内閣府では各国の60歳以上の高齢者を対象に「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」を1980年から5年ごとに行っている。ここでは最近の調査結果から高齢者の人間関係についての各国の特徴を複数の問の結果を使って整理した。

 高齢者の人間関係については、身近さの程度に応じて同心円的に、夫婦→同居している子供→別居している子供→親しい友人→近所の人たち、といった順で構成されていると考えられる。これらのそれぞれについて各国の高齢者がどの程度の密度で関係を結んでいるかを見てみよう。若いうちは、職場の人間関係も重要であるが高齢者が対象なのでここでは省いている。


 結論から述べると、日本の高齢者は、他国の高齢者と比べ、事実上同居している夫婦や子供との相互依存の程度は大きいが、別居の親族、友人、あるいは近所の人たちと相対的に薄い人間関係の中で暮らしている。人間関係の同心円の真中に近いほど密度が濃く、周辺にいくほど密度が薄く なるのが通常であるが、日本の場合その傾斜度が最も大きい。

 それでは順番にそれぞれの人間関係を具体的に見ていこう。

 まず最も身近な夫婦関係であるが、日本とスウェーデンの高齢者は「心の支え」として夫婦をあげる者の比率が最も高い。下に、子供や親しい友人など他の選択肢の回答を含めて示したが、日本とスウェーデンの場合は単に夫婦の比率が高いだけでなく、その他の国が総て、心の支えとして子供がトップとなっているのに対して、夫婦がトップの回答率となっている。日本とスウェーデンは夫婦相互の依存関係が高い点が特徴といえる。日本人の夫婦関係が緊密なのは高齢者に限らない点については図録2428参照。

心の支えとなっている人(複数回答、単位:%)
  日 本 米 国 韓 国 ドイツ フランス
(05年)
スウェ
ーデン
1 配偶者あるいはパートナー 65.3 46.0 55.4 50.2 48.1 70.9
2 子供(養子を含む) 57.4 69.8 57.1 52.0 66.9 59.8
3 子供の配偶者あるいはパートナー 9.8 22.9 10.9 6.1 3.3 11.6
4 孫 17.9 36.2 5.7 17.9 28.4 25.4
5 兄弟・姉妹 13.9 39.3 4.7 12.8 11.1 15.9
6 その他の家族・親族 6.8 35.0 1.7 13.9 12.4 12.1
7 親しい友人・知人 15.5 46.5 6.0 32.3 25.4 24.8
8 その他 0.5 2.6 0.3 1.1 0.1 6.1
9 誰もいない 2.7 3.2 6.2 3.8 5.0 0.5
(資料)内閣府「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(2010年調査、仏のみ05年)

 次ぎに同居の子供であるが、既婚の子供と同居している高齢者の割合は、韓国と並んで15%前後となお高く、欧米が4%未満であるのに対して、子供との同居が多い点が特徴である(ただし1980年と比較すると日本の場合41.0%から、韓国の場合54.1%から大きく減少している-図録1309参照)。多くの国との同居比率の国際比較は図録2422参照。

 それでは別居している子供との関係であるが、週1回以上会うかどうかの比率を見ると、日本の高齢者の場合、52%と最も低く、関係が薄い点が特徴である。米国やスウェーデンは別居の子供と週1回以上会う高齢者が8割以上と非常に多いのと対照的である。高地価により親子近居が難しいと言った環境条件も影響していよう。家制度の習慣が影響して、別居してしまうと疎遠になりがちだからだと考える見方もある(図録1309参照)。

 親しい友人(親友)との関係では、相談あるいは世話をしあう親しい友人がいる高齢者は、日本の場合、韓国と並んで、欧米よりやや少ない。上の表に示した「心の支えとなっている人」の問でも「親しい友人・知人」をあげる者が日本の高齢者の場合、韓国と並んで、欧米と比べかなり少ないが、これとも整合的な結果である。

 近所の人たちとの付き合いについては、物をあげたりもらったりする関係においては日本の場合高い比率を示すが、いざとなったときの相互扶助として病気の時の助け合いをきくと日本の高齢者の場合9.3%と、最近急速に減少した韓国(05年20.0%から10年に9.5%)と並んで、その他の国の2〜4割に比べ格段に低くなっている。日本の場合近所の人たちとの濃密な関係は少ないとみられる。

 日本の高齢者が携帯電話で家族・友人と連絡取り合う比率も比較的低い(最近、どの国も携帯電話の利用率が上昇しているのでこの値は上がってきており、フランスの最近の値は05年値よりずっと高いと考えられる)。これには携帯電話料金などの問題もあろうが、これまで述べてきたように同居している夫婦や子供との関係以外では人間関係の密度が薄いことを反映してという面も無視できない。

 このように日本の高齢者の場合、同居している夫婦、家族を越える人間関係が他国に比べ希薄であり、その分同居夫婦・家族への期待が大きい点が大きな特徴となっている。(こうした傾向の時系列的な深まりについて、家族は図録2412、夫婦は図録1334参照参照。)

 こうした状況をどう考えたらよいかであるが、日本の場合、薄まりつつあるとはいえなお保存されている夫婦や家族の事実上の関係が深い分、また国が用意している社会保障が制度的に充実している分、高齢者生活を安定させるため本来重要な自覚的に取り結ぶ人間関係の構築において努力不足が否めないのではないか。

