国際共同意識調査の代表格である世界価値観調査では、日常生活を導く10個の基本価値を体系づけたシュワルツ(Schwartz)の価値理論にそって、それぞれの価値について、回答者がどれだけ大切にしているかという設問を設けている。

 一般論として「大切にすべきか」ではなく、個人的に「大切にしているか」ときいているところがこの設問のミソである。タテマエでなくホンネをきき出そうとしているのである。

 各価値について、「大切にしていると思う」と答えた割合の高さは、日本人の場合、他国民に比べ最も低い場合が多く、日本人は世界の中でも「最も自負心が低い国民」、または「最も自分に厳しい国民」、あるいはさらに「最も控え目な国民」ということが出来るという点を図録9515で指摘した。

 概して低い中でも、どのような価値は相対的に高く(重視しており)、どのような価値が相対的に低い(重視していない)かをここでは詳しく見てみよう。

 それぞれの価値を大切にしていると回答した人の比率を10個の価値についての回答結果の平均で除して、それぞれの価値の相対的重視度を計算した。図には、日本人の回答の結果を掲げている。「まあ大切にしている」以上の回答割合は10項目平均で27.37%であり、そのうち「自然環境」の価値については、その割合が46.70%なので、相対的重視度は1.71となる。

 これで見ると、日本人は、「自然環境」の価値を最も重視している点が目立っている。2番目、3番目は、それぞれ、「安全」の価値、「創造性」の価値を重視している。最も重視していないのは、「裕福さ」の価値であり、項目平均の0.23(回答割合6.4%)に過ぎない。

 それぞれの価値についても各国の相対的重視度を計算してランキングを行うと「自然環境」と「安全」で日本が1位であり、「創造性」も3位と高くなっている。この3つの価値を重視している点が日本人の特徴となっていることが分かる。日本人は「創造性」を案外と重視しているのである。

 それ以外の価値としては、「協調性」と「楽しい生活」が世界標準に近い相対的重視度を示しており、まあ、実感に近いであろう。

 逆に、「社会貢献」や「挑戦」などの相対的重視度は世界最下位かそれに近い。

 なお、日本人が示すそれぞれの価値の相対的重視度を2005年調査と比べてみると「安全」の価値が上昇し、「社会貢献」の価値が下落したのを除くと余り水準に変わりはない。

 以下には、日本人の自然観について、さらに、世界価値観調査やそれ以外のデータに基づき、考察を深めてみよう。

 「自然環境」の価値の相対的重視度を対象国60カ国について計算して、ランキングを行うと次図の通りとなる。日本は2位のオランダの1.46を大きく上回る世界1の高さである。


 「自然環境」の価値に対しては、多くの国で1.00以上となっており、比較的重視されている価値といえる(世界平均では、「安全」、「社会貢献」に次ぐ重視度が3番目の価値である)。

 日本に次いで「自然環境」の重視度が高いのは、オランダ、スウェーデン、ニュージーランドといった先進国である。ただし、これらの国における「自然環境」の価値の項目順位は「創造性」や「社会貢献」より低い2〜3位である。

 なお、先進国の中でも、米国、ドイツは、世界順位25〜26位と中国より低い水準になっている。

 「自然環境」の価値の重視度が低い国としてはロシア、カザフスタンなど旧社会主義国、あるいは中東・アフリカやイスラム圏の国が目立っている。

 世界価値観調査では、以前、「自然は支配すべきものか、共存すべきものか」というかたちで各国の自然観をきいた設問を設けていた。その結果を図録9490に図示したが、日本人の回答は、「人間にとって自然は調和し、共存すべきものである」が96.1%とやはり他国を上回って圧倒的である点が目立っていた。

 このように、日本人の自然観は、世界の中でも、自然保護の価値観が最も強く、また自然との共存を最も重視しているという特徴がある。しかし、日本人も高度成長期には、欧米型の「自然を征服できる」という考えが今よりずっと強かった。その後、公害問題、環境問題の深刻な被害を目の当たりにしたことにより、再度、自然重視に復帰したのである(こうした変化は図録4250参照)。

