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 OECDは、主観的幸福(Subjective Well-being)の測り方・指標として、「生活満足度」、「感情状態」、「生きがい(ユーダイモニア)」の3つを使うとしている。

 2020年版のOECD幸福度白書(How's Life?)では、このうち「生活満足度」、「感情状態」の指標を紹介しているが、ここでは「感情状態」を取り上げることとする。

 文化的な考え方の影響が大きいため、こうした主観的幸福の指標そのものの値を国民間で比較するのはやや無理がある。一方、同じ文化を共有する国民の間での男女、年齢、学歴といった属性間の比較、あるいは同一国民の時系列的な比較は有効だと考えられる。

 「感情状態」の指標として使われているのは、ネガティブ感情度(Negative affect balance)である。これは、前日の感情状態について一覧の質問に「はい」「いいえ」で答えた結果による指標である。否定的な項目としては怒り、悲しみ、恐れが示される質問、肯定的な感情項目としては、喜び、くつろぎ、笑い、ほほえみが関係する質問が該当し、ネガティブ感情度(否定的感情優位度)は前日の状態として肯定的な感情より否定的な感情を多く挙げた回答者の比率で示される。原データは国ごとに毎年1000サンプル程度で行われているギャラップ調査であり、結果のばらつきを抑えるため、長期間の平均値(2010〜18年)で比較されている。

 世界の通例は、女性・高齢・低学歴の方が幸福感が薄いというものだが、日本人は、これに反しているというのが目立った特徴である。

 まず、男女差(ジェンダー差)である。うつ病は女性の方が多いというのが世界の通例であることからも類推できるように、ネガティブ感情度の男女比(男性÷女性)は、日本を除くすべての対象国で、1以下である。すなわち、女性の方がマイナスの感情に陥りがちである。

 ジェンダー論者は、男女差別によってこれが引きこされていると速断しがちである。自殺がうつ病とは逆に男性の方が多いのが世界の通例であることからもうかがえるように、ことは、そんなに単純ではない。

 一般に、北欧諸国では、男女平等意識が高いと考えられているが、ノルウェー、デンマークでは、女性のネガティブ感情度の方が高く、フィンランド、アイスランドでは、むしろ、男女比が1に近い。

 もっとも特徴的なのは、日本人だけ、男性のネガティブ感情が女性を14%も上回っている点である。これは、図録2472などで見たように、世界価値観調査などで、日本人の幸福度が女性優位ある点が目立っているのと軌を一にする結果であろう。

 日本のジェンダー論者が、最初からほとんど結論ありきのジェンダーランキングを引用することはあっても、世界的に権威があるこのOECD報告書(日本語題名「OECD幸福度白書」)を参照することは、まず、ないであろう。ここに盛られている深い真実を直視しない限り、日本における本当の男女平等は実現しえないというのに。男性が幸福になれなければ女性も幸福になれないことは生活人の常識だろう。

 次に、表示選択2番目の年齢差についてである。

 男女差ほどではないが、世界的には、若者の方が高齢者より、ネガティブ感情度が小さいのが通例である。若者には未来があり、高齢者は死に近づき、病苦で苦しむ者も多いからである。

 年齢差が大きい国はといえば、途上国的な性格を残している国が大きい。途上国の高齢者は生活していくだけでも大変なのである。所得水準の高い国では年齢差は目立たなくなる。社会保障が充実して、高齢者でも、生活苦や病苦で悩むことが少なくなるからである。

 こういう見方でグラフを眺めると、各国のネガティブ感情度は、若者では国による違いは小さいことに気がつく。どんなに生活が苦しくても若者には未来があるのである。一方、高齢者のネガティブ感情度の差は大きく、高所得国ほど低くなっていることが分かる。

 そして、働き盛りの年齢では、国による違いは、若者と高齢者の中間である。仕事や子育てなどに伴う働き盛りの年齢の悩みは、国の所得水準の上昇で消えるわけではないことがうかがわれる。この結果、米国より右に位置する国では、おおむね、若者や高齢者の両方より働き盛り年齢のネガティブ感情度がもっとも高くなる傾向にあるのである。

 さて、日本の位置であるが、高齢者のネガティブ感情度が最も低い方から2番目である。高齢者のネガティブ感情度は、高福祉社会と言われる北欧諸国が世界で最も低く、それに伴って年齢差も最も低くなっているが、日本もこれに伍しているのである。少なくとも感情の状態からは、日本は高福祉社会の域に十分達しているといえよう。しかも、世界でもっとも高齢者の多い国である点も忘れてはならない。