 このため夫婦の片方に先立たれたり、高齢になって離婚すると日本人は大変なショックを受ける(図録2750参照)。独居老人の生活の不安定は他国より大きいと考えられる。同居夫婦・家族内に乱れが生じると他に逃げ場がない分、家庭内のいさかいが深刻化する。また、こうした高齢者の状況を理解しないと理解しにくい犯罪も起こっている。2014年11月に京都府内で筧千佐子容疑者(67歳)が夫殺人の疑いで逮捕された。結婚相談所を通じて財産のある高齢者男性を物色し、妻に先立たれて孤独な老人の心の隙間に「一緒に新年を迎えよう」とか「健康管理してあげる」といった優しい言葉をかけてつけこみ、最後は毒殺などで殺してしまうということを何人もに繰り返していたと疑われている。「後妻業」(文藝春秋/黒川博行)というこれを予言するような小説もあるようだ。

 また年金記録の問題で社会保険庁(国)の不手際に日本人は大きなショックを受けた。これは国と国が用意する社会保障制度に大きな信頼を置いていたからである。韓国のトップ企業の日本支社の韓国人の方と話す機会があったが、年金記録の問題に対して「韓国でならともかく、日本でこのような問題が生じるとは思ってもいなかったので大変に驚きました」と語っておられた。そもそも信頼しているからこそショックを受けるのである。

 もちろん家族関係や国への信頼を取り戻すことは非常に重要であるが、復古主義に陥り、夢のような古き良き人間関係や国への信頼がなければすべてが終わりと考えるのではなく、個々人が様々なかたちで自らセーフティネットを相互に築くための努力をしていくことの方が重要ではないかと思われる。

 生活保護と近親者の扶養義務との関係については図録2950を参照。

 他国と比較した場合の日本の高齢者の以上のような特徴をもった人間関係が成立した理由として、日本では他国を上回って近代化が進み、人間関係が希薄になったからと考える方が正しいのだろうか、あるいは、元から日本社会では人間関係が希薄だったと考える方が正しのだろうか。夫婦関係だけがむしろ緊密であるという特徴まで説明できるのは後者の考え方である。

 社会人類学者の中根千枝は、日本の伝統となっていた家制度が同居の子ども以外の子どもとのつき合いを薄くしていたと指摘している。

 「「家」制度(親子の関係にある二夫婦が同一の家に住むという形態)は、どの社会でもとられている方法ではありません。(中略)親子の夫婦が同居しないことが慣習となってきた社会」の「代表的な例は、よくいわれるように「スープのさめない距離」に、親と既婚の息子、あるいは娘の一人が居住するというイギリスの方法です。(中略)この方法がもっとも大きなスケールになっているのが、今日のアメリカの方法です。一般にアメリカ人は、別居している親を日本人とは比較にならないほどよく訪ねます。車で二時間ぐらいの距離でしたら、たいていのウィークエンドには訪れるのがつねです。また、親のほうからも、よく息子や娘の家を訪問します、別居している親との、ふだんの往来は、むかしから、彼らのあいだでは習慣のようになっています」(中根千枝「家族を中心とした人間関係」講談社学術文庫、1977年、p.136〜138)。こうした英国の親子関係が伝統的なものである点については図録1197参照。

「これに対して、日本では、親は長男夫婦と一緒に住む習慣でしたから、二・三男は、長男まかせで安心しているのでしょうか、イギリス人やアメリカ人のように頻繁には訪ねません。(中略)「家」という制度があったために、日本人のあいだには、親の家を頻繁に訪ねるという習慣が発達しませんでした。したがって、別居してしまうと関係が疎遠になりがちです。そして、むかしは長男が親をみるということでしたから、兄弟姉妹が連帯して親をみるという習慣も発達しなかったのです。(中略)親のほうも、一緒に住んでいる娘(あるいは息子)には遠慮がなくても、別居している息子・娘たちに対しては遠慮するというのがつねです。ここに、日本に古くから慣習となっている、「居をともにする」ということが、私たちの心理にどれだけ大きく作用しているかをみることができます」(同、p.138〜139)

 夫婦関係が他国よりも緊密なのも家制度のもとで夫婦が、兄弟や近所に頼りにくいこともあって「家」を守る同志関係をむすんでいた伝統が長いからだと考えられる(図録2428参照)。同居家族から子ども夫婦がいなくなって相談相手が夫婦に限定されてしまったためとも考えられる(図録1309参照)。もともと別居が普通なので別居していても親子きょうだいが相談し合う風土がある欧米と異なり、別居したために夫婦以外の関係が希薄になってしまったのである(別居していても高齢者が子どもと会う頻度は図録1309a参照)。日本社会の閉塞を打ち破って、同居夫婦に限定されない家族や社会の絆を取り戻すためには、家督相続や複数世代同居を復活させることが難しい以上、古きよき家族の伝統を取り戻そうというムード的な保守主義では足りず、家制度が成立した江戸時代よりも昔へさかのぼることまで含めて、新しい人間関係のかたちを模索する必要があろう。

 なお、中根千枝は、「孤立性」に特徴がもとめられる日本の家族の特殊性が中根理論として有名な「タテ社会」の「母体」となっているとしている。そして、「日本における家族と家族の関係がなかなか変わらないのですから、「タテ社会」のあり方は相当根強い」としている(同、p.167)。

(2007年12月28日収録、2011年6月13日更新、12月1日図の上下を反転、2014年5月21日中根千枝引用追加、6月6日図録1309参照追加、6月7日コメント改変、11月10日コメント改変、11月29日筧千佐子事件追加)


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