 「自然を支配」あるいは「自然を征服」するという自然観は、おそらく、ユダヤ教からキリスト教、イスラム教へと引き継がれた一神教の成立と普及とともに中東から世界に広がったと思われる。全能の唯一神だからこそ自然を造り、改造することが出来るのであり、人間は、この神の手助けを得られると思うから、自然を支配するという考えを抱くことが可能となったのであろう。

 さらに、全能の神が歴史という概念に置きかえられ、「自然に従属していた段階から技術進歩により自然を征服するに至るのが歴史的な人間の使命」というような考え方として、同種の自然観が、社会主義思想の中で、生き延びて来たと思われる。ロシアや中国おいて「自然環境」の価値の相対的重視度が高くないのはこうした事情によるものといえよう。

 日本も、一時期は、一神教にルーツをおく欧米思想の影響で自然を征服できると考えた時期があったが、公害問題や環境問題の深刻化、また温暖化による地球環境問題に直面したことによって、経済発展の中で同じように環境問題が深刻化した欧米先進国と同様に、むしろ、自然との共存志向へと大きくギアチェンジして来た。

 しかし、「自然環境」の価値の相対的重視度が世界1のレベルにまで達しているからには、それなりの日本固有の事情があると考えなければならない。

 日本は島国なので大陸からの影響は逐次的であり、世界的な宗教思想による精神面の根本改造を経験していない。そのため、先進国としてはまれな例として、もともとの土俗的な自然信仰が途絶えることなく受け継がれて来ている。花見や俳句の季語などに代表される情緒面での自然交流の長い経験を有してもいる。「祖先の霊的な力」があると思う人の比率が先進国としては異例に高い点を図録9530に示したが、自然信仰も祖先信仰も先進国としては土俗的なのが日本の特徴なのである。日本人は特定の宗教に信奉する者は少ないが宗教心自体は弱くないのも同じことのあらわれであると考えられる(図録3971d)。こうしたことから、高度成長期の「自然の征服」による弊害からの反動で、世界一の「自然との共存」志向にまで至ることになったのであろう。

 深刻極まりない原発事故が起こったにもかかわらず、世界一の「自然との共存」志向のわが国で、「自然の征服」型の代表ともいえる原子力発電方式を継続するのは、いかにも、無理があるような気がする。

 また、どの国も地球的な環境問題から逃れることはできないことから、資源・エネルギーの消費大国である米国と中国の動向に、わが国としても無関心ではいられない。国際的な取り組みに対しては、各国の国民意識のあり方による影響が大きいことはいうまでもない。このため、先進国としては不思議と「自然との共存」志向の低い米国や社会主義の影響もあって基本的に「自然との共存」志向の低い中国の国民の自然観が、今後、どのように推移するかに目が離せない。今後、公表される世界価値観調査などの国際意識調査の最新の結果が注目されるのである。

 対象国は世界60カ国であり、「自然環境」の価値の重視度順に、日本、オランダ、スウェーデン、ニュージーランド、スロベニア、台湾、ルーマニア、オーストラリア、スペイン、エストニア、ウルグアイ、ウズベキスタン、モロッコ、ジョージア、ブラジル、コロンビア、香港、メキシコ、ポーランド、ペルー、トリニダードトバゴ、中国、イエメン、マレーシア、米国、ドイツ、キプロス、ウクライナ、アルゼンチン、リビア、フィリピン、アルメニア、ベラルーシ、韓国、エジプト、パレスチナ、カタール、トルコ、ロシア、ヨルダン、ガーナ、タイ、エクアドル、カザフスタン、アゼルバイジャン、インド、チリ、シンガポール、キルギス、ジンバブエ、レバノン、イラク、クウェート、ナイジェリア、ルワンダ、南アフリカ、アルジェリア、パキスタン、バーレーン、チュニジアとなっている。

(2018年9月13日収録、9月15日補訂)


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