国際共同意識調査であるISSP調査の2010年は環境がテーマとなっている。ここでは、環境問題を含めてどのような問題に対して各国国民が重要と考えているかの意識の国際比較をグラフにした。

 設問の選択肢には外交・防衛は含まれておらず、国内問題に限っていることに留意が必要である。また社会保障の中で医療は取り上げられているが、年金、介護、生活保護といった選択肢がなく、また財政、雇用、格差という選択肢もないので、これらを問題とする意識は経済か貧困かの選択肢の選択に流れている可能性はある。

 最重要とする国数の多い選択肢は経済:15、医療制度:8、教育:5、貧困:2、治安、テロ対策:1となっている。

 それでは各項目について見てみよう。

(経済)
 国の最重要問題として国民が第一に「経済」をあげる国が半分近くにのぼっている。特に日本で「経済」を6割近くの者が最重要問題としており他国を大きく凌駕している。これは日本経済が特に世界の中で悪い状態であるからではなく、他の問題の深刻さが他国より軽いための相対的な結果と考えられる。統計学者の林知己夫は1987〜88年の国家目標に関する国際比較調査の結果から日本人は欧米主要国の国民と比較して経済問題を重視しているのが特徴だと指摘し、「経済をうまく操縦する能力のない政党は、いくら立派な理念を掲げても支持は得られない」と言っているが(「数字からみた日本人のこころ」徳間書店、1995年、p.223)、同じ状況が続いているわけである。

(医療制度)
 医療問題が首位の国もカナダ、ロシア、オーストリア、スウェーデン、スイス、ノルウェー、チリなどかなりにのぼっている。オバマ大統領の下で国民皆保険へ向けた医療制度改革が進められている米国や経費削減のための粗診療からの脱却へ向けた医療改革に取り組んでいる英国でも、首位の経済問題に次ぐ高い回答率(それぞれ23.0%、27.1%)となっている(図録1900参照)。

(教育)
 教育問題が首位となっている国もドイツ、イスラエル、フィリピン、南アフリカ、アルゼンチンとかなりある。ドイツでは学力の低下(図録3940)とその背景ともなっている早すぎる進路選択システム(10歳で人生が決定)が教育問題として深刻に受け取られている。

(貧困)
 貧困問題が首位となっている国としてはリトアニア、ブルガリアがある。その他、スロベニア、ラトビア、スロバキア、ロシア、フィリピン、南アフリカといった諸国でも貧困問題は深刻となっている(図録4650参照)。日本においては貧困を最重要と考えている者は4.8%と他国と比較して少ない。文筆を業とする者が朝野をあげて貧困問題の深刻さに警鐘をならしているが国民の反応はそれほどでもない訳である(世論調査でも生活程度「下」は増えていない−図録2288参照)。従来との比較における深刻さに関しては「貧困化のおそれ問題」があるだけで「貧困問題」は存在しないからだと私は考えている。

(治安)
 犯罪に対する治安問題が首位の国はメキシコだけであるが、韓国、南アフリカ、アルゼンチン、チリといった国でも2〜3割の回答率とかなり多くなっている(図録2788参照)。韓国でこの設問への回答率が世界一高い点がやはり目立っている(図録9468参照)。

(テロ対策)
 テロ対策が首位であるのはトルコだけであるが、イスラエルもかなり高い回答率である。その他の国の「テロ対策」の比率はおしなべて低いが、米国だけは7.9%とかなりの回答率となっている。これは対アルカイダの「テロとの戦い」を理由にイラクやアフガニスタンに派兵していたからであろう。

(環境)
 そもそもこの設問は環境問題の相対的地位を知るためのものであるが、環境問題を上位の重要問題としている国はデンマーク、スウェーデン、ノルウェーとった北欧諸国やスイス、カナダといった自然資源に特徴のある国に限られるようである。

(移民問題)
 移民問題が最大の回答率の国はないが英国とスイスでは第3位になっているほか、リトアニア、オーストリアで10%以上となるなどヨーロッパでは概してこれを一定程度あげる国民がいる。日本は韓国、台湾とならんで先進国の中では移民問題の回答率が1%未満と非常に低くなっている。

 移民問題については、それを重視する比率、すなわちその問題の深刻度と実際の移民人口比率とどのような関係にあるのか調べてみよう。以下は両者の相関図である(OECD諸国の移民人口比率については図録1170a、図録1171参照)。


 移民が多い国は移民問題が深刻かというとそうとも言い切れないことが分かる。

 移民人口比率と移民問題の深刻さとが比例している国も多い。スイスは移民(外国生まれの人口)が25%以上を占めており、これに対応して移民問題が重大となっていると考えている国民も16%にのぼっている。一方、日本は、メキシコ、チリ、トルコなどと並んで移民人口が少ないので移民問題も深刻ではない。

 移民人口比率と移民問題の重大度が比例していない国としては、2種類が認められる。すなわち、英国やフィンランドでは移民人口比率がそれほど高くない割には移民問題は深刻である。他方、カナダ、ニュージーランド、イスラエルでは移民人口比率が高い割には移民問題が深刻ではない。カナダ、ニュージーランドはもともと欧州からの移民でできた国なので不思議はない。ただしイスラエルの移民は海外ユダヤ人の流入を意味しており、通常の移民とは異なるので当然移民問題にはむすびつかない性格のものである。

 冒頭の図で比較対象となった32カ国は、図の並び順に、日本、チェコ、スペイン、ベルギー、スロベニア、ラトビア、フィンランド、米国、台湾、デンマーク、ニュージーランド、韓国、クロアチア、英国、リトアニア、ドイツ、フランス、カナダ、スロバキア、トルコ、ブルガリア、ロシア、オーストリア、イスラエル、フィリピン、スウェーデン、スイス、ノルウェー、メキシコ、南アフリカ、アルゼンチン、チリである。

(2012年12月26日収録、27日コメント追加、2015年10月22日林知己夫引用)


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