欧州の小国ルクセンブルクは、一般に所得水準を示すとされる「1人当りGDP」の指標で他国を圧倒的に凌駕している(図録4540、図録4541、図録4542)。しかし、これは過大評価の側面がある。というのは、ルクセンブルクは都市国家の性格が強く、しかも周辺から通勤者も多いので(注)、昼間の経済活動を示すGDPを夜間の人口で割った数字(言い換えると属地指標を属人指標で割った数字)は当然大きくなるからである。

(注)2018年7月にサッカーのルクセンブルク1部リーグ史上初の日本人選手となった土橋優樹選手によれば、「僕はサッカーだけで生活しています。ドイツに住んでいるので、家賃も高くないですし。家からクラブハウスまで2時間かかりますけど、家賃を考えたらドイツから通う方が圧倒的に安いです。車があればいいんですけど、買う余裕はないですね。チームメイトは車で通っている人が多いです。サッカーに限らず、仕事しに来て自国に帰る人は多いです。(ルクセンブルクの家賃は高く)900ユーロ(約11万3000円)出さないと普通のアパートが住めないくらいです。シェアハウスでも日本円で7、8万するし。ドイツだと3、4万で住めるのに」(sportieサイト、2019.4.22)。

 属地的な経済規模をあらわすGDPと属人的な所得規模をあらわすGNI(かつてはGNPといわれていたもの)とを比較すれば、この食い違いの程度を把握することができるので、図録にした。

 そもそもGDP(国内総生産)とGNI(国民総所得)では何が違うのか。その関係は次のようになっている。

 GNI=GDP+「海外からの所得の純受取」

 ここで、「海外からの所得の純受取」とは、「雇用者報酬」(居住者による非居住者労働者に対する報酬の支払と、居住者労働者が外国で稼得した報酬の受取)、「財産所得」(居住者・非居住者間における対外金融資産・負債に係る利子・配当金の受取・支払など)からなる。

 これは、通勤者の給与や非居住者が受け取る利子・配当金を差し引きするというものであり、すなわち、給与と利子・配当金の2面から、属地的な経済活動の成果(GDP)を属人的な国民ベースの所得(GNI)に変換する式である。

 ここで通勤者といったが厳密には非居住者であり、該当国に住んで1年未満の出稼ぎ労働者も含んでいる(注)。ただし、出稼ぎ労働者の場合は人口にカウントされることが多いので1人当りのGDPを見掛けより増やすことにはならない。例えば、日本の人口定義の基本となる国勢調査では「国内の住居に3か月以上にわたって住んでいるか、又は住むことになっている者」が日本の人口としてカウントされる。出稼ぎ者の場合は、むしろ、1人当りGNIを見掛けより減らしているのである。

(注)通常、海外に出稼ぎに行った労働者の滞在期間が1年未満の場合は、その送金は「海外からの所得の純受取」の中の雇用者報酬に分類され(GDPに入らずGNIに含まれる)、1年以上滞在しているか、あるいは滞在する見込みの者からの送金は「海外からの経常移転の純受取」の中の労働者送金に分類される(GNIに入らない)。つまり、出稼ぎ労働者からの送金が多い国では、GDPよりGNIが大きくなる以上の金額を海外から受け取ることになる。なお、「海外からの経常移転の純受取」には、労働者送金のほかに消費財にかかる無償資金援助も含まれる。

 話が長くなったが、図録グラフを見てみよう。

 ルクセンブルクは、GDP対GNIが1.48と主要国最大となっている。これは、ルクセンブルクで働く通勤者や出稼ぎ労働者が多いことを示している。

 GDP対GNIの2位はアイルランドである。こちらの場合は、通勤者や出稼ぎ労働者というより、海外からの投資が多く、GDPから差し引く海外への利子・配当金支払いが多いからである。アイルランドは法人税を欧州一般より特段に低くして海外資本の流入を図ることによって経済成長を実現したから、こうした状況となっているのである(図録5160参照)。チェコ、タイ、ベトナムにもこうした点が当てはまる。ルクセンブルクにもこうした要素が影響している可能性がある。

 逆に、GDP対GNIが低い方を見てみよう。

 フィリピンやバングラデシュは、それぞれ、その値が0.83、0.94と低いが、これは海外出稼ぎの者が多いためである(1年以上故国を離れて働いている者の送金を含めるともっと値は低くなる)。この点は図録8080、図録8100参照。

 日本やサウジアラビア、米国、ドイツなどもこの値が低い点が目立っている。これは海外出稼ぎからの送金の受け取りではなく、海外投資からの利子・配当金の受取が多いためと考えられる(図録5055、図録8030参照)。同じく高所得国でも、外国人労働者が多い上に投資受入国化しているシンガポールや英国などは、むしろ、GDP対GNIが1を大きく上回っているのと対照的である。

 「1人当りGDP」の指標で所得水準を測る際には、こうした点を踏まえた上で評価する必要がある。「1人当りGDP」の指標で所得水準を測るとすると、ルクセンブルクの場合は過大評価であるし、日本の場合は過小評価と言うことになろう。

 さて、国別の「GDP対GNI」に当たるものは、国内の県別には、「県内総生産対県民所得」である。参考までに、その値を図示しておいた。通勤流入者の多い東京都は1.08と値が全国で最も高く、通勤流出者の多い埼玉県では0.79と全国で最も低くなっている。なお、1以下の県が多いのは、国全体が1以下であるからだろう。

 図で取り上げた50カ国は次の通り。ルクセンブルク、アイルランド、チェコ、タイ、ベトナム、アイスランド、ハンガリー、シンガポール、ポーランド、インドネシア、スロベニア、チリ、マレーシア、ロシア、ポルトガル、スロバキア、南アフリカ、メキシコ、英国、エストニア、ブラジル、オーストラリア、アルゼンチン、カナダ、インド、トルコ、オーストリア、イスラエル、ラトビア、ベルギー、イタリア、中国、スペイン、オランダ、ギリシャ、韓国、フィンランド、スウェーデン、香港、ドイツ、フランス、スイス、米国、デンマーク、サウジアラビア、日本、ノルウェー、バングラデシュ、フィリピン

(2019年4月28日収録)


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