新型コロナウイルス感染症の流行で我々の生活は大きく変貌を遂げている。コロナ感染の不安の中で、感染防止のために、マスクを常用し、また外出を控え、人との触れ合いを極力避けるようになった。自宅にいることが多くなり、リモートワークが増える一方で、自宅で何でも済ませる巣籠もり消費が拡大している。

 ここでは、こうしたコロナ禍による感染の不安と生活変化の中で果たして社会不安は高まっているのか、社会不安が高まっているとしたらどんな側面なのかを警察の統計などからフォローしてみよう。

 社会不安の前提として、「コロナ感染への不安感」そのものの月次データを最初のグラフとして掲げた(図録1951pとして独立させたがグラフは継続して再掲)。当図録の初出時には見つからなかったのであるが、その後、内閣支持率を調べているNHKの政治意識月例調査で調査されていることが分かったものである。

 感染への不安は、3波にわたる感染拡大の急増にあわせて、4月、7月、1月にピークを見ていることが分かる。それぞれのピーク時の不安度はほぼ同レベルである。

 ただし、感染者数が以前より多くなっているのに第3波の感染不安度は第1波よりやや小さい。国土交通省の調べによる通勤客数の動向を以下に掲げたが、こうした感染不安度の動きを反映して、第1波に比べ第3波では余り通勤客数も減っていなかったことが分かる。


 政府の対応への評価は、5月、8月とピークの1か月後に大きく、あるいはやや低下しており、対応が効果をあらわさなかったと判断した時の国民の目は厳しいといえる。第3波については感染不安のピークと同じ1月に早くも大きく低下しており、しかも過去最低だったことから、GoToキャンペーンの一時停止や緊急事態宣言の発出の遅れなど、対策が後手に回ったという批判から国民の目がなおさら厳しかったことがうかがわれる。

 次の図には「社会不安」関連の主要指標を6つ掲げ、対前年同月増減を昨年の1月から今年の10月まで追った。

 まず、外出を控える行動パターンは経済面での萎縮を全体的に惹起することとなり、めぐり巡って国民の経済不安、生活不安を高めている。

 今後、半年間の展望について全国の世帯にきいた「暮らし向き意識」の結果を見ると、昨年10月の消費税引き上げに向けて毎月悪化が続いていたが、昨年11月からは何とか回復への方向が見られた。ところが、コロナの流行が本格化した本年3月から悪化が目立つようになり、緊急事態宣言が発せられた4〜5月には、消費税引き上げに伴うマイナスを大きく超えて悪化した。

 もっとも6〜7月には暮らし向き意識は改善し、9〜10月には昨年と比較してプラスに転じている。余り深刻になりすぎないというウィズ・コロナの意識へと転換しつつあるものと見られる。また、見方によっては、コロナの感染拡大に慣れてきてしまったともいえる。これが11月以降の感染第3波を招いているともいえる。

 11月以降は暮らし向き意識もさすがに低下傾向となっている。

 上で見たように、「感染不安」そのものは同等レベルで継続しているのであるが、「生活不安」はそれとはやや状況を異にしているようである。

 しかし、経済の実態は、飲食店や観光、運輸の分野を中心に落ち込みが続いており、この点が失業者数の動きにみられる。失業者数は前年と比較し本年5月以降に大きく増加しており、8〜12月には50万人レベルの増となっている。

 警察がとりまとめている自殺者数については減少する月が多く、緊急事態宣言が発せられていた4〜5月はさらに減少幅が大きくなっていたが、その後、経済の悪化も影響して、改善から悪化へと傾向が逆転し、7〜12月には4か月連続で対前年増となっており、増加幅も拡大気味である。

 失業者数と自殺者数の動きは相関する場合が多いが、実は、月別の動きが連動したのは、1997年秋の三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と立て続けの大型金融破綻事件をきっかけに両方とも激増して以降はじめてである。例えば、リーマンショック後の不況の際も、失業者数は増加したが自殺者数は増加しなかった。

 失業者や自殺者の指標は、明らかにコロナ禍で社会不安が高まっていることを示しているが、社会不安の最も代表的な指標である犯罪件数の動き(認知件数の動き)を追うと、実は、コロナの流行と並行して、むしろ、減少している点が目立っている。

 それは、犯罪件数の7割方を占める「窃盗」の件数が明確に減っている点にあらわれている。

 もともと窃盗は減少傾向が続いていたのであるが、今年の4月以降になって、減少幅が5千件レベルからその3倍の1万5千件レベルへと一気に拡大している。これは、外出自粛が一般化し、自宅で過ごす時間が増えている影響が端的にあらわれたものと見なせよう。興味深いのは緊急事態宣言が解除された6月以降も減少幅は縮小していないという点である。コロナの影響は窃盗に関しては、なお、衰えていないと言える。

 このため、犯罪件数全体の動きとしては大きく治安の改善を示しているのである。

 もっとも、犯罪種別ごとにデータを追うと、犯罪の種類によって、コロナの影響はかなり異なっていることがうかがえる。

 ここではデータをしめしていないが、「窃盗」と同様に、緊急事態宣言が発せられていた4〜5月に件数が激減したが、その後、「窃盗」とは異なって、以前と同じ傾向に戻ってしまった犯罪として、「暴行・傷害」と「強制わいせつ」を挙げることができる。こうした犯罪ではコロナの影響は一時的だったのである。

 最後に、コロナの影響で件数が減少しなかった犯罪として特筆すべきなのは、「殺人」である。もともと「窃盗」や「暴行・傷害」などと比較して件数レベルが圧倒的に少ないので、対前年同月増減についてもかなりブレがある。しかし、コロナの影響で特に減少幅が広がったとは見られず、むしろ、5月以降は、9月を除いて、連続して件数が増加している点に注目したい。「殺人」は親族間で起こる割合が5割を超えており(注)、外出を控え自宅にいるようになるとむしろ増加してしまう犯罪なのではないかと考えらえるのである。

