世界的に所得格差だけでなく、資産格差の拡大が起こっており、各国における格差拡大傾向の大きな要素となっている。

 ここでは、OECD各国における資産格差の状況を富裕層の家計純資産額シェアの大きさで比較したデータを掲げた。

 トップ10%の資産家(富裕層)が占める資産額シェアは、最小のスロバキアの34%から最大の米国の79%まで、かなりの差があるが、50%以上の国が27か国中15か国と過半数を占めている点から資産格差が多くの国に広がっている状況をうかがうことができる。

 この指標で米国に次いで格差が大きい国は、オランダ、デンマーク、ラトビア、ドイツ、チリの順になっている。

 日本もトップ10%富裕層が占めるシェアが41%と多いが、それでも下から2番目であり、日本の資産格差は比較的小さいといえる。

 最小の国はスロバキアであり、日本、ポーランド、ギリシャ、ベルギー、イタリアが続いている。

 トップ1%の富裕層のシェアも大きい。最大の米国では全体の42%を占めるに至っている。トップ1%基準で格差が大きい国は米国に次いでオランダ、オーストリア、デンマーク、ドイツ、スロベニアの順になっている。

 家計の資産分布データは、通例の家計調査ではサンプル数の関係で富裕層のシェアが低く見積もられがちである。ドイツにおける最近の研究では純資産額が3百万ユーロから2兆5千万ユーロの富裕層のサンプル数を増やしてデータギャップを訂正したところ、トップ1%の資産額シェアは以前の22%から35%へと増加したという。従って、ここでの資産格差は下限のものと見なす必要がある(元資料のOECD報告書、p.19〜20)。

 各国のこうした資産格差の状況はいつからのものだろうか?

 資産格差の長期推移のデータが得られる国は少ない。そうした国の富裕層の資産シェアの長期推移をOECDの幸福度長期データ分析報告書から下図に掲げた。

 19世紀の1870年頃の資産格差は、大きい順に英国、フランス、イタリア、米国、日本の順だった。西欧植民地として出発した米国は、南部の大土地所有の影響はあるものの基本的に開拓時代の家族経営の独立農民が広く存在していたために資産格差は、封建時代の領主以来の大土地所有の名残りのある西欧諸国より小さかったと考えられよう。

 一方、日本の場合は、大名に代表される領主層が兵農分離という近世封建制の特殊な形態により、明治以降に自己所有の大土地所有を引き継がなかったために、欧米諸国と比較して、極度に資産格差の小さな国だった。

 19世紀中、国によって20世紀に入っても資産格差の上昇が続いたが、クズネッツの逆U字仮説(クズネッツ・カーブ)によるものと考えられている(図録4650参照)。これは、経済発展の初期段階では所得格差は低く、その後、産業資本主義が発展するにつれて格差が広がり、さらにある点を超えると今度は、サービス産業化、民主化などにより平等化が進むという仮説であるが、所得格差だけでなく資産格差でも当てはまっているという説が有力である。

 所得格差の長期推移をトップ1%高所得者の所得シェアでたどったデータは図録4655参照。

 20世紀に入ると、基本的には第一次世界大戦を契機に低下に転じ、戦争による経済社会の混乱や戦時体制の影響で富裕層の家計資産シェアは低下傾向に転じ、その後、第二次世界大戦後に福祉国家化による再配分政策とそれにともなう累進課税や相続税の影響にサービス産業化などが加わって、さらに低下傾向が加速した。最も印象的なのは英国の例であり、トップ10%のシェアが1914年の93%から1991年の46%へと低下している(冒頭図の資料による)。

 このため、1970年代〜80年代には、資産格差の程度では、欧米先進国では、大土地所有制の支配的なラテンアメリカのブラジルを大きく下回ることとなった。

 資産格差がボトムとなった1990年の段階では、世界的な大企業が多く大資産家も多い米国では、なお、富裕層の資産シェアが6割を越えていたが、フランス、英国、ドイツ、イタリアでは、同シェアがほぼ5割を切るに至っている。

 ところが、こうした資産格差縮小の傾向は1990年を境に反転に転じる。各国では、20世紀の後半から21世紀にかけて、米国を先頭に、資産格差が再度、大きく拡大する動きに転じたのである。要因としては、市場経済化、金融ビッグバンやIT産業の誕生、そして資産格差の大きな高齢層の拡大などによっていると考えられる。

 こうした推移によって、米国は欧米で最も資産格差のない国から最も資産格差の大きな国へと移り変わっている点が印象深い。

 資産価格差の非常に低いレベルから出発した日本であるが、データのない戦前期には大地主や財閥等の増加で資産格差が一時期拡大したと思われるが、戦後の農地改革、財閥解体や経済民主化を通じて、1980年には、再度、非常に低い資産格差の状況となっていた。しかし、その後は、成功した大企業の創業一族や新興企業の創業者などが大資産家となり、上の要因も作用して、ヨーロッパ並みの資産格差に近づくこととなった。


 当図録で取り上げた諸国は、スロバキア、日本、ポーランド、ギリシャ、ベルギー、イタリア、フィンランド、スペイン、オーストラリア、ハンガリー、スロベニア、ルクセンブルク、フランス、カナダ、ノルウェー、英国、ポルトガル、ニュージーランド、アイルランド、オーストリア、エストニア、チリ、ドイツ、ラトビア、デンマーク、オランダ、米国、およびブラジルである。

(2022年5月23日収録)


[ 本図録と関連するコンテンツ ]



関連図録リスト
分野 経済・GDP
テーマ 格差
情報提供 図書案内
アマゾン検索

 

(ここからの購入による紹介料がサイト支援につながります。是非ご協力下さい)