肉食を忌避する習慣は、歴史的には「宗教上の理由」からだったが、近年は、「健康上の理由」や「動物愛護精神」が大きくなっている。さらに最近では、「環境上の理由」、すなわち畜産物の環境負荷、なかでも温暖化ガスの排出拡大につながる側面が意識されるようになっている。

 東京新聞は2022年1月26日の夕刊で「ビーガン(完全菜食)「志願」〜 英、温暖化防止へ「肉断ち」浸透」という記事で、食品1キロあたりの温室効果ガス排出量のグラフを掲載しているが、ここでは、「アワーワールドインデータ」サイトからこのグラフの原資料を入手し、より多くの食品についてのデータを示した。

 同じデータを食品別に栄養原単位当たりに換算しバナナ対比の指標とした英国エコノミスト誌提案のバナナ指数については図録0219g参照。

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2019年の特別報告書で、肉・乳製品の消費量の多さが温暖化に影響していると指摘し、肉食を減らすことを推奨したという。データを見ると確かに、牛肉(肉牛)1キロの消費は二酸化炭素換算で温室効果ガスを100キロ排出する。また、羊肉、山羊肉も40キロを排出し、食品の中でも特に多い。牛や羊は胃袋が4つある反芻動物であり温室効果ガスのメタンを多く排出するのに加えて、牧草地を作る際の土地利用転換や森林伐採、牧草地の施肥・灌漑、と畜廃棄物などに伴って二酸化炭素が多く発生するのである。

 メタンガスの温室効果は二酸化炭素の28倍にものぼることからメタンガスが悪者にされることが多いが、メタンガスは二酸化炭素と比べて早く分解してしまうので、短期的な影響が大きいからといって過剰に反応してもしょうがない。適切に種々の温暖化ガスの温暖化効果を評価し、二酸化炭素(CO2)換算キロで集計して比較する必要があるゆえんである。

 畜産物と異なり、作物については、温室効果ガス排出量には基本的にはメタンが含まれないが、例外は米(コメ)である。米の排出量4.5キロのうち2.5キロはメタンとなっている。これは、水田にすむ微生物がメタンを排出するからである。

 各食品について、どのような経路で温室効果ガスが増えるのかについての構成比グラフを以下に掲げた。森林を切り開いて農地を造成すること自体による「土地利用」の割合が大きいのがチョコレート、牛のげっぷや水田からのメタンガスなど生産段階の「農場」における排出量が多い牛肉、チーズ、コメ、「飼料」の割合が高い卵、「小売・輸送・包装」の段階の排出量が多い豆腐、「食品ロス」の多いチョコレート、エビ(養殖)など、食品によってさまざまであることが理解できる。


 肉食忌避の菜食主義者(ベジタリアン)の中でも、ビーガンと呼ばれる、牛乳や卵も食べない完全菜食主義者が登場し、社会的影響力を増している。肉食が病気の元になって健康によくないという偏った主張に対抗して、肉食が少ないために寿命が長いと考えられている日本人をもちだすビーガンが多いが、日本の脳梗塞死亡率の低下は肉食が少ないからではなく、むしろ適切な量のタンパク質摂取によっているという点を英国エコノミスト誌がデータ記事にしているぐらいである(図録2090参照)。

 ビーガン思想の広がりについて、東京新聞(2022年1月26日夕刊)はこう紹介している。

「スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(19)はビーガンを公言している。しかし、多くの人にとって肉はなかなか断ち難い。英国では元ビートルズのポール・マッカートニーさん(79)が09年、いち早く家畜と温暖化の関係を訴え、「ミートフリーマンデー(MFM、月曜日だけ肉を食べない)」運動を提唱した。

 週1なら気軽にできると賛同する人が増え、ロンドン本部によれば英国で3000校以上の学校が採用し、数十万人が実践している。各国にも広がり、日本の内閣府の食堂などでも導入された。

 MFMのサイトによると、週1回の肉断ちを1年間続けると、車で約700キロメートル移動する分の温室効果ガスが削減されるという。こうした緩い制限は英国のチャールズ皇太子やCOP26のシャルマ議長も実践している」。

 英国でのビーガンの拡大と日本への影響について、ダイヤモンド・オンラインの記事(2022.2.20)は次のように紹介している。

「英国ビーガン協会の調べでは、ビーガン人口は19年時点で60万人(英国民の1.21%)と、14年から4倍に増えた。新型コロナウイルス禍のためその後の統計はないが、英比較サイト「finder」の調査によると160万人がヴィーガンとされており、肉を含まない食事を取る人口は720万人にも上っているのだ。

 英国のヴィーガンの流行は、日本企業にもその影響を与えている。うま味を感じるグアニル酸を多量に含む「干しシイタケ」は、欧米人にとって「肉厚な食感とうま味は、肉を食べたような満足感を得られる」という。

 その結果、干しシイタケの生産量が全国で最も多い大分では、価格が中国産しいたけの3〜4倍あるにもかかわらず、欧州向けの輸出が伸びている。大分県椎茸農業協同組合によれば、20年度の輸出量は約3.3トンだ。日本経済新聞の記事『国産の干しシイタケ、欧米に浸透 ビーガンに刺さる』によると、そのうち英国やオランダ、フランスなど欧州向けが1.1トンと最も多いという。そしてその輸出量は増えている」。

 「宗教上の理由」から肉食を避けてきた日本人は、その結果の食生活の味気なさを何とか克服するため、うま味をもたらすような食材の工夫や発酵の活用によって和食と呼ばれる独特の料理体系を長い期間をかけてなんとか開発した。その結果として健康に良い食生活をたまたま実現できたわけだが、いまさら、「動物愛護」、「健康」や「環境」を旗印に肉食を避けようとしはじめた欧米人に対しては肉食なしで済ますのは(特に口の奢った現代人にとって)そう簡単なことではないと理解させる必要があるのではないだろうか。

(2022年2月19日収録、2月20日ダイヤモンド・オンライン記事引用、2023年6月9日食品別排出由来図)


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