(注)殺人の被害者と加害者との関係については図録2793参照

 DVや児童虐待の件数も増加傾向にあると言われており、総じて家庭内でも不安は高まっているといえよう。

 「殺人」とともに「減らない犯罪」としてさらに「詐欺」を挙げることができる。「詐欺」の件数は減少傾向を辿っていたのであるが、本年3月ごろから、むしろ、減少幅が縮小する傾向に転じている点が目立っている。コロナ禍による社会不安に乗じて詐欺に引っ掛かりやすい人が増えているともみなせるのである。

(米国の犯罪状況との比較)

 コロナの流行で概して犯罪件数が減ったのは日本だけの現象ではない。

 シカゴやロサンゼルスなどの米国の大都市ではロックダウン(都市封鎖)により、3月から4月にかけて、殺人やレイプ、窃盗といった犯罪が大きく減少したことを、英国の経済誌エコノミストが報じている。「ニューヨークでは対前年比で犯罪が3分の2も減っている住宅地区がある」のである(4月18日号)。外出禁止令で街頭での犯罪が減っているためであるが、「ロックダウンは公共の場での犯罪を減らすが屋内での犯罪は逆に増やす可能性がある」ことなどから犯罪の長期的減少につながるかは疑問という評で記事は締めくくられていた。

 日本はロックダウンのような強制措置は行われず、あくまで外出自粛に止まったためもあって、米国ほど大きな影響はなかったと見られるが、同様の傾向は上記の窃盗件数の動きに認められるのである。なお、米国の「殺人」は、銃を振り回しての喧嘩という側面があるので、コロナによるロックダウンで減少したのであるが、日本の場合はそういう要素は小さいので、減少もしなかったものと考えられる。

 その後、黒人男性のジョージ・フロイドが5月25日に警察官に膝で押さえつけられ死亡した事件をきっかけに全米の多くの都市で反人種差別の抗議デモが起こり、一部で暴動にまで発展した。ドナルド・トランプ大統領は「反警察の十字軍が銃撃、殺害、謀殺、暴力的凶悪犯罪の衝撃的な爆発(shocking explosion)につながっている」と非難し、連邦軍を動員しようとした。

 トランプ大統領が事実にもとづかない暴言を吐くのはいつものことではあるが、一応、本当に犯罪が広がっているのかを確かめるため、普通1年以上たたないと公表されないFBI統計ではなく、ネットで得られる約20の主要都市データをペンシルバニア大学のDavid Adamsがまとめている。その結果を、やはり、エコノミスト誌が報じている。

 これによると下図の通り、ジョージ・フロイドの死後激発した抗議運動の中で商店街における略奪も起こったため、侵入盗(居宅に対するものを除く)が短期的に急増したのは確かだが、「殺害、謀殺、暴力的凶悪犯罪の衝撃的な爆発」は認められない。


 むしろ、「今年のこれまでのところ犯罪は2015〜19年の同時期と比較して実際には約10%減少していることが示された」(The Economist August 1st 2020)。

 こうして、コロナの影響をみるためにとられたデータではないが、期せずしてコロナの感染爆発が起こった2020年1〜7月の犯罪件数が増えているかどうかのデータが米国の主要都市について得られたのである。

 日米の犯罪件数の推移データを比べると、以下の2点で共通の傾向が認められる。
  • @ 窃盗が多くを占める全犯罪の件数はコロナの感染が爆発した2か月ほどで大きく減少し、それ以後も依然と比較して低いレベルで推移している。
  • A 殺人事件の件数については、コロナの影響で減少することはなく、むしろ、増加傾向が認められる。
 エコノミスト誌は、米国の社会状況を以下のようにまとめている。

「家庭内暴力(DV)もたぶん増えている。虐待を受けていても報告する人は一部にすぎず、また警察署が自分たちのもっている人数データを共有するに至るには時間がかかるので、これについてのデータは少ない。しかし、ブリガムヤング大学のエミリー・レスリーとライリー・ウィルソンの調査によると、3月から5月にかけてDVに関連する電話相談は前年同期と比較して14都市で平均7.5%増加しているという。

 驚いたことに殺人も増加しているようだ。今年、現在までのところ、大都市における殺人は2015〜19年の同時期の平均に対して約20%増加しているようである。他殺率は年ごとに大きく変動するのでこうした数値の解釈には注意が必要である。FBI統計を本誌が分析したところ、大都市の殺害総数は1990〜2018年に平均してほぼ20%の変動幅で増減している」。

 同誌は、シカゴの殺人件数の急増は抗議運動による警察官のマンハッタンへの集中やコロナによる暴力犯の刑務所からの釈放が影響している可能性がある点、今後も、コロナの影響が深刻化している米国では、10代の若者が学校に行かないことや裁判所の閉鎖や財政逼迫による警察予算の削減などにより殺人は増加するおそれがあるとしている点などを指摘している。

 このように、日本とは殺人件数に関する事情が違いすぎるので日米の殺人の増加傾向を共通の要因によるものとは簡単に決めつけられないが、DVの増加が殺人にむすびつく可能性については日米で共通だともみなせよう。

(2020年12月2日収録、12月22日更新、感染不安グラフ追加、2021年2月5日更新、2月9日更新、3月22日通勤客数動向、5月11日NHK世論調査の感染不安グラフを図録1951pとして独立化、5月27日更新、6月27日家計支出データ、2022年4月15日後半消費変化の部分を図録2273として独立させる)


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