要求して2023年6月23日に反乱を起こし、ロストフナドヌーにある南部軍管区司令部を占拠した。翌24日にモスクワに向け進軍したが、ベラルーシのルカシェンコ大統領の説得で中止した。

 プーチン大統領は当初「裏切り」とプリゴジン氏を避難したが、反乱収束後に大統領府で会談するなど、妥協に転じたとみられていた。同氏の死亡についても24日には哀悼の意を表するなど表向きは暗殺への関与の様子は見せていない(注)

(注)東洋経済オンライン(2023.8.27)の池上彰氏の解説によるとワグネルの誕生と世界各地での暗躍は以下の通り。
 ワグネルとは民間の軍事会社。「ワグネル」という名前は、ドイツのヒトラーがこよなく愛した作曲家リヒャルト・ワーグナーのロシア語読み。もともとワグネルを創設したのは元スペツナズの将校。「スペツナズ」は旧ソ連軍の特殊部隊。高度な訓練を受け、いざというときには戦地に送り込まれてあらゆる任務を遂行すると恐れられていた部隊。その将校だった人物が、スペツナズを辞めて民間軍事会社をつくったのだが、この人が実はヒトラーを尊敬しており、ヒトラーが好きだったワーグナーを会社の名前にしたといわれる。このワグネルに多額の資金を出資して大きく育て上げのが「大統領の料理長」と呼ばれた実業家のプリゴジン。
 ロシア軍が苦戦を強いられたことから、「ワグネル」の雇い兵がウクライナ東部に投入されていると、イギリス国防省が2022年3月28日に発表した。ロシアでは民間軍事会社は法律で認められていないので法律に違反する組織は存在しないという理屈になっている。プーチン大統領はワグネルに戦闘のアウトソーシング(外注)をしたということである。
 ウクライナでロシア正規軍の苦戦が伝えられると、プリゴジンが、ロシア国内の刑務所を回って「志願兵になって任務を終えれば無罪放免になる」とリクルートした。前線に投入された受刑者たちは悲惨。ワグネルはウクライナ軍の陣地に向けて彼らを突撃させ、ウクライナ軍に砲撃させることでウクライナ軍の潜伏場所を突き止め、そこをロシア軍が砲撃する。つまり受刑者たちはウクライナ軍の在りかを突き止めるエサにされている。
 シリア内戦ではアサド政権を支援。ワグネルの兵士が大勢シリアに入り、アサド政権の先兵となって反体制派を激しく弾圧。民間人を拷問にかけて虐殺するなど、彼らの悪行が報じられた。その後、ワグネルは、シリアの石油採掘権、販売権を獲得。
 スーダンでは、ダイヤモンド鉱山での警備を請け負い、その見返りにダイヤモンド鉱山の採掘権を入手。中央アフリカでは政府に雇われ、反政府勢力を弾圧。
 最近では、アフリカのマリでの関与が明らかに。マリは宗主国がフランスで親フランスの国。そのマリでイスラム過激派が台頭し、国軍と激しい戦闘を繰り広げていた。フランスも軍事介入し、マリ軍を支援。そのマリで軍部がクーデターを起こし実権を握ると、親フランス政権から親ロシア政権に転換。軍事政権が金を払ってワグネルを雇い入れた。フランスのメディアによると、民間人が大量に殺されたといわれている。

 アフリカにおけるワグネル・グループの暗躍の実態については、図録の原資料である英国エコノミスト誌(The Economist July 1st 2023)の記述を以下に引用する。

「何が起こっているのかは明確でないが、グループの首領であるプリゴジン氏がトップから引いたとしてもワグネルがアフリカで帆をたたむことにはなりそうもない。組織は居続けるのが有利であるだけの利権を有している。さらにクレムリンもアフリカ大陸への影響力の源を失うことには気が進まないだろう。ワグネルがアフリカから撤退するとしたらアフリカ人自身がロシアを弱くて頼りないパートナーとみなし始めた場合だけであろう。ワグネルのアフリカ帝国の今後を把握するためには、それがどう機能しているかを理解することが役立つ。外国政府と契約して活動しているのはワグネル社ではなく、ロシア国家とリンクしている企業のネットワークである。19世紀の植民地企業と同様、こうした取引はロシアにわずかなアカウンタビリティで外国の冒険に参加することを許している。

 アフリカでワグネルは活動する国の中で3つの相互に依存しあう要素からなるビジネスモデルを使っている。軍事、経済、政治というこれら3つの要素が明確に見られるケースはワグネルが2018年に参入した旧フランス領植民地の中央アフリカ(CAR)である。その役割の関する証拠は米国の調査会社セントリーが出した6月27日の新報告書の中に見られる。

 最初の柱は軍事であり、アフリカの政権がロシアに、そして結局ワグネルに安全保障を頼った場合に生じる。アフリカにおけるワグネルの戦闘員の人数に関する公式な推計はないが、アナリストはマリや中央アフリカにほとんどがいる人数として5,000人という数をあげている(ロシアの軍事貢献を増強したシリアにおける人数は不明である)全体の人数は小さいように見えるが、ワグネル離脱者に対するインタビューによれば、アフリカにおける戦闘員は熟練度が高く、戦闘慣れした強者である。

