食べ物や栄養の摂取量には多くのデータが存在しているが、排便量の方は調査やデータが不当に少ない。少ないながら、排便量については、国や時代によって不思議なほど大きく異なることが分かる。図録には、一日の排便量の国際比較を示した。

 糞は食べ物の残渣と考えられているが、その構成は、75%が水分で(かなりの便秘の場合は50%)、残りのおよそ三分の一ずつが、@食べ物の残りかす、Aはがれた腸壁細胞、B腸内細菌(生体・死骸)である。すなわち食べ物の残渣よりそれ以外の方が多く、断食していても糞は出るという(長谷川政美「ウンチ学博士のうんちく」海鳴社、2019年、p.28)。

 排便量は、消化しやすい肉食が主か、それとも食物繊維に富む穀物などが主であるかによって大きく違ってくると考えられている。戦前の日本人の糞には食べ物の残りかすが多く含まれていてその分、糞の量も多かったとされる。戦前の日本人の排便量は400グラムと現在の200グラムの2倍だった(注)

(注)この点に関しては興味深い逸話がある。「第二次世界大戦中の激戦地だったガダルカナル島でのエピソードがある。アメリカ軍は日本軍の露営地に残された糞の量から日本軍の兵力を割り出そうとしましたが、日本人一人あたりの糞の量が多いことを知らなかったため、実際より4倍もの兵力があると推定していました。当時の日本人の糞の量は一人当たり一日およそ400グラムだったのですが、アメリカ人の糞は100グラムしかなかったのです」(長谷川前掲書、p.29)。

 日本人の排便量は食の欧米化(注)が進んで戦後半分にまで減少し、若い年齢層はさらに150グラム程度となっている。敗戦後、食事内容にまで自信を失った日本人は、栄養にならないものまでたくさん食べるから糞の量が多いだけなので、胃腸への負担を減らすためにも排便量を少ない食生活が好ましいと考え、食の欧風化が進んだ。

(注)日本人の食生活の長期変化については図録0280参照。

 ところが、最近では、無駄なものだと思われた食物繊維などは実は健全な腸内細菌叢(腸内フローラ)を維持する上で重要という認識が普及し、旧来型の食生活がむしろ見直されている。

 排便量が食生活によって大きく影響されていることは、アフリカ人の排便量の多さからもうかがえる。英国の医師でアフリカで医療活動に携わったデニス・バーキット博士は、1970年代から食物繊維を摂ることが健康上重要だと強調したが、その事例として、アフリカの辺境の地に住む人々が、繊維質に富む食物を多く食べるおかげで、糖尿病、心臓病、大腸がんが少ないことをあげた。バーキット博士は「国民の排泄物が小さいなら、病院を大きくせねばならない」と述べている。

 排便量が多い国は、ケニアの520グラムがトップで、マレーシアの477グラム、ウガンダの470グラムがこれに次いでいる。図には掲げられていないが、いもを主食とするニューギニア高地人のなかには糞の量が非常に多くて一日1000グラムを超える人たちもいるという(長谷川前掲書、p.30)。

 食生活の欧風化で食物繊維の摂取量が減ると、排便量だけでなく、腸内細菌叢(腸内フローラ)にも影響を与える。

 腸内細菌叢の理想のバランスは善玉菌2割、悪玉菌1割、日和見菌7割とされる。善玉菌は酢酸や乳酸などを産生する発酵菌、悪玉菌はたんぱく質を分解して硫化水素やアンモニアなどの毒素を産生する腐敗菌であり、悪玉菌の作り出す毒素は大腸がん促進物質にもなる。

 飲酒、ストレス、偏った食生活により、善玉菌が減り、悪玉菌が増えると言われるが、食物繊維は善玉菌のエサとなって、その増殖を助け、結果として悪玉菌を減らす効果があると考えられている。

 お腹のためには、善玉菌である乳酸菌やビフィズス菌などの菌が含まれるヨーグルトを食べるとよいとされるが、大腸にまで届くのは一部なので、むしろ、善玉菌のエサとなる食物繊維を摂取した方がよいという考え方も成り立つ。

 排便量と同様、腸内細菌の状況についても、国や時代で大きな違いがある。腸内細菌については図録4168参照。

 アジア乳酸菌学会連合が、日本、中国、台湾、タイ、インドネシア5カ国・地域の小学生(7〜11歳)303人を比べたところ、日中台の三つが日和見菌のバクテロイデス属菌を多く含む「BBタイプ」、残る2カ国は食物繊維を分解する能力の高いプレボテラ属菌が多い「Pタイプ」と分類できた(下図参照)。


 このデータを報じた西日本新聞(2018.3.21)によると「一般的に脂質が多い欧米食になるとBBタイプへ移行するとされる。

 福岡と東京で調べた日本の小学生は1人を除く83人がBBタイプ。善玉菌のビフィズス菌が多く、菌の多様性の低さや構成が似通っているのも特徴だった。一方、タイやインドネシアにPタイプが多い理由について、データ解析を担当した九州大の中山二郎准教授(微生物工学)は「東南アジアは穀類や野菜中心。主食のインディカ米はジャポニカ米より消化しにくいでんぷんを含み、消費量も多い。それらの食物繊維が細菌叢の構成に影響した」と推測する。

 欧米の食文化は世界的に広がっている。浸透するに従って細菌叢タイプが移行することもフィリピン・レイテ島での調査が裏付けた。ファストフードや肉、菓子の消費がより多いと回答した都市部の児童は79%がBBタイプ。対して60キロほど離れた農村部の児童は86%がPタイプだった」。

 かつては日本でもPタイプが多かったとみられ、都市部でほとんどを占めるBBタイプへの過渡期にあるという。

(2020年10月12日収録)


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