トランプ大統領はアメリカ・ファースト政策の一環として、2017年の大統領就任以前から、貿易赤字解消のための貿易交渉を進めると表明し、実際、就任後それほどたたずにTPP交渉からも離脱した。

 その後、2018年3月に安全保障上の輸入制限を可能とする米通商拡大法232条に基づき鉄鋼製品への25%の関税やアルミ製品への10%の関税を課した。これは対中国を中心とした貿易赤字が国の安全保障上座視し得ないという考え方に立ったもののようである。貿易交渉中のNAFTA(北米自由貿易協定圏)を構成するメキシコ、カナダ、これに加えEU、韓国、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジルは暫定的に課税対象から外された。日本は中国とともに課税対象とされたが、日本を対象にしたのは中国だけの狙い撃ちでないという言い訳のためかもしれない。

 なお、中国に対しては、米通商法301条に基づく制裁措置も発動するとされており、6兆円を超える中国製品に25%の追加関税が課せられる見通しである。

 その後、実際に、暫定的に課税対象から外された国・地域を含めて、安全保障上の理由をあげ一方的な関税引き上げを米国が実施し、各国が米国に対して対抗措置として報復関税を課すという貿易戦争が起こっている。その中で2018年6月にカナダで開かれたG7サミットでは米国とその他各国首脳の間で貿易秩序についての議論でぎこちなく気まずいすれ違いが生じた。

 メルケル独首相のインスタグラムに投稿された以下の写真は、そうした気まずい一瞬を切り取ったように見える点で注目され、新聞各紙も掲載した。左手前のクドロー米国家経済会議(NEC)委員長にさえぎられながらもメイ英首相とマクロン仏大統領が見えている。不当だとするEU側からの非難に対して米トランプ大統領が示す何が悪いという態度、また米国の措置を困ったものだと思いながら米国側に立っている日本の立場がよく表現されている。


 ここでは米国のこうした措置の前提となる米国の貿易赤字について、どのような国が貿易赤字の対象国なのか、また国別の貿易赤字はどのように推移しているのかを図録化した。主要国の中で米国の貿易赤字だけが目立って拡大してきている点については図録5040参照。

 貿易赤字上位国を見ると対中国の貿易赤字がスバ抜けて多く、2番手グループとして、メキシコ、日本、ドイツが並んでいる。なお、EU諸国を合計すると中国の半分ぐらいと貿易赤字の規模は大きくなっている。

 輸出入の状況を見ると中国に対しては輸入が輸出の3.4倍となっており、これが大きな対中赤字の理由となっている。日本やドイツも輸入が輸出の約2倍となっており、貿易の不均衡は否定しがたい。

 米国とともにNAFTA(北米自由貿易協定圏)を構成するメキシコ、カナダは輸入超過であるが輸出もかなりある点で中国、日本、ドイツなどとは異なっている。輸出入の規模では中国、メキシコと並ぶ主要貿易相手国のカナダでは輸出入がほぼ拮抗しているので貿易赤字は大きくない。

 次に国別貿易赤字の推移を見てみよう。

 ここでは、対中赤字が著しく拡大しているのが目立っている。中国に次いでEU全体の拡大も目立っている。一方、日本は、横ばい、あるいはやや下降傾向にある。1999〜2000年の頃は、1980年代のなごりで、まだ、日本が貿易赤字国のトップであったが、2001年には中国と逆転し、2002年はEUと逆転したため、今や、米国との間の貿易摩擦における主戦場の可能性は日米間から日中間、日欧間にシフトしたといえよう。

 もっともグローバルなバリューチェーンの拡大の中で、日本から中国に輸出した中間製品が中国で最終製品に加工されて米国に輸出されているという側面も大きくなっているので、期せずして、日本が中国を隠れ蓑にしているという格好になっているともいえる。この点については図録5052(日本の対中・対米貿易収支)、図録5380(日本製中間財)、図録5382(グローバル・バリューチェーン)参照。

 グローバルなバリューチェーンの拡大は、各国が相互に他人の褌で相撲を取り合う関係が進んでいることを指す。そうしないと安くて良い製品はなかなか作れなくなっているからだと考えられる。日本は中国との間で、ドイツは東欧との間でそうした関係が強まっている。

 ソフト産業や金融サービス業が強い米国には、高い国内製品を買う財力があるため、製造業においては、そうしたグローバルな動きに乗り遅れ、結果として貿易赤字が拡大しているのではなかろうか。

 米国の鉄鋼製品の主要輸入先は、カナダ、ブラジルであり、中国は2〜3%に止まっている。中国の過剰鉄鋼製品の米国内での不当廉売を槍玉に挙げているが、カナダに対する貿易赤字は小さく、ブラジルにいたっては貿易黒字である。高関税がカナダ、ブラジルからの鉄鋼輸入まで適用されたらそれこそ「とんだとばっちり」の不当措置となってしまい、結果として無意味な貿易戦争を惹起し、世界経済が収縮する引き金となりかねない。

(2018年3月3日収録、3月7日コメント改善、3月24日更新、6月15日メルケル首相投稿写真、2019年4月2日更新)


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