 彼らはまたアフリカ諸国自体の軍隊の能力を高めている。中央アフリカでワグネルはだいたい5,000人の戦闘員を有する「並行軍」を立ち上げている。セントリーによれば、これらの戦闘員は、国連の監視手続き外で、フォースタン=アルシャンジュ・トゥアデラ大統領と同じ民族集団から徴されている。ワグネルは拷問テクニックについても戦闘員を鍛えているとされる。国連の武器禁輸を破り、ワグネルは武器や度ローンや航空機を輸入していると断じられる。

 ワグネルはこの並行軍を「恐怖キャンペーン」の一部として使っているとセントリーは言っている。ワグネルはグループの村落「浄化」戦略として虐殺、拷問、レイプを位置づけていると非難されてもいる。ワグネルの指揮下にいた中央アフリカの兵士の言として「我々は村民だけを選んで殺し、埋めたりブッシュに捨てたりする」(トゥアデラ氏やワグネル・グループのスポークスマンはコメントの要求に答えなかった)。

 エコノミスト誌はセントリーのこの主張を独立して別個に確証することはできなかったが、ヒューマン・ライツ・ウォッチを含む他の調査機関と一致してはいる。国連の推定では、中央アフリカの人びとの5人に1人は家から引き離されている。Conflict and Health誌4月号の驚くべき研究によると、国連の2010年の推定の4倍、他のいずれの国の2倍以上に当たる人口の5.6%が中央アフリカで昨年死亡した。ワグネルのプレゼンスによって「少なくとも生存の困難性の上昇がもたらされている」と研究者は角が立たぬように述べている。

 ワグネル・モデルの2番目の要素は経済という安全保障の見返りである。ワグネルはヒエラルキーをもった企業体というより、むしろ、子会社ネットワークの緩やかな複合体と見るべきである。収入や収益にかんする公式な情報はほとんどないが、はっきりしているのは、アフリカが資金形成の決定的な部分だということだ。米国は6月27日にいくつかのワグネル関連の会社に制裁を課したが、その中には、10億ドル以上の金埋蔵量を持つ中央アフリカのエンダッシマ鉱山を管理する企業が含まれている。

 セントリーはワグネルが中央アフリカの金・ダイヤモンド鉱山近くの集落群を殺戮、略奪したとしている。金密輸の拠点であり、ワグネルが関連先を有するスーダンにワグネルと関わりのある飛行機が飛んだ回数が15回にのぼったとしている。

 中央アフリカはまたワグネル・モデルの第3の要素である政治サービスの事例ともなっている。セントリーが記すところによれば、グループは、立ち上げから2020年選挙での勝利までトゥアデラ陣営の選挙キャンペーンを運営し、諸派のリーダーたちとの政治取引の交渉を助けた。アフリカのその他地域でもワグネル関連企業は政治宣伝や政敵を貶める情報操作を運営し、偽装選挙監視団を組織している」。

 エコノミスト誌は、こうしたワグネル・グループのネットワーク的な性格からプリゴジン氏が失脚しても活動は継続するだろうし、ロシア政府もそれを利用し続けるだろうとしている。しかし、ロシア政府に対するプリゴジン氏の反乱は、ワグネルと提携しているアフリカの政権にとっては、クーデター防止というワグネルに期待している役割に反する行いを母国で自ら行ったという点で皮肉な出来事だったと総括している。

 BBC Newsは、死亡1日前の8月22日にプリゴジン氏が、ロシアでの反乱以降で初めて、動画(下)での演説に登場したことを以下のように報じた。


「動画では、プリゴジン氏はアフリカにいるように思われる。BBCは、この動画の撮影場所を特定できていない。

 メッセージアプリ「テレグラム」のワグネル提携チャンネルに投稿された動画で、プリゴジン氏は戦闘服姿で、ワグネルがアフリカを「もっと自由にする」と語った。

 動画の中でプリゴジン氏は、ワグネル派鉱物を探索したり、イスラム主義者や犯罪者と戦ったりしていると述べた。

「我々は働いている。気温は50度を超えているが、すべてが思い通りだ。ワグネルは偵察と捜索活動を行い、ロシアをすべての大陸でさらに大きくし、アフリカをさらに自由にする」

「アフリカの人々には正義と幸福を。イスラム国(IS)やアルカイダや悪者たちは、我々によって、悪夢のような日々を送っている」

また、戦闘員を募集していると話し、ワグネルは「今後も与えられたタスクをこなしていく。成功すると約束した」と述べた」。

 このような動画を死亡前日に公開したということは、プリゴジン氏は自分が暗殺されるとはつゆほども思っていなかったあかしであろう。

(2023年8月25日収録、8月27日池上彰氏解説、9月7日小泉悠氏記事)


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