■それぞれの出来事の回答結果


 NHKが2014年11月に行った戦後70年を総括するための意識調査では、戦後、社会に大きな影響を与えた出来事は何かという設問への回答を日本全国の20歳以上の国民に求めた。22の出来事から選ぶ3つまでの選択の回答結果の上位3位は、

1.東日本大震災・福島第一原発事故(55%)
2.バブル経済とその崩壊(41%)
3.高度経済成長(40%)

であり、これらは4位の東京オリンピック(30%)をかなり上回る回答率だった。出来事のうち一番影響が大きかったものを選んだ結果は2位と3位が逆になっており、また、4位は東京オリンピックではなく、日本国憲法発布であった。

 1つだけ選ぶ場合は、歴史的意義が高いとされている出来事がより上位となり、3つまでの複数回答では各個人にとって特に印象深い出来事がより上位となる傾向があるようである。例えば、「高度経済成長」と「バブル経済とその崩壊」とでは、1つだけ選ぶとなると、前者が先進国に仲間入りする成果を生んだと歴史的に意義づけられることから、現代により近く印象が強く残っている後者より上位になるのであろう。「日本国憲法発布」と「東京オリンピック」でも歴史的意義の大きさと印象の深さの相対的な関係から順位は上下しているのだと考えられる。

 こうした微妙な違いを超越してトップなのが「東日本大震災・福島第一原発事故」であり、日本人にとってのこの出来事の大きさがうかがわれる。

 「バブル経済とその崩壊」が「高度経済成長」より複数回答で上位という結果は驚きである。私などには日本史における歴史的意義や国民の生活を一変させた影響度の大きさからいってバブル経済はとても高度経済成長には及ばないと思われるからである。国民に与えた印象からは、バブル経済とその崩壊がこれほど巨大な出来事だったことが改めてうかがわれる点にこの調査の意義のひとつがあるように思われる(テーマ別図録リストの「バブル期」参照)。

 若いときに学生運動のうねりに接した世代にとって「学生運動」は個人的に大きな影響を受けた出来事である場合が多く、それが社会的にもインパクトを与えている筈である。私なども学生運動の影響があったから官吏や学者にならず1自由人としての生涯を選択して当図録の制作をはじめることにもなったのだと思う。にもかかわらず国民的には複数回答でも2%しか選択されていないことは意外である。影響を受けた世代の人数が限られていることと歴史的な意義がそれほど明確でないことからこうした低い値となっているのであろう。「安保闘争」も何だかんだいってもやはり2%と低い値なのも似たような理由によるものであろう。

 類似の調査で図録2642に「平成に起った印象的な出来事ランキング」を掲げた。

■男女・年齢別ランキング

 こうした特徴は、さらに、男女・年齢別のランキング結果を見ると明確となる。

 意識調査の結果は普通は回答割合の大きさで判断されるが、むしろ、各選択肢の間でどちらの回答の方が多かったかを総合的に示す順位(ランキング)で読み取った方が良い場合もある。図録ではランキングについて折れ線グラフで示し、回答割合は数字で付記する表現を採っている。

 東日本大震災・福島第一原発事故は、男女・年齢を問わずトップであり、この点からも出来事の格別さが分かる。ただし、男性が50%であるのに対して女性は60%とかなりの差があることにも気がつく。男女の順位の違いでは、高度経済成長とバブル経済、また日本国憲法公布とオウム真理教事件で、それぞれ、男性と比べ女性の回答では後者の順位が前者を逆転している。歴史的意義と実感的印象とを秤にかけると男性は歴史的意義、女性は実感的印象に重きを置いていると見なせよう。政治的関心も男性のほうが強いようであり、日米安保条約調印は男性だけ9位と10位以内に入っている。

 次に、年齢別の差異に目を転じると以下のような特徴が浮かび上がる。

 まず、20年以上前に生起したバブル経済とその崩壊について、50代までは東日本大震災に次ぐ2位の出来事と見なされているのに、60代から80歳以上へかけて、4位、6位、7位と順位を大きく低めているのが目立っている。仕事、遊び、恋愛、住宅、食などで若い頃にバブル経済とその崩壊に翻弄された経験が強い実感的印象として残っている世代とその当時にはすでに住宅を取得し子どももいた60代では、重要度認識に差が出るのは当然ともいえよう。こうした世代的な認識の違いが経済分析においてもバイアスをもたらす可能性がある点について十分意識しておく必要があろう。

 60代以上では、バブル経済より高度経済成長の順位が高くなっているのは若い頃に当時の雰囲気を知っているからであろう。その象徴ともいうべきなのは東京オリンピックであり、50代までは4位以下であるのに、60代以上は2〜3位となっており、当時の感動がよみがえるかどうかが順位の差となってあらわれていると考えられよう。地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教についても共感というより違和感を引き起こした出来事だという点で性格は異なるが東京オリンピックのように高齢者の方が順位が高いのは同時代性の理由によるものであろう。

 東京オリンピックやオウム真理教事件とは逆に2008年のリーマンショックについては、20代の6位から50代の10位へと順が低落し、それ以上ではランク外となっている。就職や仕事でリーマンショックによる影響の印象に強い若い世代で上位となるのであろう。一方、かつてリーマンショック以上の影響を社会に与えた1973年の石油ショックについては50代、60代で8位、7位と比較的高い順位になっているが、これもかつての経験が印象として残っている結果であろう、若い世代でも石油ショックは9位〜10位に顔を出しているが、これはテレビの回顧報道などによる教科書的な認識によるものと思われる。1946年の天皇の「人間宣言」となると教科書的な認識しかない20〜50代がせいぜい10位と低いのに対して、石油ショックよりもさらに高い世代の80歳以上で6位、あるいは70代で8位とかなり高い順位であるのが目立っている。これについての戦後直後の日本人の驚きや感慨の記憶がこうした結果を生んでいると見なせよう。

 こうした世代差のある出来事に対して、日本国憲法公布や日米安保条約調印といったわが国の政治体制の基本を決定づけた出来事については、世代的な差がない安定的な順位となっている点が印象的である。当時の感動とか記憶というより歴史的意義による認識が勝っているので世代による差が生じない出来事なのであろう。

 調査項目として取り上げられた22の出来事は、時代順に、天皇の「人間宣言」、日本国憲法公布、サンフランシスコ講和条約調印、日米安保条約調印、自衛隊創設、高度経済成長、自民党結党・55年体制始まる、安保闘争、東京オリンピック、学生運動、大阪万博、沖縄本土復帰、石油ショック、ロッキード事件、バブル経済とその崩壊、昭和天皇崩御、東西冷戦終了、55年体制崩壊、阪神・淡路大震災、オウム真理教事件、リーマンショック、東日本大震災・福島第一原発事故である。

(2015年12月6日収録、12月7日補訂)


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