 最後に、表示選択の3番目である学歴について見てみよう。

 日本は、中等教育卒業者のネガティブ感情度が、メキシコに次いで低く、初等教育卒業者の場合は最も低くなっている。そして、こうした状況によって学歴差が最も小さい国の一つである。

 世界では学歴と身分・職種の差が相互に規定し合っており、これを背景に、低学歴の者ほどネガティブ感情度が高いというのが通例であるが、ここでも日本は例外的な特徴をあらわしている(注)。

(注)学歴差から生じるネガティブ感情の格差の小ささについてはドイツ在住の川口マーン恵美氏の実態報告が参考になる。

 彼女は、誰に対しても義務教育充実している日本と10歳で大学進学か職人かのコースが硬直的に振り分けられ落ちこぼれを多く作るドイツを比較しながら、こう言っている。

「日本に住んでいる人はあまり気付かないかもしれないが、日本は、世界でも稀に見る格差のない社会である。その第一の理由は、義務教育が充実していることだろう。初等教育の段階で不平等が起こると、それがいずれ貧富の差を作り、格差となり、ゆくゆくは社会不安を引き起こす。格差の有無は、実は義務教育の充実度で決まるのである。日本でも近年になり、格差が問題になっているとはいえ、そこでいわれる格差など、世界の他の国に比べれば、まだまだ生易しいといえる。それは何万円もする高級レストランで食事ができる人々がいるのに、一方でコンビニのお弁当しか食べられないというような差だ。教育の機会不均等に根差す根源的なものではない」(「住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち」講談社+α新書、2013年、p.137)。

 日本ではホームレスでも岩波新書を読んでいる新宿都庁あたりの地下街の事例をあげ、「本当の格差社会では、こういうことは起こらない。ホームレスになる人は、たいてい、まず義務教育を受けるチャンスを逸しており、教養どころか、字もちゃんと読めず、割り算や小数点以下の計算もできず、そのため、子供のころからそのあとの人生のすべてのチャンスが閉ざされてしまい、社会からおちこぼれ、当然、職もお金もないまま漂い、ホームレスになる、あるいは、犯罪に走るという道を辿る。(中略)

 当然のことながら、現代社会に生きる人間は、昔のように、階級やら格差を当たり前のこととして受け入れない。したがって、貧しい人たちは不平等感に駆られ、膨張した不満がいずれ爆発する。それは、2005年にフランスで爆発したし、最近ではアラブ諸国が、はっきりと目に見える民主化運動という形で証明した。

 日本には幸い、こうした絶望的な格差はないのだ。

 もちろん、金持ちが何かにつけてチャンスをものにし、さらに豊かになっていくという傾向はあるが、その程度だ。だから、誰も絶望の余り外へ飛び出していって停まっている車に火をつけたり、抗議の焼身自殺をしたりはしない。日本社会の不平等感は、そこまで大きくはない」(同前、p.138〜139)。

 カプセルトイの販売機になぞらえて、自分の将来が親の経済力、教育環境の運で決まることを示す「親ガチャ」という新造語がはやっている。恵まれない家庭に生まれた場合、「親ガチャに失敗した」などと使うそうだ(東京新聞「こちら特報部」2021.9.23)。例によって「識者」は格差拡大のあらわれと指摘するが、日本の学歴差はそうした軽い言葉で表現されるほど深刻さに欠けるとも言える。

 以上のように、幸福度の一側面をなす「感情状態」について、男女差、年齢差、学歴差を見る限り、日本人ほど、良い方向に世界の常識が当てはまらない国民はいないのだといえよう。日本は「奇跡の国」と思われてもおかしくはないのである。

 対象国は41か国であり、具体的には、男女差の図の順番に、コロンビア、スロベニア、チリ、ポルトガル、ノルウェー、ドイツ、カナダ、ニュージーランド、デンマーク、エストニア、ベルギー、イタリア、オーストラリア、ポーランド、ハンガリー、ラトビア、スイス、英国、スペイン、フランス、トルコ、ルクセンブルク、オランダ、ギリシャ、スウェーデン、リトアニア、米国、オーストリア、アイルランド、スロバキア、イスラエル、メキシコ、アイスランド、チェコ、韓国、フィンランド、日本、ブラジル、ロシア、コスタリカ、南アフリカである。

(2020年6月6日収録、2021年9月21日川口マーン恵美氏著述引用、9月25日「親ガチャ」)


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