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 子供の長所として望ましいものは何かについて、日本と欧米諸国を比較した国際調査の結果を掲げた。

 調査を実施したのは日本の統計数理研究所であり、同様の設問を設けている欧州発の世界価値観調査と異なり、「思いやり」や「男の子らしさ、女の子らしさ」といった選択肢が存在している点が特徴である。世界価値観調査の結果は図録9463(子どもに教えたいとする徳目)参照。

 「思いやり」の選択肢を含んだ同様の設問の調査はアジアバロメーター調査でも行われているが、こちらの場合は、アジア諸国の比較であり、欧米との比較はできない(図録8068)。

 3つまでの複数回答結果を見ると「正直さ」がイタリアを除くすべての国で最も多い回答となっている。子どもに「ウソついちゃだめよ」と諭すのは世界共通の現象であることが分かる。イタリアだけは「親の言うことに従う」が1位である。

 2〜3番目に回答が多い選択肢は全13個の選択肢の中で、「思いやり」、「責任感」、「良識と判断力」に集中している。

 日本の特徴は、2位の「思いやり」が1位の「正直さ」とほぼ近い回答率であり、また、欧米の回答率を大きく上回っている点にある。

 この他、日本の回答率が欧米の回答率をかなり上回っている点で目立っている選択肢は「礼儀正しさ」と「男の子らしさ、女の子らしさ」である。

 逆に、欧米諸国よりもかなり下回っている点で目立っている選択肢は「好奇心」と「親の言うことに従う」である。

 次に、表示選択で、択一回答の結果を見ると、「正直さ」が上位3位に入らず、むしろ「思いやり」が最も多くなっている。この点で、欧米のように「正直さ」への集中と「思いやり」への回答率の低さが目立つ欧米諸国と対照的な結果となっているといえる。

 また、複数回答で見た「親の言うことに従う」への日本の回答率が低い点は択一回答でも共通であるが、その他の特徴は余り目立たなくなっている。

 何よりもまず「思いやり」が子どもにとって重要と考える日本の価値観は、やはり、欧米諸国と比較して、かなり特徴的であるといってよい。実は、図録8068で見たように「思いやり」を重視する価値観は東アジア諸国の中でも日本だけに見られる特徴であった。となると、子どもの頃から「思いやり」を言い聞かせる国民性は世界の中でも日本人特有の特徴だという結論となる。

 何故、「思いやり」が日本特有なのかについては、島国という環境の中で、また家制度とむすびついた村落共同体の形成とともに日本で特に発達した国民性であると考える見方があろう。

 この他、肉食忌避などと同じように儒教や仏教の普及でアジアワイドで成立していた価値観が北方遊牧民に蹂躙されなかった日本でだけ生きながらえたという見方があろう。

 さらに、また、鎌倉新仏教の影響だとする考え方も成り立つ。経済史家としての活躍が目立つ寺西重郎は、これまでの学説に見られる欧米型の資本主義精神が世界に広まったという見方では、異種資本主義の協調・共存という世界的な課題に正面から立ち向かえないとし、欧米型、中国型、日本型の資本主義では、資本主義の精神の成因がそれぞれ異なると捉え、日本の場合はそれが、中世に成立した、生活全般に求道者的な態度を貫く庶民倫理だと考えた。

 すなわち、寺西(2018)「日本型資本主義-その精神の源」(中公新書)では、宗教的救済を聖職者や出家者から在家の庶民にまで広げるための宗教改革として、西欧のプロテスタンティズムと並ぶ歴史的な意義をもった鎌倉新仏教の影響により、日本人は、西欧のように禁欲精神に裏づけられた「神に対する奉仕としての労働」や「公共世界」を通じてではなく、求道者精神に裏づけられた「身近な他者」、「人的資本」、「自然との共生」の重視が救いに通じると考えるようになったと説かれている。こうした日本人の精神性が、子供の長所として「思いやり」を重視するに至った要因だとする考え方も成り立つのである。

 権藤成卿という久留米藩の有職故実を家業とする家に生れた戦前の反国家主義・農本主義思想家がいる。彼についての以下のエピソードは、日本においては「思いやり」が思想にまで結実する場合があることを示している。

「思想家の行使する範疇の意味は整然たる体系の中でよりも、かえってなにげない挿話の中に露出することがある。彼が当時86歳の旧久留米藩士について書いている挿話はその意味で興味あるものである。この老人の孫娘が旧藩主の祝事に招かれたことがあった。姉妹が拝領の紋服を着て老人に「行って参ります」と挨拶すると、彼は意外にも不機嫌きわまる顔つきで「不たしなみの奴どもだ」と罵った。権藤が傍らで見ていてその理由をただすと老人は、「個様の場合に於いては、必ず其召された屋敷に於いて衣装を着くべきものである、是は近隣に対し世間に対する身たしなみと云ふもので、其身たしなみの心得は、自分の心に量り、朋輩其他の者に羨まれ、世間に目立ちはせぬかと云ふ程合を考へ、之を其身に行ふことである」と語ったというのである。つまり幕藩社会の共同的な規制力とは、このような各自の心のうちにある他への憚りの念をいうもので、権藤はこの慎みという共同規制を社稷的自治の核心と解した」(渡辺京二「権藤成卿における社稷と国家」『維新の夢渡辺京二コレクションT史論』ちくま学芸文庫、p.175)。

 農本主義者としての活動を主とする前、権藤成卿は、日韓対等合併などを旗印に黒竜会とともにアジア革命に邁進していた。権藤が、なぜ、「思いやり」がワールドワイドでもアジアワイドでもないのかという点に疑問を抱けば、その思想は更に深まったといえよう。

(2018年9月29日収録)


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