東アジア4カ国の大学・研究機関が共通の質問票を使用して共同で行った各国の全国レベルのアンケート調査の結果から、妻は自らの親族より夫の親族を優先すべきか、という設問に対する回答を見た。EASSというこの共同調査の概要と中国調査の回答者属性をページ末尾に掲載した(データは別年次)。資料出所は日本側の担当機関の1つである大阪商業大学JGSS研究センターのHPである。

 一目で分かる特徴は、日本人の「どちらともいえない」の割合が高い点だけである。賛成も反対もあり何とも総括しにくい。そこで、賛成の計から反対の計を引いた値、及び「強く賛成」から「強く反対」までの+3〜-3で採点した評価点を算出してみると、

日本人 4.4%(評価点0.03)
韓国人 5.5%(評価点0.14)
台湾人 13.8%(評価点0.34)
中国人 17.1%(評価点0.29)

となる。すなわち、賛成から反対を引いた値では、日本と韓国は賛成超過が5%とそう多くなく、台湾と中国は賛成超過が14〜17%とかなり多いこと、また評価点では、日本<韓国<中国<台湾の順に賛成度が強くなることが分かる。

 日本では夫婦同姓、すなわち妻は夫の家の一員となり、その他の東アジアでは、夫婦別姓、すなわち妻は生家の一員であり続けるという違いがあるので、この設問への回答では、日本だけ賛成超過が多く、その他は少ないという仮説をもって図録化したのであるが、結果は、予想とは異なるものであった。

 夫婦別姓なので韓国では日本より反対が多いかも知れないと思ったが、これも予想とは異なった。賛成から反対を引いた値は日韓ほぼ同等であるが、「どちらともいえない」というあいまい回答は韓国の場合他のアンケート同様少ない(他の典型例としては図録8598)。韓国の場合、年長者と若者層とで鋭く意見が対立している可能性がある。日本の場合、はっきり意見をいうと誰かを傷つけることになると考え意見をはっきりさせないことが多い。この設問の場合、夫の親族優先というタテマエを崩さずに実質的に妻が自分の親族を優先するためにはむしろ「そうすべきだ」とは言わない方がよいと判断しているから「どちらともいえない」が多くなっている可能性はあるであろう。

 男女別年代別で見てみないと判断できないのかも知れない。

 エマニュエル・トッド、ユセフ・クルバージュ「文明の接近―「イスラームvs西洋」の虚構」藤原書店(原著2007)によれば、同じ父系制であっても、アラブ圏の内婚制(妻は夫の父母と同族)が女性に優しい家族関係を有するのに対して、中国やロシアなど外婚制の国では「姑に迫害される余所者の女」という「恒常的な心理的暴力の雰囲気」をもった家族関係とならざるを得ない。だから外婚制の国では「近代化の局面に入ると、これらの家族システムは急速に瓦解したが、それはおそらく、住民自身が自分たちの生活様式を加害的なものだと感じ取っていたからなのだ。」

 中国ではこうした背景の中で女性の自殺率が男性を上回る唯一の国になっているとトッドは指摘している(男女別の自殺率は図録2772参照)。この図録は、社会主義化した中国にあっても、なお、外婚制的な夫の家族への奉仕という観念に妻がなお囚われていることを示していると判断できるのかも知れない。

 女性が嫁ぎ先の家にどれだけ帰属すべきとされているかを歴史的に辿ってみると、夫婦別姓か同姓かとは関係がないようである。

 林由紀子(1994)「法的側面から見た江戸時代の嫁と姑−服忌令と女訓書をめぐって−」(比較家族史学会監修「縁組と女性―家と家のはざまで (シリーズ比較家族第1期) 」早稲田大学出版部)は、中国の嫁は結婚後には婚家に帰属するのに対して、日本の嫁は実家への帰属を存続させていたことを江戸時代の刑法や服喪規定から明らかにしている。

 江戸時代の刑法では、幕府においても諸藩においても、中国の明律とは異なり、夫の父母への殺害・傷害を実父母へのそれより軽く罰している。また中国の服喪規定が古くから夫の父母への服喪期間を実家の父母への服喪期間と同等か、より長くとっていたのに対して、父系制的な伝統が弱かった日本では、律令時代に中国の法令を導入しながらも、律令時代以降の服喪規定では、双系的な日本社会の実態に即して、むしろ、婚家より実家の父母への服喪期間の方を長くしており、江戸時代においても、女大学など儒教道徳の普及書では、「女にとっては婚家こそが自分の家であり、夫の父母を自分の父母と同等、あるいはそれ以上に大切にすべき」としていたのとは裏腹に、江戸時代以前の服喪規定の順序を引き継いでいる(注1)。こうした点から「近世の嫁入婚においては、婚姻によって妻が夫の親族集団に入り、これにすっかり取り込まれることになる中国の場合と異なり、婚姻によっても嫁は夫の家に完全に帰属することにはならず、実家への帰属がなお存続する、との観念が、かなり広く存在したと推測してよいのではないかと思われる。」

 中国の制度慣習の精神に合致していたのは女大学などの道徳書であったが、それと食い違いを見せている幕府の刑法や服喪規定は、社会の実態を踏まえた現実的なものであったと考えられるのである。

 社会や家族の慣習はそう簡単に変わらないので、以上のような日中対比の構図は現代においても生きていると考えると、この図録で掲げているデータは、理解しやすくなる。かつての漢人社会の考え方を台湾がもっとも引き継いでいるとすれば(注2)、図録の評価点が、台湾>中国>韓国>日本の順で高くなっているのも当然となる。日本は、近代化が早く進み、儒教的な考え方からいち早く脱却したというよりは、むしろ、もともと、女性の婚家への専属意識は中国より低かったのである。

(注1)江戸時代の幕府服忌令では、嫁の服忌について、夫の父母に対しては、忌30日服150日、実家の父母に対しては、忌50日服13月と定めていた。ここで「忌」とは、自宅にこもって謹慎する期間、「服」とは、本来は喪服を着用する期間であるが、近世において実際上は、神社参詣を遠慮するなどの期間のことである。

(注2)台湾の位牌婚は、未婚で死んだ女性を結婚したことにして相手の男性の「再婚」の結果生まれた子どもの1人に彼女の供養をさせるという慣習である。漢人社会においては、位牌婚に見られるように、女性を生家から排除し、女性の最終的な帰属先を婚家とする慣習があったと考えられる。


(2011年6月17日収録、8月25日評価点新設・コメント追加)


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