家計調査の品目別集計は月別、年次別のほか、毎月、日別にも集計された結果が公表されている。これを使えば、「うなぎのかば焼き」の消費支出が土用の丑の日に集中するといった行事食の影響などを分析することができる。こうした日次分析のもう1つの例としては、ここでは、新型コロナウイルスの感染拡大にともなって、2020年2〜3月に生じた「買いだめ」、「買い占め」の状況を探ってみよう。

 品目としては、「ティッシュペーパー・トイレットペーパー」、「パスタ」、「カップ麺」を取り上げた。これらは買いだめ可能な品目であり、備蓄がないと困る商品でもある。参考までに、買いだめできない生鮮産品の代表として「トマト」のデータも示しておいた。

 新型コロナ感染症の拡大が大きく進展する中、2020年2月27日(木)に安倍首相は、全国の小中学校に対して休校を要請した。こうした状況を受け、「ティッシュペーパー・トイレットペーパー」のほか、「パスタ」や「カップ麺」なども2月末に大きな支出が増加した。3月26日(木)にも前日の東京都の感染者数41人の発表と都知事による不要不急の外出自粛要請(後述)を受け第2のピークが訪れた。

 一般に、生鮮産品以外の商品は、マイカーを使ったまとめ買いの対象となることが多いため、土日祝に支出額が大きくなる傾向がある。「ティッシュペーパー・トイレットペーパー」、「パスタ」、「カップ麺」の消費支出が、こうした通常のパターンに戻ったのは4月以降になってである。

 3つの品目のうち、買いだめがもっとも著しかったのは「ティッシュペーパー・トイレットペーパー」である。ピーク時の日別支出は通常時の5倍以上に達しており、「パスタ」の2〜3倍、「カップ麺」の2倍程度よりずっと大きい。

 また、買いだめの継続時期を通常より支出が多く、土日祝に支出が多くはない時期と考えると、「ティッシュペーパー・トイレットペーパー」は16日間(2/27〜3/6、3/26)だったのに対して、「パスタ」は10日間(2/28〜3/3、3/25〜29)、「カップ麺」も10日間(2/28〜3/3、3/26〜30)とより短くなっている。

 買いだめの程度、買いだめの継続期間の両面から「ティッシュペーパー・トイレットペーパー」は「パスタ」、「カップ麺」を上回っていたといえよう。

 なお、参考に掲げたトマトの日別データを追うと、土日祝に支出が大きくならないし(むしろ火曜日に大きくなる)、買いだめ現象も全く見られない。

 「買いだめ」行動は、外出の自粛に関する国民意識の推移と関連して発生すると考えられる。皆が揃って外出を自粛するとすれば、自宅生活で消費が増えるトイレットペーパーやパスタ、カップ麺が簡単には買えなくなる可能性があると考えて買いだめに走るのである。

 下段の図は、短文投稿サイトのツイッターでつぶやかれた「自粛」に関する億単位のツイートを集計・分析した結果であるが、「自粛すべきだ」という内容のツイートが最初に急増したのは、前日に東京マラソンの一般参加が中止となり、多くの者がショックを受けた2月18日であった。

 だが、この段階では、まだ、多くの者が外出自粛に乗り出すとは誰も思っていないため「買いだめ」は発生していない。ただ、多くの者が外出を自粛する事態がこれから起こるかも知れないとは考えたであろう。

 実際に、「買いだめ」が起こったのは、上述の通り、安倍首相が全国に休校を要請した2月27日以降である。いよいよ来るものが来たかという感覚だったのであろう。休校によって子どもが家にいるようになれば、トイレットペーパーとともに子どもの手軽な間食に向いているパスタやカップ麺もとりあえず需要が増すと皆が予測したのである。

 2月27日に「原材料が中国からの輸入品だからトイレットペーパーなどの紙製品が不足する」との流言が生じ、これが影響したという説もあるが、パスタやカップ麺の買いだめが連動している点が説明できない。むしろ、買い占めにともなってそうした流言を無視できなくなっただけであろう。

 ただし、興味深いのは、そう考えたとしても、自分も外出を自粛すべきだとは必ずしも考えてはいなかった点である。下の図に見られる通り、3月末までは「自粛賛成」より「自粛反対」の意見の方が圧倒的だったのである。

 自粛反対から自粛賛成に国民意識が転換したのは、オリンピックが延期されそうだと感じ始めた3月20日以降、特に、3月29日に志村けんさんが新型コロナへの感染にともなって突如死亡したことが報じられて以降である。かなり深刻な状況であることが理解されはじめたということであろう。

 それまでせいぜい10人台だった東京都の感染者数が、3月25日に一挙41人となったのを受け、同日夜、小池百合子都知事が緊急記者会見を開き、パネルを示して現在の状況を「感染爆発の重大局面」と訴え、週末3月28日、29日は不要不急の外出を自粛するよう要請。平日も出来る限り自宅で仕事し、夜間の外出を控えるよう呼びかけた。


 その後から都内のスーパーなどでは食料品を買い占めする人の姿が多く見られ、ツイッターには、「都内のスーパー、行列やばい」「早速、都内のスーパーから食料が消えるレジが大行列。パスタ類が売り切れ」といった文章と、棚が空っぽになった写真などが数多く投稿され、たちまち「買い占め」「スーパー」というワードがトレンド入りした(J-CASTトレンド2020.3.26)。

 3月26日からの「買いだめ」行動の第2ピークは、こうした東京の動きが全国に波及したからである側面もあろう。第2の買いだめでは、ティッシュペーパー・トイレットペーパーというより、パスタ、カップ麺への影響が大きかった。品薄の状況の違いや4月からの新学期の休校が意識された結果であろう。

 買いだめ、買い占めの原因として、マスコミのあおり報道を挙げる向きもある。「3月25日夜の時点で、Twitterには棚がガラガラになった店舗の写真や動画をアップする人々に、さまざまなテレビ番組のスタッフがDM(ダイレクトメッセージ)でやり取りしたいと声を掛けていた。ほどなく「都内スーパーで買いだめ行列」といった見出しで大きく報じられ、それが新たなパニック買いを引き起こしている状況にある。これはトイレットペーパーの騒動とまったく同じ、買いだめ報道→(を見た視聴者による)買いだめ増加→買いだめ報道という不毛のサイクルである」(東洋経済オンライン2020.3.26)。


(2020年7月22日収録)


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